ホンダ、GEと戦略的提携 

 

ホンダ技研とGEが、HF118エンジンの共同開発について戦略的提携をすることになった。この話題は少し前のものだが、本稿は去る2月下旬、『航空ファン』の求めに応じて書いたものである。

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 去る2月16日、ホンダ技研工業は米ゼネラル・エレクトリック社(GE)との間で、航空機用小型ターボファン・エンジンの共同事業に関する契約を結んだ。「戦略的提携」といわれる契約の骨子は、ホンダの開発してきたHF118エンジンについて、共同で営業活動を行う。そのためHF118の型式証明取得と量産に向けて、いっそうの開発作業を両社で進めるというもの。

 これで、去る12月3日アメリカで初飛行したホンダジェットの開発(本誌3月号参照)もいよいよ本格化するだろうというのが一般的な見方である。ただし、今回の発表はエンジンの問題だけで、ホンダジェットそのものについては何の言及もされなかった。2か月前と同様、ホンダとしてはこの小型ビジネスジェットの将来について、今なお音無しの構えといったところである。

 ところが、そう思っているところへ、わずか3日後の2月19日、今度は「日本経済新聞」が「ホンダ、プロペラ機エンジンを米で生産」というニュースを報じた。上のターボファンの記事は当事者の発表だから、各紙ふつうの扱いだったが、レシプロ・エンジンの方はスクープということだろうか、センセーショナルなトップ記事になった。

 内容は、ホンダがテレダイン・コンチネンタル・モーターズ社(TCM)との間に今春にも合弁会社を設立、ピストン・エンジンの生産に乗り出すというもの。「生産するエンジンは水冷式で、振動や騒音の小さい水平対向4気筒型。二輪車用エンジンをベースにして、排気量は4,000〜9,000ccを想定……詳細は公表していないが、軽量、高出力で燃費効率も高い」という記事である。

 ここに至るまで「ホンダは四輪車や二輪車、船外機のエンジンで培った技術を生かし、2000年からプロペラエンジンの開発に着手。TCMの協力を得て実証試験を重ね、昨年3月から事業化調査を進めていた」とも書いてあるから、むろん根拠のない構想ではないのだろう。

 ただし、スクープ記事の出た直後、ホンダからは「この記事は、憶測に基づくものであり、何も決まったものはありません」という発表がなされた。航空ファンとしては、ホンダからの相次ぐニュースに熱くなったところへ、頭から水をかけられたような気がしないでもない。

 

最強のパートナー

 そこで、ピストン・エンジンについては後日の進展を待つとして、ここではホンダの公式発表になるHF118ターボファンを中心に実状を見てゆくこととしよう。

 ホンダによれば、このような小型ジェット・エンジンの研究は1986年に始まったという。その中からHF118の開発が具体化したのは1999年で、最近までの5年間に地上試験と飛行試験を合わせて1,400時間以上の運転をしてきた。このうちセスナ・サイテーションによる試験飛行は200回に及ぶ。初飛行したばかりのホンダジェットに取りつけられていたのも、HF118であることはいうまでもない。

 このエンジンにGEが注目したのは、ホンダが「廉価、軽量、低燃費、高い信頼性、そして保有コストの低さなど」をめざし、繊細で論理的な開発アプローチによって開発が進んでいることにあるという。そこでGEとしては、開発作業に参加し、理想の小型ターボファン・エンジンを一緒になって実現し、量産へ移行させようというのである。

 これでホンダとしても、先ずはエンジン分野から航空界へ参入することになった。航空事業は、本田宗一郎の創業以来の夢であったから、その望みがいよいよ実現に近づいたというわけである。ホンダとしては、これまでHF118の商品化に一抹の不安がないわけではなかった。しかしエンジンの開発、型式証明、販売、製造、プロダクト・サポートなど、複雑な業務に長い歴史と経験を持つ世界最大のエンジン・メーカーGEならば、これ以上に心強いパートナーはないというべきだろう。

HF118派生型の開発

 ではホンダHF118ターボファンとは、どんなエンジンであろうか。2軸式ターボファンで、ファン直径441mm、バイパス比2.29。乾燥重量は178kg、最大離陸推力757kgfといった技術上の詳細は本誌3月号をご参照いただきたい。

 このような小型ターボファンの需要は今後、増大することが予想されている。その需要増をねらって、ホンダとGEの意図するところは、推力にして450kgfから1,500kgfのエンジン開発にある。無論HF118を基本とする派生型、もしくは発達型だが、具体的にはどうなるだろうか。

