五十年後の奇蹟

  

 

 先日アメリカへ行ったとき、サンフランシスコ空港の売店で雑誌『ポピュラー・メカニックス』の2月号を買った。50年後の世界がどうなるかという特集が面白そうだったからである。

 それによると、医学の分野ではロボット外科医が出現して手術をするようになる。といっても、人間のような白衣を着たロボットではなく、バクテリアと同じくらいのきわめて微細な装置ができ、患者の身体に潜りこんで、ガン細胞を殺してゆく。つまりガンの手術をするというのである。

 昔の映画「ミクロの世界」からの連想といわれるかもしれないが、この雑誌は今から50年前に2000年の予想をしたらしい。すなわち今日現在のことだが、結果としてオンライン・ショッピング、電子レンジ、ファクシミリの出現を当てたというから、決して単なる夢や出鱈目ではない。

 さらに2050年には自分自身のクローン臓器を使って臓器移植がおこなわれるようになり、人の寿命は150歳まで延びる。もともと人間の身体は120歳から150歳くらいの寿命が保てるように設計されている。それがきんさんのように早死にするのは、無論きんさんのことではないが、飽食、喫煙、麻薬のせいだというのである。

 では、航空の分野はどうなるか。2050年にはパイロットのいない旅客機が飛ぶだろうという。旅客機には、かつてナビゲーターやフライト・エンジニアが乗っていた。しかし今では、そうした仕事は人間に代わってシリコン・チップがやるようになった。次はパイロットの仕事がコンピューターに代わる番である。

 実際、今日、軍事分野では無人機の研究開発が盛んにおこなわれている。ミサイルの誘導や敵地の偵察にはすでに実用化もされている。2010年までにはロボット・ヘリコプターが兵員をのせて戦場へ飛ぶようになり、その次は作業員をのせて石油掘削リグへ飛ぶだろう。それが、いつ旅客機になるかは技術の問題ではなく、心理学の問題である、と。

 このような『ポピュラー・メカニックス』の予想は決して荒唐無稽な白昼夢ではない。アメリカではすでに具体的、現実的にAGATE計画が動いている。1995年NASAが産業界と学界の協力を得て立ち上げたプロジェクトである。

 AGATEとは“Advanced General Aviation Transport Experiments”の略で、ジェネラル・アビエーションを今後21世紀に向かって活性化させるには、誰でも自動車を運転するように、飛行機も容易に操縦できるようにしなければならない。それには操縦操作が簡単で安全でなければならない。

 というので「空のハイウェイ」(Highway in the Sky:HITS)というコクピット・ディスプレイの開発がはじまった。これは目の前のスクリーンに空の道が映し出され、パイロットは初心者でもビデオゲームをするように、その道をたどってゆけば目的地へ飛ぶことができる。しかも雲や霧のために外界が見えなくても、スクリーン上には周囲の山や建物などの障害物が、目に見えるように映し出される。

 そのためには詳細な地形データが必要だが、現在の地形データは決して充分ではない。というので日本人宇宙飛行士、毛利衛さんの乗ったスペースシャトル「エンデバー」が打ち上げられることになった。宇宙から詳しく地球を測定し、現在の30倍の精度をもった地形データを整備してHITSをつくろうというのである。

 この装置があれば、かのジョン・F・ケネディ2世も空の道に迷って、死ぬことはなかった。HITSはアマチュア・パイロットにベテラン・パイロットと同じ能力を与えるもので、飛行機が雲に包まれていても、機内では晴れた空が見えているのである。

 こうして「空のハイウェイ」ができれば、人の移動形態も大きく変わるであろう。これをNASAでは「小型航空機輸送システム」(Small Aircraft Transportation System:SATS)と呼び、そのシステムに適した新しい航空機とエンジンの開発を研究している。エンジンは小型ながらも強力で、それでいて静かで排気は少ない。それを装備する航空機は垂直離着陸が可能で、空港を使わず、戸口から戸口へ飛び回ることができる。

 それが実現する頃、地上の道路は混雑してのろのろ運転しかできなくなるだろう。定期エアラインもわずらわしく、遅れはますますひどくなる。ハブ・アンド・スポークなどというシステムは人間心理を無視した運航方式で、私も2年余り前ひどい目にあったことがある。ビジネスマンとしては自分独りで、いつでも何処でも自由に飛べるような航空システムが欲しくなる。

 その希望をかなえるのがSATSである。安くて安全で操縦が簡単な自家用ビジネス機の実現。これがHITSに乗って快適な出張旅行を可能にし、定期便が飛ばぬような小さな飛行場にも自由に発着することができる。

 その先にあるのが『ポピュラー・メカニックス』のいうパイロットの要らない旅客機である。人びとの心理的な問題が解決すれば2050年以前にも実現するにちがいない。が、そこまで行かなくとも、ビジネス機は今後AGATE計画に乗ってますます普及し、活発な動きを見せるようになるであろう。 

(西川渉、『日本航空新聞』2000年2月17日付所載)

 

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