フランスのヘリコプター救急拠点

――SAMU80を訪ねて――

  

 昨年秋、フランスのSAMU80(サミュ・カトルヴァン)を訪ねた。同行していただいたのは自動車メーカーとして交通事故の救急対策に関心の高いトヨタ自動車の北川明徳氏、元伊藤忠アビエーション営業部長として長年にわたり日本のヘリコプター救急導入に尽力してこられた山野豊氏である。

 SAMU80は、パリから北へ100km余り、特急電車で1時間ほど走ったところにあるアミアンという町の大学付属病院に拠点を置く救急機関である。

 SAMUについては2年半ほど前にも書いたことがあるが、フランスの警察、消防と並ぶ公的緊急機関で、正式呼称は「緊急医療救助サービス」(Service d'Aide Medicale Urgente)という。フランス全土に100か所余りの電話受付けを置いて、救急事態に対応する。

 電話番号は「15番」。ちなみに警察は「17番」、消防は「18番」だから、この三つの機関が相たずさえて病気、犯罪、火災――すなわち国民の生命・財産の保護に当たるというのがフランスの仕組みである。

 アミアンの駅から市立病院までタクシーで15分ほど。「SAMU80」という大きな表示の出ている入口から入ってゆくと、あらかじめ約束が取ってあったので、受付の女性が日本人の顔を見るなり、こちらが何もいわないうちにフランス語で何か言って引っ込んだ。きっと「しばらく待ってください」とでも言ったのであろう。

 日本の救急医学界でもよく知られたベルナール・ネミッツ博士は不在。代わりに出てきたジャン・ギノー医師がいきなり「フランス語はできるか」と訊く。あわてて「ノー」と答えると、今度は向こうが慌てて「ちょっと待って」と引っ込んで行った。それから、かなり待たされて「ごめん、ごめん」と言いながら、もう1人の若い医師と一緒に出てきた。

 この若い先生も大して英語がうまいとも思えなかったが、通訳とまではいかないにしても、仲介ぐらいはさせようと思ったのであろう。なにしろフランスは中華思想が強くて、英語の使用を排除してきた国だから仕方がない。

救急電話は「ダイヤル15」

 SAMUは1986年の法律により、下表のような基本理念をもって設置された。消防や警察とは別個の独立した救急機関で、公共的、日常的な緊急医療サービスを全国民に提供するためのシステムである。

SAMUの基本理念

・国民は、病気にかかったり緊急事態におちいったときは、全て等しく救助を求めることができる。

・緊急医療サービスSAMUは、これに対応するための機関である。

・SAMUは緊急事態の大小にかかわらず、如何なる場合にも対応する。

・SAMUは症状の判定にもとづき、重症のときは救急専門の医療チームを高速移動手段によって、救急治療機器と共に現場へ派遣する。また軽症の場合は、一般内科医が対応する。    

・SAMUによる緊急医療は無償とする。治療に要した費用は国家が補償する。

(1986年1月6日制定の法律による)

 

 SAMUの組織はフランス全国105郡に存在し、それぞれの中心地に拠点病院を定め、緊急電話の受付センターとコントロール・ルームが設けてある。そこに特別訓練を受けた電話交換手と救急専門医(コントロール・ドクター)が24時間待機していて、無料の救急電話「ダイヤル15」が掛かってくるのを待つ。

 緊急電話15番を受けた交換手は、患者の容態、現場の位置、その他の状況を聞いて医師に伝える。医師は必要に応じて電話に出るが、最も簡単な場合は医学上のアドバイスを与えて終わる。しかし問題が難かしい場合は近所の開業医に往診を依頼する。それができないときは救急車を派遣するが、それには必ず医師が乗って行く。

 さらに事態が切迫し、生命の危険が想定されるときは、救急専門医をのせたオートバイや高速自動車を走らせ、それを追って救急車を派遣する。医師が大型の救急車で走っていては渋滞に巻き込まれたりして時間がかかるからである。さらに距離が遠い場合はヘリコプターを飛ばす。

 つまり救急の要請に対しては救急車だけでなく、オートバイからヘリコプターまであらゆる手段を使って、最も早い方法で医師を患者のもとへ送り届けるというのがSAMUの基本思想である。

 現場に到着した医師、看護婦、救急救命士は直ちに蘇生手当をおこなう。患者はその場で初期治療を受け、それから病院へ搬送される。搬送の方法や搬送先の病院はSAMUのコントロール・ドクターが手配し、指示を出す。そのための費用は健康保険によってまかなわれる。

