<日本航空新聞>

コンピューターが故障です

  本棚の奥をかき回していたら、偶然にも昔の作文を見つけた。今から26年余り前のもので、本頁には収録されていないだろうから、以下のとおり、ここに掲載する次第。

 アート・バックウォルドという面白い本を見つけたのは、10年ほど前のこと。あんまり面白すぎて腹を抱えて笑った、というよりは頭を抱えたくなった。頭を抱えるのは悩みごとがある場合だが、あの『誰がコロンブスを発見したか』(1980年刊)という本はまさしく悩ましいほどに面白かった。

 内容はアメリカの新聞コラムに連載した皮肉とパロディーのエッセイを集めたもので、当時は書評欄などでも評判になった。それから同じ著者の本が続けて出版され4年間で4冊が出そろった。

 ところが、その後、長いこと5冊目が出なかった。しかしアメリカの新聞で同じコラムが続いていることは分かっていたし、「朝日ジャーナル」誌にも連載されたりしたから、いつかは本になるだろうと心待ちにしていた。

 もっとも朝日ジャーナルの翻訳は永井淳ではなくて、原著の皮肉やユーモアがうまく訳し出せていないせいか、あまり面白くなかった。翻訳は原文が同じでも、訳者によって味わいが異なり、面白くなくなるから注意しなければいけない。

 そしてこのたび、6年間の空白をおいてようやく5冊目が、それも永井淳の名訳によってめでたく出版されたのである。

 出来ばえは期待にたがわず面白い。しかも何たることか、本の題名にもなった『コンピューターが故障です』という一文は航空会社のCRS――今や巨大な威力を発揮するコンピュータ予約システムを皮肉ったもの。空港で飛行機に乗ろうとしたけれど、コンピューターが故障して予約も発券もできず、出発ゲートの表示も消えて、飛行機も飛べなくなったという話である。

 実は私も同じ目に遭ったことがある。2年ほど前であったが、羽田空港で旅客機に乗ろうとして、コンピューターが故障したため搭乗手続きができなくなった。カウンターの前に大勢の客が並び、後ろのほうは押し合っているのに、カウンターの中では制服を着たお嬢さん方がぜんまいの切れた人形のように無表情のまま黙って並んでいるだけ。

 頭上のスピーカーからは「まことに申しわけありません。コンピューターが直るまでしばらくお待ちください」というアナウンスが流れるが、目の前の係員たちは手も足も出ず、「いつまでかかるのか」「手作業はできないのか」といった質問にも満足な答えができないというありさまだった。


システムのトラブルで混雑する空港カウンター

 結局、手作業で受け付けることになって、なんとか飛行機までたどり着いたが、それからがまた大変。乗客の全員が席についても飛行機はいっこうに出る気配がない。どうしたことかと思って聞いてみると、普段は重量重心位置の計算もコンピューターが自動的にやってくれるのに、それが故障したため、計算に大変手間取るというのである。

 確かにチェックインの際、乗客めいめいの座席が決まる。これがコンピューターに記録されるから、そのデータを使って座席のどこが埋まって、どこが空席かを集計すれば、たちどころに重量と重心位置が判明する。500人乗りのジャンボ機など、この計算を手作業でやるのは確かに大変だろう。

 あのときは長く待たされて腹も立ったが、バックウォルド流に考えれば、むしろ滑稽ともいうべき現象であった。

 そもそも、この著者はよく飛行機のことを書いてくれる。新しい本の中でも随所にそれが出てくるが、「勝手に飛べ」という話は航空自由化の結果を皮肉ったものである。

 規制緩和によって航空会社同士の激しい値下げ競争が始まった。ニューヨークからハワイまでの運賃が4ドル50セントで、ホテル代まで含む、というのはむろん架空の話だが、あまりの安さに旅客が喜んでいるうちに最後の一社まで倒産してしまうというオチになっている。

 本書にはヘリコプターも登場する。その登場ぶりが問題で、「ホワイトハウスの騒音係」という話はヘリコプターに乗降する大統領にしばしば報道陣から質問が飛ぶ。しかし咄嗟のことで大統領が何を口ばしるかわからない。間違った返事をする恐れもあるというので、ヘリコプターのエンジン回転数を上げて記者団の質問をかき消してしまう。もしも大声の記者がいたときは、もっとパワーを上げて大統領の声が聴きとれないようにするという話である。

 これは無論、大統領の愚かしさと、夫人の手を取ってつくり笑いをしながら、大根役者さながらに手を振ってヘリコプターに乗りこむようすを皮肉ったものだが、私にはなんだかヘリコプターの方が皮肉られてるように思えた。

 ヘリコプターの騒音はどこでも問題になる。しかし、こんなところで役に立っていたとは知らざりき。何とかして騒音を減らし、政治家のごまかしなどに使われないようにしなくてはなるまい。

(西川 渉、日本航空新聞、1990年7月19日付)

【追記】 26年ぶりに上の文章を読み返して、なんだ、ついこの間も同じことが起こったばかりではないかということに気がついた。今年、2016年3月22日のこと、全日空の国内線システムに不具合が発生、カウンターや自動チェックイン機で手続きができなくなった。そのため午後9時までに146便が欠航、391便が遅延、合わせて7万人以上の旅客が影響を受けたというのだ。

 同じような不具合は、2007年に機器の故障、08年には人為的なミスで大規模なシステム障害が起こって、欠航や遅延が相次いだ。コンピューター・システムというやつはいつまでたっても不具合を起こしつづけるのだ。

【関連頁】
   ライト兄弟の航空事業(2007.5.22)
   規制緩和の意義(1998.10)

 

    

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