原始時代から脱け出せ

――東海村事故を考える(2)――

 

 先日ドイツへ行ったときのこと、ミュンヘン郊外のオートバーンを走っていたら、すぐ右手に原子力発電所があらわれた。上の方がビンの口のようにすぼまった巨大な円筒から、白い蒸気がもくもくと立ち昇って、まことに不気味な光景である。

 大都市の近くにこんなものをつくって問題にならないのかと思い、同行のADAC救急ヘリコプターの機長に訊いてみると、「もちろん問題です。付近の人たちはみんな反対しています。そのためドイツの原発は向こう20年以内になくすことになっています」という答えが返ってきた。

 私は、日本がこれからまだ原発を増やそうとしているとき、ドイツではなくす方に向かっているのを知って驚くと同時に、自分の無知を恥じた。けれども、この問答は東海村JCOの臨界事故が起こる数日前のことで、話はそれだけで終った。


(ミュンヘン郊外で見た原子力発電所)

 

 日本に戻って調べてみると、ドイツでは昨年10月に発足したシュレーダー政権が国内19基の原発を20年以内に全廃するという方針を打ち出している。同じような政策はスウェーデンにもあって、1980年の国民投票で12基の原発が2010年までに閉鎖することになっているらしい。そしてアメリカでは、この20年間、新しい原発は1基もつくられてなく、このままでは21世紀なかばまでに全てが操業を終わると見られている。

 世界の情勢は、井の中の蛙が知らぬうちに、全く反対の方へ向かっていたのである。

 世界的に見て、原子力はどの程度利用されているのか。倉田保雄氏(『翼の王国』1999年4月号)によると、電力源としては次のように第3位のシェアを占め、石油を上回るという。

石  炭

39%

水力その他

19%

原子力

17%

ガ  ス

15%

石  油

10%

 また原発は世界各国にどのくらいあるのか。稼動原発の基数、ならびに原発による発電のシェアは次の通りという。

原発基数

原発依存度

アメリカ

107基

19.8%

フランス

59基

78.2%

日  本

54基

34.8%

英  国

35基

28.6%

ロ シ ア

29基

13.2%

ド イ ツ

20基

35.0%

 この表で見ると日本の原発基数はめでたく世界第3位である。アメリカはダントツの原発大国だが、2012年までには82基に減らすようだから、日本の原発増設方針はフランスを抜いてアメリカに迫り、将来はこれを追い越すことを狙っているのかもしれない。

 しかし日本の原子力利用に関する技術は、世界水準から見て10年遅れといわれる。これまた私は知らなかったが、いわれてみれば近年の一連の原発事故はそのあらわれだったのだろうし、今回の「臨界事故」はそれを決定的に証明した。10月2日付けロンドンの新聞も「日本政府は『セーフ』と言っている」と揶揄(?)していた。もはや、われわれ日本人には原子力を扱う資格がないのではないか。

 粗雑な日本の技術で、これ以上エネルギー源を原発に頼るのは危険である。むしろ、ほかのエネルギー源を求めて、転進してゆくべきであろう。新しいエネルギー源の開発である。今のところ世界的には風力発電が最も有望視され、次いで太陽エネルギーの利用や水素エネルギーの開発が急がれている。

 先日のドイツでも原発を見かける一方、風力発電のための巨大なプロペラが目についた。昔のMBB社が航空技術を利用して開発したものらしく、丘の上の高い塔の先端で3枚ブレードの大きなプロペラがゆっくりと回っている。

 調べてみると、ここでもドイツは世界の最先端を走っており、風力発電のための設備容量は1998年末の見こみで258万kW――世界第1位であった。第2位がアメリカで205万kW。以下デンマーク、インド、スペイン、イギリス、オランダ、中国、スウェーデン、イタリア、アイルランドとつづく。

 日本は6万kW弱でベストテンの外にあり、まことに情けない。よほど風当たりが弱いのであろう。インドや中国に負けるのは国土面積がせまいせいかと思われるが、そのせまい国土に原発ばかりつくってどうするのか。原爆の体験を経て非核3原則をとなえ、核反応や放射能に最も敏感なはずの日本が、実は下手な技術で危険な原発の増設に励み、本来最も力を入れるべき安全なエネルギー源の開発に遅れを取っているのである。


(航空技術から生まれた発電用の風車群)

 

 そも科学技術庁は何のために存在するのか。今回の臨界事故に懲りたと思いきや、逆に新しい法律をつくって核施設関連の管理監督の強化をはかるとか。今後ますます原発政策を推進してゆくつもりらしい。

 そんな法律よりも前に、新しいエネルギー源の開発に取り組むべきであろう。原発のために危険を冒しながら膨大な費用を使うくらいならば、同じ費用をソフト・エネルギーの開発に向けるべきである。

 原発による発電は、コストが安いというのも真っ赤なウソ。その前後にかかる立地補償費や使用済み核燃料の処分費用などを考えると、われわれ日本人は自らの生命と乏しい税金の両方を愚かなエネルギー政策にかけていることになる。

(小言航兵衛、99.10.16加筆/99.10.15)

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