 SAMU傘下のヘリコプターは1997年現在、全国36か所の病院を拠点として待機をしていた。ただし11か所は季節的なものである。機種はほとんどAS350だったが、最近2年間に新しいユーロコプターEC135軽双発タービン機が次々と導入され、現在は12機のEC135が使われている。

 なお、ヘリコプターのない地区でヘリコプター救急の必要が生じた場合、もしくは機体が不足した場合は、消防ヘリコプターや軍警察(ジャンダル・マリー)のヘリコプターが飛行する。

医師が現場へ飛ぶ

 さて、案内されたSAMU80のコントロール・ルームには、コンピューターを前にしたドクター1人と電話の受付けをする女性交換手2人がすわっていた。ほかに担当パイロットや救急救命士のデスクもあって、誰もが同じ場所で同じ時刻に、同じ情報を受け取ることができる仕組みになっている。

 といっても、医師やパイロットは、それぞれの個室も持っていて、いつもコントロール・ルームにいる必要はない。大きな緊急事態が生じたときに、交換手の要請でここに集まるのである。

 頭の上にはモニーターテレビが2台。ひとつはヘリポートに駐機しているヘリコプター、もうひとつは車庫に待機している救急車や小型の高速ドクターカーを映し出している。ヘリコプターはEC135が1機、車は救急車が3台、ドクターカーが2台である。

 女性交換手は電話を受けると、一定の書式に内容を記入し、現場の住所、緊急事態の内容、問題の重大さなどを確認する。そのうえで担当医師に電話を回したり、利用可能な病院を探したり、出動した医療チームとの間で無線連絡をしたりする。

 医師は、この病院に勤務していて、麻酔と集中治療の訓練を受けた専門家である。彼らは電話受付係から回されてきた電話に対して直接、受け答えをして医学的な助言を与え、重い病気の場合はそれに適した病院を紹介し、先方の医師にも自分の意見を伝え、患者の搬送手段の手配をしたり、救急車やヘリコプターの出動指令を出す。

 その場合、コントロール・ドクターみずから現場へ出動するわけではない。SAMUの下部機構としてSMURがあり、それが現場活動をするのである。SMUR(Services Medical D'Urgence et de Reanimation)とは日本語で「緊急蘇生医療サービス」とでもいうべきか。要するに救急医療の実働部隊で、フランス全国で300か所ほど存在する。

 言い換えれば、SAMUは郡単位の情報指令機関であり、SMURは市町村単位の実働救急機関である。しかしSMURも病院を拠点とする救急医療チームであることに変わりはない。

 たとえばSAMU80はソム郡を管轄している。ソム郡にはアミアン、アベヴィーユ、アルベールなど6つの町村があり、したがって町村単位のSMURも6つになる。ただしアミアンの場合は、SAMUとSMURが一体になっているから、ソム郡としてはSAMU80と5つのSMURで救急医療体制を敷いているという方が適切かもしれない。

 SAMU80はソム郡全体で発生する救急電話を一手に引き受ける。そのうえで、たとえばアベヴィーユからの救急要請であればそこのSMURに指示を出して、救急活動に当たらせる。

 そして事故の規模が大きいとき、現場が遠いとき、救急患者の容態がひどいときなど、現地のSMURの手に負えないときはアミアンから応援のヘリコプターが飛ぶ。飛行範囲は、東西100〜110km、南北40〜50km――中心にあるアミアンからすれば、遠くて60km、通常は20〜50kmだから、郡内のどこへ飛んでも15分以内で現場に到着できる。つまり地上の救急車に、機動性と柔軟性のあるヘリコプターを組み合わせて活動をするのがフランスの救急システムの仕組みなのである。

合理的な出動体制

 そのヘリコプターはコントロール・ルームの裏手にあるヘリポートに待機していた。すぐ横に燃料補給のためのタンクローリーが停まり、その向こうに大きな吹き流しがあったが、格納庫は見えないから常に屋外待機なのであろう。

 機種はユーロコプターEC135。真っ白い胴体に青くSAMU80の文字と救急電話番号「15」の数字が大きく描かれている。垂直尾翼の先端に赤くHelicapとあるのは、このヘリコプターのチャーターを受けている運航会社の名前である。

 ドクター・ギノーは助手の医師と2人でヘリコプター後方のドアを開け、中からストレッチャーを引っ張り出したりして、いろいろ説明してくれる。医療器具は医薬品と共にコンパクトにまとめて布製のバッグ2〜3個に入れて機内に積みこまれている。

