<鹿児島市立病院>

周産期と新生児の救急に
ドクターヘリを積極活用

 

 鹿児島市立病院は、あの山下家の五つ子が生まれたところである。1976年のことだが、今では36年を経て皆さんそろって立派に成人しておられる由。それ以前も五つ子の記録はあったが、全員が無事に成長した例はなかった。

 このような日本で初めてという成果は,出産の準備段階から産後の看護まで、病院あげての努力が実を結んだものである。その実績と伝統は今も残っていて、ここの総合周産期母子医療センターはわが国最高の医療水準と規模を保持し、さらに発展を続けている。

 訪ねてゆくと、いきなり沢山の赤ちゃんが寝ている処置室に案内された。赤ちゃんたちは、保育器に入っている子もいるが、ほとんどはベッドの上で手足を動かしたり、小さな声をあげたり、眠りこんでいたり、この世に生を受けた喜びで、自由な振る舞いを楽しんでいるかに見えてほほえましい。

 けれども本当は、生まれてくるのが早すぎたり、心臓や気管に障害があったり、染色体の異常があるなど、決してほほえましいとばかり云ってはいられない。今朝も3人の赤ちゃんが入院してきたが、うち1人はドクターヘリによる搬送だったという。

 この子たちを早く健康な体にして、家庭に戻すために日夜闘っておられるのが母子医療センターの医師およびスタッフの皆さんである。その中から茨聡先生と平川英司先生のお話を聞いた。


鹿児島市立病院にて、茨先生(左)と平川先生

新生児救急とヘリコプター

――先ほど赤ちゃんたちの寝ている大きな処置室を見せていただきました。われわれ東京からやってきて、そのままの服装で靴も履き換えずに歩きまわったわけですが、あれでよかったのでしょうか。

茨 あそこは1分間に1回ずつ部屋の空気を入れ換えているので、外部からの汚染を心配する必要はありません。その隣には陰圧室もあって、感染症の赤ちゃんなどは、そこに入ってもらいます。さらに徹底したクリーンルームが続いていて、調剤などはそこでおこないます。

――入院してくる赤ちゃんは、やはり未熟児が多いのですか。

茨 そうですね。体重1,000グラム未満の赤ちゃんも年に60人くらい来ます。最近の例では308グラムで生まれた赤ちゃんもいました。これは極くごく例外的で、日本ではこれまで慶応病院で290グラム余りの赤ちゃんが生まれていますが、それに次ぐ記録ではないかと思います。

――そんな小さな子が育つのでしょうか。

茨 ちゃんと大きくなります。今朝ドクターヘリで着いた赤ちゃんも川内(せんだい)で生まれたばかりで、体重は700グラムでした。ここから北西へ40キロほど離れた町ですから、やはりヘリコプターを使うことになります。

――そうするとドクターヘリは、どのくらい使われているのでしょうか。

茨 鹿児島県ドクターヘリは運航開始から3ヵ月間に136件の出動をしました。そのうち11件が周産期搬送でしたから、出動件数の8%くらいにあたります。

――ドクターヘリ就航以前はどうしておられたのでしょうか。

茨 この新生児センターが五つ子誕生を契機として発足したのは1978年ですが、以来30年余り自衛隊のヘリコプターにお世話になってきました。しかし自衛隊機の原則は離島の救急ですから、本土内の急患には対応できず、飛行の頻度も余り多くありません。2010年からは防災ヘリコプターが離島ばかりでなく本土内の事案にも飛ぶようになりました。

 現在は無論ドクターヘリが中心ですが、その出動中は防災ヘリコプター、夜間は自衛隊機に飛んでもらいます。


ドクターヘリに保育器を搭載
医師は向こう側にすわり、赤ちゃんの治療にあたる

赤ちゃんとお母さんの死亡率を減らす

――病院玄関のそばには大きなドクターカーがありましたね。

茨 あれは「こうのとり」号です。異常分娩といっても、通常は病院の中で生まれます。その赤ちゃんを小さな産院から大きな病院へ連れて行く必要が生じたとき、普通は救急車が走りますが、仮死状態で生まれたときなど、医師の同行が必要なときは、こちらから「こうのとり」号で迎えに行きます。

 車の中には赤ちゃんの保育器やお母さんのベッドがあり、走行中も医師の治療が続けられるようになっています。このドクターカーは24時間待機をしていて、毎日3人の医師が当直し、夜間も2人が乗って出動します。導入されたのは2001年ですが、赤ちゃんもお母さんも死亡率が大きく減少しました。

平川 さらに2009年、新幹線が鹿児島まで開通してからは、特に依頼して車内に保育器をつなぐ電源なども取りつけてもらい、新生児の搬送に協力していただいております。これを、われわれは「ドクタートレイン」と呼んでおります。

――そこにドクターヘリが導入されたわけですね。

茨 これで周産期の救命率がいっそう大きくなることが期待されます。これまでも自衛隊機や防災機を使ってきたわけですが、ドクターヘリは当院専用のヘリコプターですから、迅速な対応が可能です。そのうえ、救急車とのランデブーポイントも県内各地にたくさん用意してあるので、ほとんどは産院から1〜2キロの地点に着陸できます。さらに、このAW109SPグランドニュー・ヘリコプターは大きなサイド・ドアから保育器を乗せたり降ろしたりするのが非常にやりやすい。また、機内に乗せたときの高さがドクターの肩の高さに一致して、赤ちゃんの治療がやりやすい。飛行速度の速いことはいうまでもありませんが、専用ヘリコプターの導入は非常に有難いことです。

