9.11多発テロ

全機着陸命令 

 米『アビエーション・ウィーク』誌(2001年12月17日号)が9月11日朝の米本土上空における航空交通管制について書いている。「わずか3時間のうちに如何にして4,546機の航空機を着陸させたか」という主題で、記事はわくわくさせるような書き出しで始まる。

「この日午前7時過ぎ、ハーンドン航空管制本部では、いつものように業務がはじまった。夏が終って気候が良くなり、空は完全に晴れ上がっていた。午前8時半、毎朝定例の幹部会がはじまった。この会議は前日の管制業務の内容を見て、問題がなかったかどうかを点検し、さらに今日の気象状態を確認するのが目的である」

「だが、会議がはじまって間もなく、小さな兆候があらわれた。旅客機がハイジャックされたらしいという一報が入ったのである。つづいて乗員が刺されたもようという情報が飛びこんできた。そのため会議は中断し、各人がそれぞれの持ち場に散った」

 しかし、このあとのアビエーション・ウィークの記事は、アメリカの管制官たちが如何にうまく緊急事態をさばいたかという自慢話になっていて余り面白くない。その結論も「管制官とパイロットとの通信は、緊急時というよりも平常時に近いやりとりであった。多くのパイロットはごく正常に管制官の指示にしたがい、何事もなく着陸した」

「管制官の方にも特別な仕事をしているという意識は少なく、ごく普通の着陸指示を出していた。おそらく、あの日、管制官として特別なことをやったという人はひとりもいないだろう」となっている。

 

 アメリカとしては、ライト兄弟以来――とは書いてないが、100年近い航空史の中で初めて、いっさいの航空機が空から姿を消したのである。まさしく異常事態にはちがいない。

 しかし日本だって、上昇中の旅客機が管制官に「降下せよ」といわれたら、向こうに衝突しそうな飛行機が見えていても指示された通りに降下するくらいだから、アメリカ以上に従順に管制官の指示にしたがうであろう。もっとも阪神大震災のときの神戸上空に見たように、そういう措置を決断できる人物が当局にいるかどうか、また決断の根拠となる法的整備ができているかどうかを考えると、やはりアメリカの危機管理体制は一枚も二枚も上手と言うべきであろう。

 では、アメリカがどのような法的根拠にもとづいて措置をしたのか。その詳細は、この記事には書いてない。本頁には、私の乏しい知識の中から、多発テロ事件の直後ニューヨーク上空の飛行禁止措置は、FARパート14 CFR91.137項「災害/危険地域付近における一時的飛行制限」にもとづくものではないかと書いた

 しかし米本土48州の全域にわたって飛行禁止措置を取るには、どういう法規にもとづいているのか。この記事はその点には触れてない。単にアドバイザリーやノータムを出したと書いてあるだけである。私はちょっと、はぐらかされたような気持ちになった。

 もうひとつ、あのテロの当時、一時的ではあるが、11機の飛行機が行方不明とか異常飛行をしているという報道があった。そのうち1機はペンタゴンに突っ込み、1機はペンシルバニアに墜落したが、残り9機については忘れたかのように実態が明らかにされていない。

 アビエーション・ウィークの記事も、「11機の迷走飛行」という表題を掲げていながら、FAAに訊いても回答を拒否されたというのが結論で、何にも書いてないのは羊頭狗肉の感がある。

 とはいうものの、この記事では多発テロに関係した4機の状況が、時間的に整理されている。そのことは本頁でも事件の直後、『ニューヨーク・タイムズ』その他の新聞サイトを見ながら整理しておいたが、それとこれを比べてみると時間的に多少の差異がある。おそらくは事件直後のあわただしい報道よりも、3か月を経過したアビエーション・ウィーク誌の方が正しいであろう。それに管制本部のいくつかの指令も併記されているので、その事実関係だけをここにメモしておきたい。


(ワールド・トレード・センターへの第1撃)

9.11多発テロの時間的経過

時 刻

航  空  機

管 制 指 示

08:00

アメリカン航空11便(ボーイング767)がボストン・ローガン空港をロサンゼルスに向かって離陸。乗客81人、乗員11人

  

08:01

ユナイテッド航空93便(ボーイング757)がニューアーク空港をサンフランシスコに向かって離陸。乗客38人、乗員7人

   

08:14 

ユナイテッド航空175便(767)がボストンからロサンゼルスへ離陸。乗客56人、乗員9人

   

08:21

アメリカン航空77便(757)がワシントン・ダレス空港からロサンゼルスへ離陸。乗客58人、乗員6人

   

08:46

アメリカン航空11便、ワールド・トレード・センター(タワー1)へ突っ込む

左の第1撃から間もなくニューヨーク上空の飛行を禁止。この空域へ近づく機体は目的地を変更し、空域内の機体は最寄りの空港へ着陸するか、外へ出るよう指示が出された

09:03

ユナイテッド175便、ワールド・トレード・センター(タワー2)へ突っ込む

      

09:04

    

ボストン管制センター独自の判断で、管轄区域内の空港からの離陸を停止

09:06

    

ニューヨーク管制センターがニューヨーク、ワシントン、クリーブランドの全空港からの離陸を禁止。ボストン・センターがニューヨーク・センター空域への出入りを禁止

09:08

     

全米でニューヨーク・センター空域を目的とする航空機の離陸を禁止

09:26

     

航空交通管制本部(ハーンドン)、米国史上初めて、全米の航空機について離陸を禁止

09:29

   

ハーンドンが離陸停止に関するアドバイザリー031を公布

09:41

アメリカン航空77便がペンタゴンへ突入

   

09:45

   

ハーンドン、飛行中の全航空機機に対し、速やかに最寄りの空港へ着陸するよう指示

10:10

ユナイテッド93便がペンシルバニア南西部へ墜落

   

10:39

   

ハーンドン、全米の全空港の運用停止に関するNOTAMを発行

11:06

   

ハーンドン全米空域システム(NAS)の運用停止に関するアドバイザリー036を発行

12:16

   

軍用機、警察機、緊急用航空機のみ飛行許可


(ペンタゴンへの突入)

 こうした措置によって、米国本土(アラスカとハワイを除く48州)上空からいっさいの航空機が姿を消した。

 午前9時45分、全機着陸の指示が出たときは4,546機の民間機が飛んでいた。これが30分後の10時15分には2,803機に減り、10時45分には1,549機となった。すなわち1時間で3分の2が着陸し、空中にとどまっている機体は3分の1に減ったのである。

 同じ1時間のあいだに軍用機は206機から91機に減った。そして11時半頃には米本土上空を飛んでいる航空機は1機もなくなった。

 この間、管制本部から全米325か所の管制官に対し、レーダー上の機影が消えたり、急降下をしたり、所定の飛行経路から外れたり、通信が途絶えるなど、異常な行動をする機体が見つかったら直ちに報告するよう指示が出された。それに対して11機の異常な迷走機が報告されたのである。

 このうち事件を起こした2機を除く9機の実態は今もはっきりしない。その9機がどんな飛行機だったのか、1機はデルタ航空機という報道もあるようだが、確認されたわけではない。あるいは管制官の思い違いだったのか、もともと異常な行動ではなかったのか、それともハイジャックを防止できたのか、アメリカ政府は運輸省もFBIも明確な回答を今も拒否している。

(西川渉、2001.12.30)

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