<ロッキードF-35>

万能の戦闘攻撃機ライトニングU

―― ホバリングから超音速まで ――

本稿は2ヵ月ほど前に書き、「航空ファン」3月号に掲載された。
ニュースとしては、やや旧いかと思われるが、ご了承いただきたい。

先行試験機AA-1が初飛行

 新世代の超音速戦闘攻撃機、ロッキードF-35ライトニングUが初飛行した。アメリカ国防省が史上最高額の資金を投じて開発中の軍用機である。

 初飛行したのは去る12月15日。テキサス州フォトワースのロッキード・マーチン社の工場から離陸、左右両翼にF-16を1機ずつ伴って、35分の飛行であった。これで、最後の有人戦闘機といわれる同機の開発試験が、いよいよ本格化する。

 この試験機はAA-1と呼ぶ先行型で、必ずしも量産型と同じではない。当然のこと、外観はほとんど見分けがつかないが、将来は構造の一部が改められる。その設計はすでに完了し、試作機の製作も始まった。

 JSFの量産機は大きく3種類の派生型に分かれる。米空軍向けのF-35Aは通常の離着陸をするCTOL型(Conventional Takeoff and Landing)、海兵隊向けのF-35Bは短距離離陸と垂直着陸の可能なSTOVL型(Short Takeoff and Vertical Landing)、そして海軍向けのF-35Cは空母搭載用のCV型(Carrier Variant)である。これらの量産機に対応する試作機は合わせて14機が2009年までに完成し、先行するAA-1と共に15機で、今後6年間に12,000時間の試験飛行をする計画になっている。

 そのうえで量産に入るが、実戦配備につくのは、先ず米海兵隊のF-35Bが2012年、米空軍のF-35Aと米海軍のF-35Vが2013年、つづいて英空軍と海軍が2014年からF-35B年を実用化する。

 これらの調達機数は、米空軍が1,763機、米海軍と海兵隊が合わせて680機、イギリスも空軍と海軍を合わせて138機の購入を計画している。他にも、今のところ7ヵ国が導入の意向を表明しており、総数では4,500機を超えるものと見られる。

 こうしたJSF計画は、開発と調達のための見積り額が総計2,760億ドル(約30兆円)。史上最高額の軍用機プロジェクトといわれるゆえんである。

SWATチームが重量軽減

 JSFの開発計画がはじまったのは今から10年ほど前のこと。1990年代末、米3軍に共通する戦闘攻撃機(JSF:Joint Strike Fighter)をめざしてロッキード・マーチン社とボーイング社との間で開発競争となり、試作機のボーイングX-32Aは2000年9月18日、ロッキードX-35Aは10月24日に相次いで初飛行した。

 JSFの最大の特徴は垂直着陸やホバリングが可能でありながら、超音速飛行もできるという点にある。このSTOVLを実現するために、ボーイングは現用ハリアーVTOL機と同じようなエンジン推力を変向する方式を採り、ロッキード案は機体前方にファンを取りつけ、空気を下向きに吹き出して垂直飛行をおこなうこととした。この両案が1年間の評価試験を受け、結局ロッキード案が採用された。

 こうして2001年10月、JSFの開発計画が正式にはじまった。しかし、あれもこれもと欲張ると、どうしても無理が生じる。日程が次々と遅れ、1年半も経たないうちに重量超過の問題にぶつかってしまった。機体重量が増えすぎては軍の要求性能も達成できない。というので、ロッキード社は協力会社のノースロップ・グラマン、英BAEシステムズのほか、空軍、海軍、海兵隊なども合わせて総勢500人近い技術者を糾合し、重量軽減のためのSWATチームを結成した。

 SWATといっても、狙撃や突入のための特殊な警察部隊(SWAT:Special Weapons Assault Team)ではない。"STOVL Weight Attack Team" の略で、攻撃目標は「減量」である。これには設計技術者ばかりでなくパイロットも参加し、いかなる改修を加えるにしても、F-35の運動性や操縦性などの飛行能力を損なわぬよう監視する役目を果たした。

 改修は爆弾やミサイルなどの火器収納倉、燃料系統、降着装置、操縦翼面などに加えられ、1,360kg以上の重量を削減すると共に、構造上の改良や荷重の分散などにもつながった。さらにエンジンの空気取り入れ口や排気ノズルを改めることで、エンジンそのものには全く手を加えないまま、270kgの推力増加を実現した。

 これらのSWATによる設計変更は当然、CTOL機やCV機にも適用され、F-35全体の改良をもたらしたのである。

エンジンとリフトファン

 F-35のエンジンは2種類。ひとつはプラット・アンド・ホイットニーF135で、推力18,100kg余。ジェット戦闘機のエンジンとしては史上最も強力で、ロッキードF-22ラプター戦闘機のF119エンジンを基本としてF-35用に開発された。これを搭載したF-35は史上最も強力な単発戦闘機となる。しかも、ほとんどの双発戦闘機をも凌駕する。

