<小言航兵衛>

源平の合戦

 

 昨日のテレビ・ニュースで防衛庁長官が「本日、航空自衛隊に出国命令を出しました」としゃべっていたのは可笑しかった。軍用機と旅客機を間違えて、団体観光客を引連れた旅行会社の添乗員が「さあ、出国ですよ。ゲートの方へ行ってください」と空港で言ってるようにみえる。多分その程度の、何でもないことなんだと言いたい気持ちが「出国」命令という言葉になったのであろう。

 ところが、長官の命令を受けた参謀長が、こちらはすっかりしゃっちょこばって「万全を期して任務を果たして参ります」てな応答をしていたのは、内心「出撃」命令を受けたような気分だったにちがいない。実際はそのとおりで、長官が「出国」と言っても、本当は「出撃」なのだ。

 無論ここでは「出撃」とは言えないだろう。とすれば、「出陣」はどうか。政治家はよく選挙運動の開始に当たって、出陣式などというではないか。それもはばかりがあると言うのなら、せめて「出動」くらいの言葉を使ってもらいたかった。とにかく「出国」では余りに見えすいているし、観光旅行に行くみたいで気合いも入らない。

 それにしても、防衛庁長官の「出国」の条件は可怪しい。現地で身に危険が迫った場合、原則として(1)口頭での警告、(2)威嚇射撃、(3)急所を外した危害射撃――の手順を踏んで武器を使用するというのだ。

 せっぱ詰まった戦場で、日本の自衛隊員がアラビア語で警告を発せられるのだろうか。仮に発せられたとしても、相手がまともに応えるだろうか。答える前に撃ってくるのではないだろうか。あるいは答えたとしても、アラビア語で返ってくる返事の意味が分かるのだろうか。まさか、通訳を介してやりとりするつもりじゃないだろう。

 そこで、切迫した事態では、この手続きを踏まなくても相手への射撃ができるという。しかし、とっさの場合、こちらがもたもたしていてはやられてしまう。まるで手足を縛って川の中に放り込み、ほら泳いでみろというようなものだ。

 ゲリラ側も、この条件を知れば日本軍は藁人形のようなものであることを察知するに違いない。自爆テロなどという最後の手段を取らなくても、急所は撃たれないとなれば、どんどん攻撃してくるだろう。 

 

 源平の合戦では双方が名乗りをあげ、先ずかぶら矢を放って相手を脅し、その上でやおら本物の闘いが始まった。この800年前の闘い方とよく似ているのが今回の自衛隊の行動基準(ROE)である。しかしアラブ・ゲリラはそんな仕きたりなど知らぬから、名乗りもあげずに攻めてくるにちがいない。

 かぶら矢とロケット弾の闘いでは、「死んでこい」と言うようなもので、派遣された諸君にはお気の毒というほかはない。出動するならするで、万全の装備をととのえ、妙な条件などつけるべきではないし、条件をつけるくらいなら、如何なる装備も無駄だから、「出国」命令など出してはならない。

 かつて「変人」といわれた首相だが、ブッシュの毒を呑まされているうちに、いつの間にか麻薬に酔ったような「狂人」になってしまった。ここでいう狂人とは、軍事評論家と称してテレビによく出てくる戦争マニア、武器マニアたちのことである。そういえば防衛庁長官も、アメリカの国防長官に似て、あれは戦争オタクだという話を聞いたことがある。マニアの語源はご存知のように気違いという意味で、そういう連中の言うことは聞いてはならない。彼らはどうでもいいから、首相は早く「常人」に戻って貰いたい。

 といって、ここで言いたいのは旧社会党や共産党の主張するような反戦ではない。国民を戦場に派遣するならそれなりの準備をして、態勢をととのえるべきだというのである。必要ならば憲法を改めなければならない。日本は、イラクや北朝鮮に手こずるような、みっともない国であってはならない。

(小言航兵衛、2004.1.11)

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