 これをホンダジェットに装備するならば今のままでいいだろう。しかし、それ以外の新しいビジネスジェットに搭載する場合は、それに合わせた出力にしなければならない。と言っているところへ、早くもアヴォセット・プロジェットへ装着する構想が出てきた。

 同機はアヴォセット・エアクラフト社がイスラエル・エアクラフト・インダスリーズ社(IAI)の協力を得て開発中のビジネス・ジェットで、これまではPW615かウィリアムスFJ33のどちらかを選定する予定だった。が、ホンダHF118へGEが協力することになったことから、その採用を検討するに至ったもの。すでに関係者の交渉がはじまっているもよう。

 なお、プロジェットは「プロフェッショナル・ジェット」の略という。すなわち個人使用というよりは、エアタクシーや社用機など、小型とはいえ本格的なビジネス機をめざすもので、2007年春から引渡しに入る予定。同機にはすでに昨年10月、アメリカのチャーター運航会社ジェット・パートナーズ社から100機の注文が出ている。

 アヴォセットとの交渉が成立すれば、ホンダとGEは合弁会社をつくり、プロジェット向けのHF118派生型の開発を急ぐことになろう。これはホンダとして航空界へ参入する橋頭堡にもなるわけで、いずれはホンダジェットそのものの商品化への道につながる可能性も大きい。


HF118ターボファン

両社五分五分の提携

 もとよりホンダもGEも合弁会社設立までは言及していない。しかし意外に早く、その計画が具体化するのではないかという見方をする人もいる。というのは上のプロジェットの例にも見られるように小型ビジネス・ジェットの開発競争がいま急激に進みはじめたからで、そのためのエンジン需要も増加することが予想されるためである。

 GEは時代と共に、大型エンジンの方へ比重を移してきた。かつては小型エンジンもつくっていたが、いつの間にか手薄になり、そのすき間をプラット・アンド・ホイットニーやウィリアムス・インターナショナルに埋められつつあるのが現状である。ホンダと提携し、HF118を基本として、新たな小型ターボファンを商品化しようという戦略も、そこから発したものであろう。

 GEの考えるHF118派生型は、上述のとおり推力450〜1,500kgfの小型ターボファンで、1台50万ドル以下の価格で量産し、新たな小型ビジネスジェット分野に参入する戦略である。

 この構想については、両社1年以上にわたって話し合いをつづけてきたらしい。その結果、共同で参入してゆくのが双方に有利という合意に達した。提携の比重は五分五分で、新しいエンジンの顧客を求めて、航空機メーカーに働きかけてゆくことにしている。

 これに対する競合エンジンは、同クラスのPW600シリーズとウィリアムスFJ33など。概要は下表の通りである。また、これらのエンジンを装備する軽ビジネスジェットはエクリプス500、アダムA700、サファイアジェット、セスナ・ムスタング、プロジェットなど、いずれも開発段階にありながら、大量の注文を受けている機種もある。それでもGEは、まだまだ新規参入の余地は大きいと見ている。

 というのも現在、GEのいう450〜1,500kgf級のエンジンを装備する小型ビジネスジェットは年間150〜200機が売れている。この売れ行きは今後ますます増化することが予想される。これからエアタクシーも小型ジェットを使うことが見こまれるからで、それに使うジェット・エンジンは向こう10年間で30億ドル(約3,200億円)の需要になるという。

HF118と同級エンジンとの比較

   

HF118

PW610F

PW615F

FJ33

メーカー

本田技研

P&WC

P&WC

ウィリアムス

最大離陸推力

757kgf

408kgf

612kgf

544kgf

重量

178kg

不詳

不詳

136kg以下

FADEC

装着

装着

装着

装着

主な使用機

ホンダジェット

エクリプス500

ムスタング

アダムA700

ホンダの本音は何か

 こうしたエンジンを装備するホンダジェットは、車にちなんで「コンパクト・ジェット」とも呼ばれる。去る12月3日に飛んだ同機については、2週間後の12月16日初めて公式に発表された。とはいえ「研究プロジェクト」であるとして、初飛行時の飛行時間もパイロット名も飛行速度も高度も公表されず、わずかに予備的な設計数値が発表されたにすぎない。

 その内容は表2のとおりだが、ビジネス機もしくは乗用機としての機内は、高度13,400mを飛んでいるときの与圧が標高2,440mに相当する。座席数は6席で、パイロット2人と乗客4人が標準的な座席配置だが、最終的には乗客5人で、パイロット単独の操縦ができるようにするという。航続距離は巡航高度12,500mの計器飛行状態で2,000km余りになる。

