消された「ドクターヘリ報告書」

 

 

 先日、未知の読者から、ドクターヘリ検討委員会の報告書を首相官邸のホームページで見ようとしたら削除されていた、という訴えをいただいた。何とか手に入れる方法はないかという問い合わせである。

 なるほど、官邸サイトにアクセスしてみると、「ページが見つかりません。検索中のページは、削除されたか、名前が変更されたか、または現在利用できない可能性があります」という表示が出るばかりである。

 さらに不思議なことはトップページに「審議会等」という項目があって、その目次に「ドクターヘリ調査検討委員会」という表題が残っている。リンクの印もついているが、クリックしても結果はつながらず、上のような断りが出るばかりである。

 

 いったい官邸はインターネットについてどんな考え方をしているのだろうか。『航空の現代』のような個人ホームページならば、プロバイダーから提供されるサイトの容量に限度があり、一定の基本容量を超えると割増し金を払わねばならない。

 本頁も基本容量の限度は当初5メガ、今では10メガで、現在約500篇の文書を掲載しているため総計18メガとなっている。そのため頼まれもしないのに、毎月8メガ分の超過料金を払ってサイトを維持しているのだ。

 個人的な駄文に追加料金を払うほどの価値があるかどうかは別として、わが敬愛するヤコブ・ニールセン先生は、いったん掲載した「ウェブ・ページは永遠に生きなければならない」と教えている。何故サイトやページの削除がいけないのか。詳細は本頁「永遠に生かす」をお読みいただきたいが、おそらく官邸サイトの担当者は、こういうことは考えたこともないのであろう。

 それとも官邸のホームページのためのコンピューター容量が少なくて、たくさんの頁を貯めておくことができないのか。プロバイダーに支払う追加料金の予算がなくて、節約しなければならなくなったのかもしれない。

 いずれにせよ、政府機関のウェブサイトに掲載するような文書は、公的なものである。あるいは、時間がたてば歴史的な価値も生じよう。ドクターヘリ検討委員会の報告書などは、公表されてからまだ1年も経っていない。それがさっさと消されたのは歴史的どころか、よほど刹那的な価値しかなかったのであろう。あるいは報告文の中に何か都合の悪いところでも見つかったのだろうか。

 

 自分の関係したドクターヘリ報告書のことばかり書くのは、なんだか我田引水のようにとられるかもしれない。そこで話題を転じると、たとえば平成元年の消防審議会による「消防におけるヘリコプターの活用とその整備のあり方に関する答申」である。

 これは12年前の文書だが、全国配備をめざす防災ヘリコプター計画は、ここからはじまったのである。内容的には今から思うとやや不満なところがあり、たとえば1県1機という配備をしながら、その任務については「消防ヘリコプターの活用分野については、特定の消防活動に限定することなく、消火(林野火災における消火、延焼防止等)、人命の救助(高層建築物、水害被災地等における人命の救助)、災害時の情報収集、応急対策用資機材・救援物資の緊急輸送、災害予防(地形、市街地の状況その他消防活動に必要な事項の調査活動等)、救急業務(離島、山村、へき地等からの救急患者の搬送)等ヘリコプターの有効性が期待できる消防活動をすべて対象として、その活用を推進することが適当である」と、余りに欲張りすぎてしまった。

 むろん当時としては、これからヘリコプターの配備を進めるぞという意気込みを示す必要があり、これだけ多様な任務を課しておけば無駄にはなるまいという配慮もあったにちがいない。その結果、量的にはヘリコプターの配備機数が増加したけれども、質的には余りに多くの課題を負わされて身動きできなくなり、アブハチ取らずのように立ちすくんだ状態となってしまった。

 今から思うと、消防車と救急車の区別があるように、消防ヘリコプターと救急ヘリコプターの区別をしておくべきではなかったか。むろん後知恵だから、言ってもせんないことではあるが、いま改めて消防機関としても救急専用ヘリコプターの配備が必要ではないかという考えが出始めたところである。

 ところで、ここで私が言いたかったのは、そういう文書の内容ではない。この重要な文書もインターネットでは見ることができないということである。無論この答申が出た当時は、わずか10年余り前ではあるが、今のように情報公開の考えは薄く――今でも余り濃いとはいえないけれども、政府機関がこぞってウェブサイトを開設するようなこともなかった。だからやむを得ないといえばそれまでだが、各省庁は新しい文書をウェブサイトに掲載していくのはもとより、過去にさかのぼって今につながる政策上の基礎となっているような重要文書も掲載していくように努めるべきであろう。

 ましてや、その種の文書を半年くらいで消してしまうなどはとんでもないことである。ドクターヘリコプターは、少なくともこれまでの1年半は試行的事業にすぎず、いよいよ平成13年度から本格的事業に移行しようという出発点を迎えた。その最も重要なときに、根拠となった文書を抹消するとはどういう了見であるか。

 この1年ほど首相官邸からは声高に「IT革命」を叫ぶ声が聞こえてくる。けれども、それがかけ声だけのカラ念仏にすぎず、ちっとも身についていないことは、この一事をもってしても知れようとというもの。ホームページの抹消という愚行は首相のいうIT革命に対するまさに「反革命」行為である。

 このようなことがこれからも続くとすれば、政府サイトに掲載された文書はいつ消されるかもしれないから、いちいち自分のパソコンに取り込んでおかねばならなくなる。これではインターネットの特性が生きてこない。

 とはいえ、官邸の無定見についていつまで議論していても切りがない。わが『航空の現代』としては官邸になり代わって、「ドクターヘリ調査検討委員会」報告書を掲載しておくこととする。併せて後日「消防におけるヘリコプターの活用とその整備のあり方に関する答申」も、掲載したいと思います。

(西川渉、2001.3.8)

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