 先行機のAA-1にもF135が装着されている。この機体取りつけによる試運転は2006年9月15日に始まり、9月18日にはアフタバーナにも点火された。それ以前、F135は2003年9月以来テスト・スタンドで5,500時間以上の試運転が繰り返されてきた。

 もうひとつ、F-35用にはGEとロールスロイスが共同開発中のF136が選択エンジンとして準備されている。試運転は2004年7月に始まり、2005年2月からは2基目のSTOVL用エンジンも運転が始まった。

 ロールスロイス社はさらにF-35Bの心臓部ともいうべきリフトファンの開発も担当している。リフトファンは直径1.27mの2重ファンが相互に反転する。これがドライブシャフトによってエンジンに接続し、F-35Bを垂直に持ち上げる。

 試作ファンは6基。試運転は2004年1月にはじまり、4月からはF135エンジンに結合して、数千時間の運転が繰り返され、今もつづいている。

 ほかにJSFのアビオニクスは、ボーイング737-300を使って飛行試験がおこなわれる。同機はCATBird(Co-operative Avionics Test Bed)と呼ばれ、電子機器のハードウェアとソフトウェアを装備、機内にF-35のコクピットを再現している。また、機首をF-35の前方胴体と同じ形状にしたり、胴体側面に短固定翼を取りつけるなどの改修をして、12月中に初飛行したはずである。

外国勢も8ヵ国が参加

 JSFの開発にはアメリカばかりでなく、イギリスを初めとする外国勢8ヵ国も参加している。建前は同盟国との共同戦略だが、本音はおそらく、アメリカだけでは開発費をまかないきれないためではないか。

 イギリスは、ごく初期の段階から計画に参加してきた。目的は、現用攻撃機ハリアーVTOL機に代る後継機で、空軍と海軍を合わせて138機の調達を予定し、21億ドル(約2,500億円)の拠出を見込んでいる。しかし、しばらく前から英米両国間で論争が激化した。技術移転をめぐる問題で、最近ようやく決着したものの、一時は交渉決裂に至り、イギリス側のJSF導入が取りやめになるばかりか、英米間の軍事的な協調体制にまで亀裂が入るかと思われた。

 その背景にはイラク戦争に対するイギリス側の見方がある。ブッシュ政権が強引ともいうべきやり方でイラク攻撃に踏み切り、それに引きずられるようにしてブレア政権が参戦してしまった。しかし、実はイラクの大量破壊兵器などなかったということになり「ブレアはブッシュのプードル」といった揶揄まで聞こえてくる。日本でも「小泉はブッシュのポチ」といわれたが、英国議会は単なる揶揄や野次に終わらず、与野党合同の委員会をつくってJSF問題を詳しく審議検討したのである。

 その内容は、国の防衛にかかわる最高度の航空兵器を導入するにあたり、英国独自の戦略または戦術にしたがって、このF-35を自由に運用し、整備し、修理し、将来に向かっては改造や改良の手を加えてゆけるのかどうか。それらを独自におこなうには、米国側が秘匿している技術情報を開示してもらわなければならない。ここでいう技術情報とはハードウェアばかりでなく、ソフトウェアを含むが、その可能性に疑問が出てきたのだ。

 最近の軍事的な作戦行動には、むしろソフトウェアの方が重要である。しかし英国が、現今のように国家的な戦略まで米国に従属しているようでは、そうした技術移転も拒否されるのではないか。米国側も、軍事的なソフトウェアは開示しないというのがこれまでの基本姿勢であった。しかし米国が技術移転を承諾しなければ、英国としてはJSFに関する独立独歩の用法ができなくなる。そんなことならJSF計画への参加を打ち切り、次期戦闘攻撃機は別の機材にすべきだというのである。

 別の候補機としてはユーロファイター、ダッソー・ラファール、サーブなどの戦闘機や、現用ハリアーの発達型の開発といった代替案が具体的にあげられ、F-35を搭載するために計画されている2隻の空母の建造をどうするかといった問題まで提起された。

英米間の技術移転論争

 こうした論争は1年余にわたって続き、英米間できびしい交渉がなされた結果、AA-1の初飛行する3日前、12月12日になってようやく合意に達した。それでも、アメリカからイギリスへの技術移転を定めた覚え書きに調印した英国防相は、議会や記者団から質問の矢を浴びせられ、「JSFの運用に必要な技術情報は、全て米国から提供されるという確約を得た」「自分が納得できない覚え書に調印するはずはない」といった弁明を何度も繰り返さねばならなかった。ブレア政権がブッシュ大統領に召使いのように追随しているという批判は、必ずしもまだ収まったわけではないのだろう。

