<がんを読む(3)>

つける薬はない

 

 『患者よ、がんと闘うな』(近藤誠、文藝春秋、1996年刊)という本は、著者のがんに関する著作の原点ともいうべきもので、ここから全てが始まったといってよいのではないか。

 もはや20年近く前の出版だから本屋さんには売ってないが、私は電子図書で読んだ。読んでいて思ったのは、どうやら癌とバカはおんなじだということ――つまり「がんにつける薬はない」のである。

 この本の核心は、次の4点である。

  • がんの手術は、ほとんど役に立たない
  • 抗がん剤治療に意義のあるがんは全体の1割
  • がん検診は百害あって一利なし
  • がんは本物のがんと、がんもどきに分かれる

 いずれも出版当時の常識を根底からくつがえす主張だったので、がんの専門医たちから激しい反発を受けた。

 とりわけ著者の打ち出した「がんもどき理論」には反発が強く、さる東大名誉教授などは「がんもどきは、おでんの中でしか見たことがない」と感情的な発言をしたらしい。しかし、それならば対談でも対論でもやりましょうと申し入れたところ、多忙を理由に断わられたとか。

 逆に、一般の人びとにとっては、がんに関する理解を深めるきっかけとなった。当時のがんの社会通念、すなわち常識は次のようなものだった。

  • がんは怖い
  • がんになったら手術や抗がん剤
  • 早期発見と早期治療が大切
  • そのためにはがん検診が必要

 これらの常識は今でも余り変わっていないのではないだろうか。なぜ、このような常識が形成されたのか。その理由は「権威とか名医といわれる専門家たちの言動にある」というのが著者の主張。「医師たちが、なんでもかんでも治療しようと猪突猛進し」「余命いくばくもない人の臓器を摘出したり抗がん剤治療を」やりたがるからだとして、本書の中で詳しい論拠を示してゆく。

 著者によれば「全がんの9割には抗がん剤は無効」である。薬剤によっては効果がないどころか、有害であり、死者を出すこともあると説く。特にひどいのは、がんが縮小すれば有効として、その薬剤を抗がん剤として認可する。したがって患者が1ヵ月後副作用のために死亡しても、副作用は無視される。

 こんな認可方式が今もおこなわれているのだろうか。とにかくがんというやつは複雑怪奇な化け物で、医師も政府もどうしていいか分からないのが実情かもしれない。

 事実、日赤医療センターの外科部長は大腸がんになり、いったんは抗がん剤治療を受けたが、やはり再考して中止した。なぜなら「抗がん剤の効果は比較的かぎられており、大腸がんはその中に入っていない」「大腸癌に対する経口抗がん剤の効果は不明で、欧米では効果なし」と判定されているからだった。

 しかも多くの抗がん剤は発がん物質でもある。なにしろ「抗がん剤は毒ガスの研究から生まれた」のだ。

 したがって抗がん剤は無意味かつ有害というのが著者の主張で、私も上の外科部長と同じ病気になり、抗がん剤の服用を続けているので、他人事ではない。しかし服用をやめてしまうのも不安が残るし、このまま続けていては有毒効果だけが体内に蓄積されるかもしれず、不安をかかえながらも抗がん剤の「ゼローダ錠300」と胃炎や胃潰瘍を防ぐ「プロテカジン錠」を呑み続ける毎日である。

 著者は「がんの手術は、ほとんど役に立たない」という。しかるに、私の場合は、がんが見つかった途端に、すぐ手術ということになり、約5センチ×6センチの病巣を取り除くためにS状結腸を長さ20センチほどと、転移の見られたリンパ節が数ヵ所で切除された。

 幸い、立派なドクターたちによる熟達の手技によって、合併症や後遺症は8ヵ月余りを経た現在まで全く発症していない。このときお世話になった先生方、ならびに看護師の皆さんにはまことに感謝のほかはありません。


手術のあとの病室からドクターヘリの離陸を見る
(2012年9月、千葉北総病院にて)

 その一方で、本書『がんと闘うな』は、日本は手術のしすぎと書く。外科医たちに「手術偏重体質」とでもいうべき性癖が強く、放射線治療などにはほとんど目が向かない。食道がんも内視鏡治療ではなく、放射線治療で十分。前立腺がんも放射線治療が国際常識。子宮頸がんも「放射線治療のほうがずっと楽に治療を終えられ、治療後の生活も普通」。手術は受ける必要がないそうである。

 骨に転移したときも、手術ができないので抗がん剤を使う例が多い。けれども「放射線治療をすべきです」と著者は書く。放射線には副作用もないし「骨の転移の場合は、真っ先に考慮さるべき治療法です」。

「転移に対する効力の弱い抗がん剤をダラダラ使っていると、がんが進行して骨が溶けてしまう」。そうなると骨の痛みがひどくなるのでモルヒネを使うことになるが、「こういうところにも厚生省の製薬会社優遇策がみてとれます」

「胃や大腸や肝臓などの早期がんでは、内科で治療できる」にもかかわらず「外科医が血に飢えているため」か、しばしば大がかりな手術がおこなわれる。「開腹しないで治療することが可能」ながんも「日本の現状を見ると、開腹手術が圧倒的多数を占めています」

 そして下手に手術をした結果「あっという間に死亡してしまう患者は無数にいます」。そういう人は手術室から霊安室へ直行することになります、と書いているのは、患者の私ではなく、この本の著者ですから、誤解のないように願っておきます。

 さらに私の場合は、がんが大きく育っていて、イレウス(腸閉塞)寸前だったし、進行度がステージWという最悪の状態にあり、リンパ節への転移も数ヵ所見られたので、先生方が手術が必要と判断したのも当然と思われる。

 余談ながら、つい最近、遺伝性の乳がん――自分はいずれ乳がんになるのだから今のうちに乳房を切除しておくなどというアメリカの女優があらわれ、日本でもその真似をする風潮が出てきた。まことに気が狂っているとしか思えない。乳房本来の機能はどうなるのか。赤ちゃんは母乳を吸えなくなるのではないか。

 そんなことなら、自分はいずれ死ぬのだから今のうちに死んでおこうという方がよっぽど理にかなっている。死ぬのは必然だが、乳がんはなるかならぬか分からぬからだ。いつかは、そんな大真面目な馬鹿も現れるだろう。

 以上は本書のごく一部である。著者の主張を裏付ける理論的なデータは直接本書を見ていただきたい。とにかく著者は、抗がん剤治療はほとんど意味がないし、手術は余り役に立たないと論じ、したがって「がんは今後も治るようにはならないだろう」という結論に至っている。

 読み終わって、がんとバカのもう一つの共通点に気がついた――「がんは死ななきゃ治らない」

(西川 渉、2013.5.23)

【関連頁】
   <がんを読む>相反する談話(2013.5.4)
   <がんを読む>抗がん剤の効果(2013.5.1)

 

 


入院中の病室の窓から見たドクターヘリ(2012年9月、千葉北総病院にて)

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