<本のしおり>

トランプゲーム

 トランプ次期大統領が、目下ボーイング社で製造中の新しい大統領専用機(次期エアフォース・ワン)をスクラップにすべきだと云いはじめた。何十億ドルもするような飛行機は、いかに大統領のためとはいえ、予算の無駄遣いというのだ。

 これを聞いたアメリカ航空工業界は驚愕した。ボーイングばかりでなく、次はわが社もトランプの標的になるのではないかと戦々恐々の状態に陥っているらしい。

 というのもトランプは選挙期間中から「ロッキード・マーチンF-35攻撃戦闘機は高すぎる。納税者に大きな負担をかけている」と非難してきた。

 ただし、アメリカ航空宇宙工業界のトップは最近、報道陣との昼食会で「いずれも大統領就任前の発言であって、これらが公式の政策になるとは限らない」と語った。どこまで確信をもって発言しているのか、むろん先々のことは分からない。


2016年8月20日刊

 トランプとは、まことに毀誉褒貶の激しい人物である。典型的なアメリカ人といえるかもしれない。日本ならば、先ゆきは知らず、こんな男が国のトップになるようなことはちょっと考えられない。

 本書『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』 (佐藤伸行、文春新書)も冒頭に「トランプは当初、道化師としか見られていなかった」と書いている。

「トランプが大統領選に出るのは、自分のビジネスの宣伝に使うためであり、……あの怪物じみた自我とナルシズムの養分とするため」であり「とても本気とは受け取れないような突拍子もない発言をして廃止論争の的にでもなろうものなら所期の目的を達したとして満足するはずだと考えられていた」

 オバマ大統領も、トランプの選挙手法に呆れ果て「大統領選はエンターテインメントではない」と苦言を呈したが、開票後は様子が変わった。「まさかのトランプ大統領がいよいよ誕生することになったのである」

 そのうえトランプの方も「突然、話し方が変わり、大統領のように威厳のあるしゃべり方になって」周囲を驚かせる。

 不動産王トランプは「絶倫王」でもある。現在のメラニア夫人(1970年生まれ)は3人目の妻で「離婚・再婚を繰り返しながら、妻はどんどん若くなっていく」

 これはアメリカの成功者によく見られる「トロフィーワイフ」だ。彼らは「成功して富を手にすると、長年労苦を共にしてきた糟糠の妻を捨て、若くて美しい妻に乗り換え、自分のサクセス・ストーリーの証として誇示する」

 同じく自分自身をも「メディアに露出し、神のように遍在するように見せること……いつも人々の視界に入るようにして大衆の羨望を受けながら、同時に大衆に消費されること――それこそがトランプの人生の目的となっている」

「こうした病的なまでの自己顕示欲とナルシズムが大統領の地位を狙うまでに肥大化」したのだ。

 しかし最後はうまくいったとはいえ、トランプは「常勝将軍」ではない。「破産も4度経験しており、そのビジネス歴は錯誤の連続といってもいいほどだ。失敗した事例も多く、悪評もいつまでも消えない」

 ところがトランプには「債淫力」とでもいうべきものがあって「40歳のとき雑誌『プレイガール』によって最もセクシーな10人の男の一人に選ばれてもいる。人々はなぜかトランプを見ると、心がざわめくという」「その不思議な精気は男性にも有効であり、したがってトランプは初対面のエグゼクティブの面々にまですぐに気に入られるという特技を持っていた」

 さらにトランプは他人から無視されることを嫌って「マスコミに書かれることは不利になるよりも利点の方がはるかに大きいという『トランプの定理』を編み出した」。「悪い記事を書かれても、何も書かれないよりまし」というのだ。

 そのため自ら「トランプのスポークスマン」と名乗って新聞社に電話をかけ、トランプに関するゴシップを提供したこともある。今回の大統領選挙戦もこの「定理」を応用して勝利したといってよいかもしれない。

 トランプらしさを示すもうひとつの特徴は、自分の関連する商品には異常な執念をもって「トランプ」という名前をつけることだ。自分の建てたビルには「トランプ・タワー」と名づけたほか、「トランプ・ウォッカ」「トランプ・ステーキ」などがある。しかしニューヨークの「トランプ・スケートリンク」はコッチ市長に拒否された。

 また1989年から92年にかけて、イースタン航空の路線の一部を買い取って「トランプ航空」と名づけ、ワシントン〜ニューヨーク〜ボストン間に3年ほどシャトル便の運航をした。

 さらにトランプ・シャトルに先だつ1985年頃、マンハッタンから南へ160キロほどのアトランティック・シティまでヘリコプター定期便を飛ばしたこともある。

 トランプ・タージマハールと呼ぶカジノを開設したためだ。カジノとヘリコプター路線は結びつきやすく、モナコ〜ニース間、マカオ〜香港間などの実例がある。

 馬之介も文字通りの野次馬根性を発揮して、昔マンハッタンの西30丁目ヘリポートからアトランティックシティまでトランプ・ヘリコプターに乗ったことがある。その前に香港からマカオへも飛んだが、博才のない身では下手な賭け事などできず、多数の人びとが目の色を変えてスロットマシーンやルーレット、トランプゲームに夢中になっているところを背後からそっと見ただけで、どちらも日帰りで戻ってきた。

(野次馬之介、2016.12.20)

【関連頁】

   <本のしおり>怒鳴るぞ トランプ(2016.12.18)
   <本のしおり>北風と太陽(2016.12.8)
   <本のしおり>アメリカ新大統領の本性(2016.11.18)

    

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