<本の栞>

面白い本

 立花隆とのつきあいは長い。といっても、一緒に遊んだり飲んだりしたわけではない。活字の上のつきあいで、こちらが一方的にこの人の本を読んでいるだけである。

 その本をいつから読み始めたのか。古いことは忘れてしまったが、たとえば『サイエンスナウ』(立花隆、朝日新聞社、1991年2月刊)という大部の本は、見返しの鉛筆書きを見ると、今から20年余り前の出版直後に買ったことが分かる。

 それから5年ほど経って本頁の『航空の現代』を立ち上げたとき、英名"Aviation Now"を考えたのは、サイエンスナウという言葉が頭の中に残っていたからである。

 ちなみに「現代の航空」という普通の言葉ではなくて、それを逆さまにしたのもサイエンスナウからきている。したがって、本頁を立ち上げた後、しばらくして「現代の航空」をウェブで探しても見あたらないと文句をいってきた人がいたが、こちらは内心「してやったり」と思った。平凡を避けた効果が見えたからである。

 ついでに云うと、世界最高の権威を誇るアメリカの航空週刊誌"Aviation Week & Space Technology"のホームページは AviationNow である。あれは、こちらが真似をしたわけではなくて、「航空の現代」よりもずっと後、2000年初めから同誌のサイトで使われるようになったものである。そのことは当時、本頁でも断っておいた

 さて本題に戻ると、立花隆の近刊『読書脳』(文藝春秋、2013年12月10日)が面白い。副題にあるように「ぼくの深読み300冊の記録」だが、どの本についても面白がって紹介しているところがいい。

 なにしろ2006年から「週刊文春」に連載してきた記事だから、面白くないものを紹介するはずはないのだが、それでも「……がなんともいえず面白い」とか「……に匹敵する面白さである」「いま読んでも十分面白い」「あまりに面白いので途中でやめられなかった」「抜群に面白い」「大変独特で面白い」「思いがけないところに筆が飛ぶが、それがみんな面白い」「知的刺激に満ちあふれた面白(さ)」「……という奇妙なタイトルの本が非常に面白い」「……の本を一山買った。うち面白いものを二、三紹介」「ページを繰ると、これが面白い。みるみる引きこまれた」「どこが面白いといって……」「……という話が面白い」といった具合に「面白い」を連発しながらさまざまな本を大量に、本書の場合は300冊を紹介してゆくのである。

 さらに、面白いという言葉を使わなくても「こんなものがあったのかと思わずうなってしまった」「……のすごさに思わず目を見張る」「……が、こんなにもすさまじいものかと度肝を抜かれる」「エエッと思った」「……などと聞くと、なんともはやあきれ返る」「……という指摘などヘェーッと思った」「こんな不思議な話があるのかとビックリした」

「見事なノンフィクション科学ミステリーだ」「まことに驚くべき総合科学読物である」「……の最前線を幅広く知るには最適の書」「このようなトンデモ情報があの大戦争を起こしてしまう全過程を実に見事にあばき出している」「なぜこれほどの……が可能になったのか……あらゆる角度から分析している」「おそらくこれ以上のものは今後とも出るまいとおもわれるほど、真相に肉迫している」

「……という指摘はなるほどと思う」「ここを読んでナルホドと思う人は是非買って読むべし。ナルホド、ナルホドの連続となること請けあい」「驚くほど情報量が多い本で、……多彩な資料が満載されている」「……を、暴露された秘密メモから実に見事に立証している」「……は作りも中身も実に不思議な本だ」「これは驚異というほかはない」「読めば読むほど……の不思議に驚くばかりである」

 いずれも立花隆みずからが、ひとつひとつの本を好奇心いっぱいで取り上げ、面白がって読んでいる。その上で、こんな面白そうな文章で紹介されたら誰だってその本を読みたくなるであろう。

 そのため、ついつい買ってしまうはめになり、家の中はますます狭くなって、財布は軽くなるばかり。しかも、買ってきた本はたまる一方で、なかなか読み通せない。やっと読み終わって、末尾の折り返しに読了と記入した途端に、何が書いてあったのか、私の老人脳ではもう思い出せない。

 そのような心配についても本書は触れていて、ある本を紹介しながら「情報密度が濃すぎるところがあるから、ゆとり教育・学力崩壊世代の若者には、情報を全部読み取れない人も結構いるのでは、という点が心配だ」という。けれども若者どころか、老人も読み取る力や読み取った情報を記憶する力がなくなっている。その点が「心配だ」というより、悲しくも恐ろしくなってくる。

 ともかくも、この本はそれ自体が面白い上に、世の中には次々と面白い本が出ていることを教えてくれる。そこで、そうした本を紹介する本を紹介することとなった次第である。

(西川 渉、2014.2.7)

  

【関連頁】

  硫黄島栗林中将の偉功(2007.3.27)

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