<VH-71>

迷走する米大統領機

 米大統領の専用ヘリコプターとして開発中のVH-71が立ち往生しているらしい。アグスタウェストランドEH101を改修するもので、ロッキード・マーチン社が主務担当社として国防省(ペンタゴン)と契約、アグスタ社が製造し、ベル・ヘリコプター社がアメリカ側で最終組み立てをおこなう計画である。

 ところが昨年来、作業が遅れたり、コストが上がったり、最終仕様に変更が出るなどして、ホワイトハウスと国防省とメーカーの間で、それぞれに思惑が異なり決着がつかないでいるというのである。

 この計画は2005年1月、US101として提案された本機とシコルスキーS-92を、米海軍が比較検討して採用を決めた。契約の内容は原型機3機を試作し、2機で飛行試験、1機で地上試験を行なう。次いで第1段階の実用機5機を製造し、さらに第2段階の18機を製造する。最終的には第1段階の5機も第2段階の機体と同じように改修して、総数23機の大統領機がそろうはずであった。そのための契約総額は17億ドル。

 しかし最近のペンタゴンはイラク戦争で忙しく、他のことには気がまわらぬせいか、計画を始めては途中で齟齬をきたすことが多い。空軍の次期捜索救難ヘリコプターCSAR-Xの入札やり直しもその一例だが、とうとう大統領機までおかしくなった。

 第一に、設計仕様について、ペンタゴンとメーカーとの間で誤解があったというのである。まず最初の試作機は2007年春完成し、7月3日に初飛行した。これをそのままの形で、むろん多少の手直しは必要だろうが、第1段階の実用機として製造すれば、その5機は契約通り2009年10月までに実用化できるであろう。

 そこまではいいのだが、これは今の老朽化したVH-3(シコルスキーS-61)を早く引退させるためのつなぎに過ぎない。そこから米海軍が望むような本格的な大統領機を実現するには、さらに2,000項目近い設計のやり直しが必要ということになった。主要な問題は安全性と飛行性能を高めるために、主ローターブレードを90cm伸ばし、それに伴ってトランスミッション系統を強化し、テールブームを延長しなければならない。そのため機体構造の強化も必要になる。またエンジン出力を上げ、航続距離を伸ばすという要求もあるらしい。

 そのうえ機内装備についても、海軍はエアフォースワン(ボーイング747)にも匹敵するような大統領執務室(オーバルオフィス)を想定し、完ぺきな通信機能をそなえると共に、敵ミサイルの攻撃や核攻撃にも耐え、キャビンには14人が乗りこみ、浴室までつけるという要求をしているとか。こうした仕様が2005年1月の契約段階で決まっていたものかどうか、筆者には分からないが、メーカー側は800項目の設計変更が出たとしている。

 第2の問題は、第1段階のつなぎの5機も最終的には本格仕様に改修するはずだったが、これをやめて新しい5機をつくるというもの。

 それやこれやで費用の高騰は免れず、それが第3の問題である。先週のアビエーション・ウィーク誌は40億ドルの不足と報じていた。別の報道では、総額110億ドルになるというから、当初の17億ドルから見れば大変なことで、23機で割れば1機500億円になる。

 そのためホワイトハウスは、そんな高いヘリコプターに追加予算を認めるわけにはいかないというので、ペンタゴンと協議しているが決着がつかない。

 最近は、US101などを選んだペンタゴンがもともと間違っていたのではないか。いっそ、この計画を白紙に戻して最初からやり直せといった意見まで出てくるようになった。そこへ、3年前の競争に負けたシコルスキー社が、VH-71の開発について現在の進捗状況を明らかにすべきだという要求を出すなど、ますます混乱に拍車をかけつつある。

 ともあれ、大統領のヘリコプターが必要なことは分かっているし、今の機体が取り替え時期にきていることも事実である。したがって、いずれは何らかの形で決着し、実現へ向かって動き出すのだろうが、それがどこでどう落ち着くのか、注目されるところである。


試験飛行中のVH-71試作機

【関連頁】

 欧州生まれのUS101(『航空ファン』2005年5月号掲載)

 米大統領機US101に決定(2005.1.31)

(西川 渉、2008.2.17)

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