 JSFの開発に参加しているのは、イギリスのほかにも7ヵ国ある。これらの国も今改めてJSFの開発に協力し、資金を出すと共に、将来は製品を購入し、その見返りに部品製造の一部を下請けし、さらに技術情報の移転を受けるという覚え書きをアメリカ政府との間に結びつつある。

 アメリカは、これらの国々との間でもイギリス同様の激しい交渉を続けてきた。それがようやく合意に達し、まず最初に11月なかばオランダが調印した。12月に入ってオーストラリア、カナダ、イギリスが調印し、つづいてデンマーク、イタリア、トルコが2006年末までに調印したはずである。ノルウェーとの調印は年明けになると見られている。そしてシンガポールとイスラエルも、将来に向かってJSFに関心を寄せている。ほかに米政府はギリシア、日本、ポーランド、韓国へもF-35導入の呼びかけをしている。

 こうして米国との間に覚え書きを交わした国の中には、早くも運用準備を始めたところがある。たとえばイギリスとイタリアは、米海兵隊と非公式の研究グループをつくり、3社共通のF-35B STOVLの運用手順書の作成準備にかかった。同じように、通常の離着陸をするF-35A CTOL型の使用国もグループをつくって準備に入っている。

 そして将来、新しいF-35は米海軍では生存性にすぐれた攻撃戦闘機として、F/A-18E/Fを補完する。米空軍ではF-16およびA-10に代わる多任務の戦闘機として、F-22を補完する。米海兵隊では現用AV-8BハリアーおよびF/A-18の後継機となり、また海兵隊で唯一の攻撃戦闘機としての任務を果たす。英海軍および空軍では亜音速のハリアーに代わる超音速の攻撃戦闘機となる。その他の国々では現用F-16、F/A-18、ハリアーの後継機となるなどの任務を果たすことになる。

戦場統括の万能機

 こうなると当然のことながら、JSFはもはや国際的な戦略プロジェクトであり、アメリカ一国の問題ではなくなる。しかしJSFは、米国内でもしばしば機数削減や計画中止といった論議の的になってきた。重量増加の問題で見られたように計画日程が遅れたり、開発費が予算を上回ったりしたためである。したがって今やっと国際的な共同事業の形ができたとはいえ、実態はアメリカの計画であり、開発費もほとんどはアメリカが出している。とりわけアメリカ議会は、こうした時間と費用のかかる計画には批判的で、いったい何故そんなものが必要なのかという論議を予算審議のたびに蒸し返してきた。

 最近もロッキード・マーチン社と米海兵隊の高官が議会に呼ばれた。彼らは、JSFは技術的にも費用面でも計画通りに進めることができる。一時は多少の懸念があったけれども「今や事態は変わった」と言い切って、開発継続のための予算を獲得した。

 しかし11月初めの中間選挙の結果、アメリカ議会の上下両院で民主党が過半数を占めるようになり、ラムズフェルド国防長官が去って、軍の開発計画や調達計画は将来変わる可能性が出てきた。ひとつはラムズフェルドがF-22を余り好まなかったことから、調達数も頭打ちになっていた。今後はその天井が取り払われ、もっと伸びるかもしれない。専門家の中でも、空軍のF-22が増えるのは間違いないといわれ、空軍の高官もすでにF-22の調達数を増やすと言明している。あるいは、これまで考えていた機数の2倍になるかもしれないというほどである。

 そこで、もしF-22が増えると、F-35には逆風が吹く恐れがある。米3軍向けの生産機数が減るかもしれないのだ。それに対して、たとえば海兵隊は、JSFは単なる攻撃兵器ではない。F-22と一緒にしてくれるなと反論する。

 それによれば、F-35は戦場統括の手段であり、作戦遂行の基盤をなすものである。高速かつ広範な飛行能力とステルス性をもつと同時に、最新の探知機器によって敵の動静を含む戦場の状況を掌握し、その情報を味方に伝え、必要に応じて強力な火器によって迎撃と攻撃を加えることもできる。すなわちJSFは情報収集、通信中継、指揮命令、偵察監視、迎撃攻撃などを一手に引き受け、今の航空機では不可能な作戦行動のできる万能機なのである。

AA-1初飛行の意義

 最後に、もう一度、AA-1の初飛行に戻ろう。同機は今後2年間に約1,300時間を飛ぶ予定である。この先行機の試験飛行によって、その後の量産型で生じるかもしれない問題点を徹底的に洗い出し、あとの技術的および経済的な負担を軽減することになる。高価で困難な開発計画を円滑に進めてゆくための新しい試みである。「もし、この先行機がなくて、いきなり量産型の試験に入れば、開発コストは何倍にもふくれあがるだろう」ともいわれる。

 AA-1の初飛行は、JSFが新しい世界を産み出す第一歩だったのである。

(西川 渉、『航空ファン』2007年3月号掲載、2007.2.19)

  【関連頁】

   ロッキードF-35が初飛行(2006.12.28)
   米空軍JSFにライトニングUの愛称(2006.7.10)

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