平川 鹿児島県ではNICU(新生児集中治療室)を有する医療施設が鹿児島市に集中しており、しかも3ヵ所しかありません。そのため鹿児島県の妊産婦死亡率は1995〜2004年の10年間、不名誉なことですが、全国で最も高い状態にありました。母体搬送にいちじるしい時間がかかるためで、ほとんどは1〜3時間を要します。このような場合、今ではドクターヘリが出動します。ドクターヘリには、いつもの救急ドクターとフライトナースのほかに、産科または新生児科のドクター1〜2人が同乗してゆきます。

 ドクターヘリの出動対象となる周産期の異常は、母体の心停止、羊水塞栓、産科危機的出血、切迫早産、子癇などがありますが、このような事態にドクターヘリを使えば、搬送時間の短縮や早期の治療開始によって、お母さんや赤ちゃんの死亡率が減るばかりでなく、予後を改善することにもなります。また県内へき地の医療施設や医療スタッフの不充分な現状を補うことにもなります。


こうのとり号
医師が同乗して現地に走り、
お母さんと赤ちゃんの救急治療に当たる

ヘリコプターの「半々ゲーム」

――ヘリコプターの導入によって、医師と患者の接触時間が大幅に短縮されたわけですね。

平川 そうです。地上の救急車で4時間かかるところが自衛隊機で2時間、防災ヘリコプターを使うと1時間になり、ドクターヘリでは30分ですみます。倍々ゲームならぬ「半々ゲーム」です。たとえば、ここから最も遠い出水などの北薩で35分、錦江湾をはさんだ対岸の大隅半島では先端部でも17分という結果が出ています。1〜3時間などという従来の状態では考えられないような早さで治療を始めることができるわけです。

茨 そのようにして連れてきた赤ちゃんを、ここで年間120件ほど手術をしたり、あるいは呼吸ができない赤ちゃんには人工呼吸をほどこし、脳低温療法などしており、世界的にも例のない実績です。そのため、ここには15人のドクターと110人のナースがいて、日本一の施設になっております。無論われわれは入院や治療の緊急要請に対して、決して断ることはありません。ベッド数60床に対して、120人の赤ちゃんを受け入れたこともあります。

――NICUのほかに、DICUと表示されたところもありましたが。

茨 DICUのDはDevelopmentの略です。赤ちゃんによっては、気管が悪くて人工呼吸器がなかなか外せない子供もいます。そうすると長期入院が必要になりますが、そのままでは入院患者ばかり増えて新しい赤ちゃんを受入れられなくなってしまう。そこで急性期の新生児のためのNICUに加えて、慢性期の患者のためのDICUをつくりました。ここに長期入院の赤ちゃんを移し、早く家に帰る準備をしてもらいます。

――近く新しい病院ができるそうですね。

茨 新しい施設は3年後に完成し、移転する予定です。そうするとNICUもDICUも、もう少し余裕をもって広げることができます。また新しい病院は桜島の大噴火や地震、津波などを想定して設計してありますので、何が起ころうと1週間くらいの籠城は可能です。むろん医療機器は絶対に止めないし、エレベーターも独立電源を持っていて停まらないように考えてあります。

平川 新しい病院には屋上にヘリポートができますから今以上に迅速な出動が可能になります。ドクターヘリに乗って現場に出たいという医師も、救急部ばかりでなく、われわれ新生児科や産科の医師の中にも沢山います。

ドクターヘリは周産期医療にも有効

――まことに頼もしいお話ですね。これまでは産科や新生児科の先生方はドクターヘリは使いにくい。機内がせまくて、振動があり、夜間は飛べないなどの理由で、積極的に使う病院が少なかった。しかし本当は、振動など救急車にくらべて遙かに少ないし、周産期医療にも有効なはずですが……。

茨 妊婦は出血すると30分くらいで死亡することが多い。赤ちゃんは生命力が強く、未熟児といえどもすぐに死ぬわけではありません。したがって周産期に異常が起こると、お母さんの方が亡くなってしまう。こういう悲惨な事態をなくすためには、交通事故などの外傷ばかりでなく、周産期の救急医療にもドクターヘリは有効です。そのことを、もっと多くの先生方に知ってもらい、周産期や新生児の救急に積極的に使ってもらいたいと思います。

――新しく生まれてきた赤ちゃんが、わずかな手遅れのために短い一生を終わるか、長くて幸福な生涯を生きるか、周産期の母子救急がいかに重要であるかがよく分かりました。とりわけ今日は、ドクターヘリが活用され、極めて有効な役割を果たしていること知ることができました。茨先生と平川先生には、お忙しいところを長時間にわたって具体的なお話をいただき、母子医療センターをご案内いただきました。厚くお礼申し上げます。

(西川 渉、季刊「HEM-Netグラフ」26号掲載、2012.12.21)

 

 


赤ちゃんを収容した保育器を、ストレッチャーに乗せてドクターヘリに搭載する

【関連頁】
   即時要請と高速飛行(2012.6.25)
   救急医療の手遅れをなくす(2012.7.17)

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