 ホンダジェットの将来については、航空関係者の間でもとまどいと期待が交錯する。たとえば、これを商品化しない筈はないという意見がある。その根拠は、ホンダが開発研究のために何億円もの資金を投じてきたからだが、一方でその程度の金額はホンダにとってはした金にすぎない。そのくらいの出費で、大きな開発プロジェクトが始動するわけはないという反論もある。

 また、如何にも日本的という見方もある。熱しやすくて冷めやすいとでもいうのだろうか。一時的には熱が上がるが、いつの間にかうやむやになってしまう。無論ホンダジェットがそうだということではないが、別のメーカーの航空用エンジンも技術的には成功したかに見えたが、いつの間にか話が途切れてしまった。それも、しかし、ホンダがいうように「研究のための研究」であって、もともと商品化する計画はなかったということかもしれない。

 もうひとつの見方。ホンダの狙っているのは、エンジンであって機体ではない。本命はHF118ターボファンで、ホンダジェットは単にそれを実用化するためのプラットフォームにすぎないというのである。GEも「ホンダの本音は航空機ではなくて航空用エンジン」という見解を語っている。

パーソナル機の可能性

 さらに今のホンダジェットはあくまで試作機であって、10年先を見ながら、より良いものを開発するための第1歩にすぎないという意見もある。

 今のホンダジェット原型機は同クラスのビジネスジェットにくらべて、飛行性能は似たようなものだが、効率はもっと良い。値段をつけるとすれば、ムスタング同程度の250万ドル程度であろうか。

 ホンダがこれから新しいビジネスジェットの量産に乗り出すとすれば、その誘因は何であろうか。ひとつは市場の拡大である。米国では近年、航空交通に関する基本方針として、自家用機というよりも個人用の小型機――パーソナル・エア・ビークルによる交通体系の革新という構想が出てきた。米国にある無数の飛行場を使い、渋滞する道路の束縛を逃れて、誰もが自由に空を飛べるようにしようというもの。この政策が進めば市場が拡大する。そうすればホンダジェットのようなパーソナル機の需要が増えて、商品化への刺激が強くなるであろう。

 ホンダは長年にわたって、個人向けの乗用車を生産してきた。したがって当然のことながら、航空に関してもパーソナル機の市場を狙うことになろう。販売体制も世界的なネットワークができている。

 日本がこれまで独自の航空機開発に踏み切れなかったのは、販売力が弱かったからである。その弱みは、かのYS-11によっていやというほど体験させられた。その後遺症が未だに残っていて、技術的には世界一流の水準にありながら、欧米メーカーの下請けに甘んじてきたのである。

 そこへ大量生産、大量販売の実績を持つ自動車メーカーが乗り出してきた。強力な販売網を背景として、ホンダジェットとHF118が、むろんGEの協力も得ながら、新たな可能性に向かって進むならば、大いなる成功も期待できるであろう。

 

ホンダジェットと同級機との比較

   

ホンダジェット

エクリプス500

アダムA700

サファイア・ジェット

ムスタング

プロジェット

主翼スパン

12.2m

10.1m

13.4m

12.0m

12.9m

12.3m

全長

12.5m

11.4m

12.4m

11.0m

11.9m

11.3m

全高

4.0m

3.4m

2.9m

4.6m

4.2m

3.9m

座席数

6

6

6〜8

6

6

6〜8

キャビン長

4.6m

3.7m

4.8m

4.2m

4.3m

4.4m

キャビン高

1.5m

1.2m

1.3m

1.4m

1.3m

1.4m

最大離陸重量

4,173kg

2,558kg

3,180kg

2,835kg

3,700kg

3,250kg

エンジン

HF118

PW610F

FJ33-4A

FJ33-4

PW615F

HF118(?)

離陸推力

757kg×2

406kg×2

540kg×2

680kg×2

612kg×2

544〜612kg×2

巡航速度

777km/h

694km/h

630km/h

703km/h

629km/h

658km/h

運用高度限界

12,500m

12,500m

12,500m

12,500m

12,500m

12,500m

航続距離

2,000km

2,370km

2,000km

2,130km

2,400km

2,220km

離陸距離

806m

657m

900m

760m

950m

915m

初飛行

2003.12.3

2002.8.28

2003.7.27

2004夏

2005

2005夏

型式証明

未定

2006初

2004末

2006夏

2006夏

2006末

受注数

――

2,100機

――

396機

330機

100機

推定価格

250万ドル(?)

120万ドル

200万ドル

140万ドル

260万ドル

200万ドル

(西川 渉、『航空ファン』誌2004年5月号掲載)

【関連頁】

 ホンダジェット初飛行(2003.12.15)

 ホンダジェット詳細を公表(2003.10.14)

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