<ボーイング訪問>

写真で見る組立て工程

 ボーイング737の最終組立て工程「ムービングライン」については、12月13日の本頁に工場見学の結果を掲載したところである。この原稿を月刊誌『航空ファン』に送ってしばらくした後、米『アビエーション・ウィーク』誌10月9日号が同じような737のムービングラインについて書いていた。

 それによると、レントン工場における737の組み立てがムービングラインに変わってから、一挙に効率が高まった。同じ方式をボーイング社はエバレット工場にも導入し、777の組立てに適用、今後は787の組み立てにも応用する計画という。

 このムービングラインが正常に動いて行くには、それ以前の主要部品の組み立てがきちんとできていなくてはならない。それには機体の設計段階から流れ作業を想定し、各装備品の取りつけ作業が順序よくできるようにしておく必要がある。

 737の設計には無論そんな想定はなかった。それでも組立て効率が良くなったことからすれば、787など初めからその積もりで設計してあるので組立て作業はきわめて短日数ですませることができよう。ボーイング社の目論見はそんなところにある。

 ムービングラインの導入を検討しはじめた2001年当時、737の最終組み立てには22日を要していた。それがムービングラインの導入によって2004年には13日に短縮された。2007年1月には11日にするという目標である。本当は2006年中に8日まで短縮したかったのだが、まだ11日にしかなっていない。

 言い換えれば、2004年の737生産数は212機であった。これは月産17.6機に相当する。2006年は395機の生産計画で、月産33機に相当する。しかし8月末までの生産数は200機。すなわち月産25機で、目標に追いつかない。

 このあたりの数字は、私の計算結果27機とはわずかに異なるが、似たようなものでもある。ムービングラインといっても、時計か機械仕掛けのようにそんなに正確に動いているわけではない。また、初めから流れ作業を想定していなかったことでもあり、実際問題として33機という目標はむずかしいかもしれない。

 ここでは以下、私の撮ってきた写真によって、ボーイング・ムービングラインの動きを、もう一度見てゆきたい。「航空ファン」に書いた文章による見学記の補足である。


カンザス州ウィチタの工場で製造した737の胴体がレントン工場へ運ばれてくる。


レントン工場へ届いた胴体は単なるドンガラなので、床張りから電気配線、油圧系統の配管、装備品、非常ドアなどの取りつけを先ず行なう。


流れ作業は上図のように動いて行く。
前の写真で見た油圧系統の配管などは図の左上の位置で行なわれる。
それが終わったところで、下の写真のように、
主翼と脚がついてムービングラインに乗る。

 ここからムービングラインが動き出す。胴体の下に牽引車がもぐり込み、機体には脚がついて自分の足で動くことができる。周囲の足場にも工具箱にも全て車がついていて、何もかもが一緒に動いてゆく。移動速度は毎分2インチ。つまり秒速1ミリにも達しないので、じっと見ていても動いているようには見えない。


前方に組立てが進んだ機体が何機か見える。ひとつ先の機体には尾翼がついた。

 機体はわずかずつ動きながら組み立てが進む。それにつれて、進行方向左側からキャビン内部に取りつける厨房、洗面所(写真手前)、内壁、座席などが送りこまれる。

 ムービングラインの横で、機体への取りつけを待つ装備品類。これら下請けメーカーの製品は、かつてはどこか遠い場所で納品された。そのため、そこから組立て場所まで、もう一度、ボーイング自体が運ばねばならない。手間と時間がかかるので、直接組立てラインまで持ってきて納品してもらうことにした。しかも、そのタイミングが遅すぎるのは勿論いけないし、早すぎてもいけない。すなわち「ジャスト・イン・タイム」が求められる。
 この「現地・現物」という納品方式こそはトヨタのかんばん方式にほかならない。


キャビンへの取りつけを待つ客席。


取りつけが始まる直前の座席と機体との位置関係。
写真右手のベルト・コンベアで機内に送りこまれ、
全189席が4時間ほどで取りつけられる。


写真右上に赤く「0」の標識が出た。
その上に書かれた「MOVE%」という文字でも分かるように、
ムービングラインの動く速度を示す。
正常ならば、ここに100%の文字が出るはずだが、
このときはゼロになって動きが止まった。
組立て工程のどこかに不具合が生じたらしい。


コンピューターゲームで遊んでいるわけではない。
ラインが止まって、問題点の解決策を調べているところ。
頭上には「6,000機の737を受注」という看板が掲げてある。
よく見ると「信じられないほどの歴史的マイルストーン」と書いてある。
写真の手前側に組立て中の機体が並んでいる。


ムービングラインの最終段階でエンジンを装着。
組み立てが始まってから、ここへ来るまで10日間ほどかかる。


全日空向けの完成機。
ここで顧客の検査を受け、ドアから送り出されて試験飛行に臨む。

 工場の外で試験飛行の準備をする737。ここでエンジンの試運転を初め、装備品の機能点検、燃料漏れの点検などが5日間で行なわれ、それから試験飛行に入る。垂直尾翼に半分だけ描かれた標識からすれば、アラスカ航空向けの機体らしい。


世界で最も大きな建物のひとつといわれる組立てハンガー

 レントン工場で組立てられた737量産機は、隣接する滑走路から飛び上がると、そのままボーイング・フィールドに着陸する。こっちの方が滑走路が長いためで、確認のための試験飛行はここで行なわれる。先ずボーイング社のテスト・パイロットが飛び、それから顧客側のパイロットが操縦桿を握る。

 こうして何日間かボーイング・フィールドで確認飛行をしたのち、機体の塗装をしてエアラインへ引渡される。これで新しい旅客機が完成したことになる。

 

 ところで、機体を動かしながら組立て作業を行なうことにどんな意味があるのだろうか。おそらく物理的、技術的な意味のほかに心理的な意味もあるのだろう。直接の従業員はもとより、下請けメーカーの人びとにも、自分のせいでムービングラインを止めるような事態を惹き起しては大変だという気持ちが生じる。

 実際トヨタ自動車には、生産工程の流れを止める要因は全て無駄なものという考え方がある。これらは関係者の全員に、大なり小なり、緊張感をもたらすことになる。その緊張感に耐えて如何に遅れないように効率よく仕事をしてゆくか。

 チャップリンの「モダンタイムス」は、それを近代化による悲哀と受け取ったが、効率の良い仕事によって大きな成果を挙げる喜びもまた人間本来の特質であろう。

(西川 渉、2006.12.18)

【関連頁】

   ボーイングを訪ねて(2006.12.13)
   ボーイング工場を見る(2006.10.7) 

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