<ユナイテッド航空>
倒 産 の 損 得 破産法は一種の魔法の杖ではないかという説がある。たしかに破産法、もしくは日本の会社更正法の申請は、そこまで追い込まれた企業の経営者にとっては恥辱であり、退陣を余儀なくされたうえに、私財を失うことになるかもしれない。
しかし、企業は生き続ける。瀕死の重体であっても、死んでしまうと債権者が困るから、無理に生きさせられることもある。そこで新たに管財人が登場し、退陣した経営者の後を継いで再生の作業にかかる。
その内容は、借金の棒引き、契約不履行の猶予、社員の給与削減、そして解雇など、会社の建て直しのためには大抵のことが管財人に許される。その建て直しは、むろん債権者のためだけではない。企業そのものが社会的な意義を持って事業を続けてきたとすれば、それだけでも再生の名分が立つことになる。
だからといって必ず再生できるとは限らない。余りに傷が大きく、出血が多ければ息絶えることになる。人間と違って葬儀がおこなわれるわけではないが、遺産をめぐって少しでも金目のものがあればそれを獲得しようという一種の相続争いみたいなことが起こる。
こうして企業の倒産や解散は、むろん人間の死とは異なって、負の遺産が多く、関係者のほとんどは損失を被るが、中には得をする人も出てくる。
「このヘンな飛行機直せる?」さて、ユナイテッド航空はまだ倒産したわけではない。重態におちいって集中治療室に入っているところだが、先の本頁に書いたように、アメリカの航空業界でもパンアメリカンやイースタンなどは破産法11条の申請をしながら消滅していった。
もしも同じようなことが起こればどうなるか。英『フライト・インターナショナル』誌(2003年1月7日号)は、そのことについて誰が損をし、誰が得するかという、本人が見たらカンカンに怒るだろうようなことを書いている。
まず損するのは誰か。第一に航空旅客である。世界最大級のエアラインがなくなるわけだから、航空会社どうしの競争が減って運賃が上がる。またユナイテッド航空のマイレージを貯めていた人は、その権利を失う、というわけで一般の無関係と思っていた人びとがとばっちりを食うわけである。
直接の打撃を受けるのは従業員である。ユナイテッド航空で働いていた何千人もの人びとが失業してしまう。そして株主も、後生大事に持っていた株券が紙くずと化してしまう。
ユナイテッド航空が拠点を置いていた空港も損をする。ワシントン郊外のダレス空港にとっては、同空港最大のエアラインがいなくなるわけで、このままでは着陸料や乗降客が減って、空港はさびれてしまう。
シカゴ・オヘア空港、デンバー空港、サンフランシスコ空港、ロサンゼルス空港などでも、ユナイテッド航空は主要エアラインであり、ダレス空港ほどではないにしても、似たような影響を受けるであろう。
最大の被害者はユナイテッド航空に資金を用立てていた銀行やリース会社である。すでに債権の一部放棄を余儀なくされた銀行もある。リース会社も料金取り立てができなくなり、機体の値段も下がるだろうから、元本回収もむずかしい。
航空機メーカーも大変である。ユナイテッド航空は欧州エアバス機を大量に使っていた。エアバス社にとっては顧客がいなくなるだけでなく、これまでの融資が焦げつくおそれもある。
ボーイング社も関連会社のボーイング・キャピタル社を通じて、ユナイテッド航空の購入した機材について13億ドル相当の融資をしていた。その回収ができなくなる恐れがある。そしてエンジン・メーカーのジェネラル・エレクトリック社(GE)も子会社経由で莫大な資金を提供していた。
先頃(2002年11月)サンフランシスコ空港で見たユナイテッド航空機次に、短期的には損をするが、長期的には得をする可能性もあるのがアトランティック・コースト、エア・ウィスコンシン、スカイウェストなど、ユナイテッド航空のフィーダー運航をしている地域航空会社である。おそらくは収入源の半分を失うことになるだろう。けれども長期的には、やりようによっては独自の事業展開も可能なので、有利に作用することもあり得る。
その点、ユナイテッド航空と張り合っていた最大手のアメリカン航空は、シカゴ、ニューヨーク、カリフォルニアの各地でユナイテッドの持っていた大きなシェアをぶん取ることになる。また太平洋路線などの国際線もユナイテッド航空の分がアメリカン航空の取り分になり得る。日航や全日空にも余得はあるだろう。
フロンティア航空もデンバー空港でユナイテッド航空と激しい競争を演じてきた。したがって相手が敗退すれば大きな勝利を得ることになる。同じようにサウスウェスト航空も、シカゴ・ミッドウェイ空港で大きく躍進することができよう。
その他ほとんどのエアラインが、とりわけニューヨーク・ラガーディア空港やワシントン・ナショナル空港などの混雑空港で、これまでユナイテッド航空が抑えていたスロットやゲートなどの権利を獲得するチャンスが出てくる。
最後に、必ず儲かるのが弁護士である。彼らにとって、ユナイテッド航空が再生しようが消滅しようが、どっちに転んでも構わない。うまいこと利益を上げる仕組みになっているのである。
経済界は弱肉強食、食うか食われるかの闘いの場である。屍臭に敏感なハイエナやハゲタカはどこからでもやってくる。ユナイテッド航空が彼らの歯牙にかかることなく、不死鳥となることを祈りたい。
(西川渉、2003.1.15)
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