 同じような器具と医薬品類は、あとで見せて貰ったドクターカーの後方にも、ぎっしりと積みこまれていた。車の背後のドアを大きくはね上げると、これらの器具や薬品が何段にもなった棚に並んでいて、どれでも直ぐに取り出せるようになっている。

 ヘリコプターの床はテフロンか何かの複合材で、血液などでよごれても水洗いや消毒ができるようになっている。汚水は床面の隅に開いた小さな排水口から流し出す。

 こうしたSAMU80のヘリコプターが出動するのは、1998年の実績で833回。ちなみにSAMU80への緊急電話は、98年が約37,000回――すなわち1日100回であった。そのうちSMURが出動したのは13,000件である。

 この数字を見て、私はなかなか合理的であると思った。というのは、救急の要請に対して何でもかでも出動するわけではない。実際に医師や救急車が出かけるのは全体の3分の1余りである。といって、そっけなく断るわけではない。きちんと医師が対応し、電話で助言を与えたり、近所の開業医に引き継ぎの依頼をする。そのうえで、いざ出動というときは、あらゆる手段を講じて最も早い方法で現場へゆき、その場で初期治療をおこなう。

 それに対して日本は――というと言い過ぎになるかもしれぬが、救急車がタクシー代わりに使われるという話を聞く。また救急車で乗りこめば病院も直ぐに診てくれるが、自分の車で行けば長々と待たされるともいう。そのため耳の中に小虫が飛びこんでも救急車を呼ぶ人があらわれる。

 東京23区から消防庁にかかってくる119番の電話は1日1,800回。そのうち火事は十数回だから、99%が救急要請である。その全てに救急車が出動する。呼ぶ方は必死の思いだからそれでいいのだが、とにかく住所だけを聞いて、病状などは二の次で、すぐに救急車が出てゆくという日本のシステムはもう少し見直す必要があるかもしれない。


(SAMU80のEC135ヘリコプター)

 

パイロットの勤務態勢 

 ヘリコプターの周りで、そんなことを考えているところへ、このヘリコプターのパイロットが登場した。その人によると、1回の飛行時間は長くて30分程度。有視界気象状態であれば夜間飛行もおこなう。ただし夜間の現場救急は問題が多いので、病院間搬送だけである。

 パイロットは2人。1週間のあいだ昼も夜も病院の中で待機している。そして次の1週間はパリへ戻って完全に休みという。ちょっときついのではないかと思ったが、「何でもないさ」というのが機長の答えであった。

 ちなみに週平均16回、1日2.3回の飛行である。飛行時間も週8時間程度で、余り多くはない。けれども1週間まるまる昼も夜も拘束されているのは、精神的にもきついのではないか。

 ちなみにドイツADAC(自動車連盟)の救急パイロットは、夜間飛行をしないうえに、3日のスタンバイをしたのち1週間休み、4日のスタンバイ後に再び1週間休むと聞いた。つまり3週間のうち2週間が休みという、何ともうらやましい勤務態勢である。フランスも近い将来は各基地に3人のパイロットを配し、1人は交替で休憩できるようにする予定ではあるとか。

 SAMU80のパイロットはEC135ヘリコプターも気に入っているらしい。メーカーのユーロコプター社がドイツとフランスの合弁だから当然かもしれぬが、この両国で救急および警察の用途に評判が好いように見えた。使い勝手もよさそうである。残念ながら、こちらの見ている間に出動要請はなかったが、通常は電話があってから3〜5分で離陸する。

 このパイロットが所属しているのはヘリコプター会社のヘリキャップ。機体も同社のもので、要するにSAMUがチャーターしているのである。本社はパリ市内のイッシー・ヘリポートにあり、総数12機のEC135を保有する。うち9機がSAMUにチャーターされ、各地の病院を拠点として待機している。もう1機は救急以外のチャーター用に使われ、残り2機は予備機である。近く、SAMUとの契約がもう1機増えるらしい。

 かつてはAS350といった単発機で救急飛行をしていたが、最近は欧州航空法規の変更によって、すべて双発機に代わりつつある。契約期間は通常3年だが、SAMUとの合意が成れば2年延長される。そして5年を終わると改めて入札ということになるが、それには欧州全域から札を入れてくる。言葉の問題があるからフランス勢が有利だが、それでも激しい競争になる。

 その場合、入札金額に加えて、病院の希望するような機材を提供できるかどうか、また経験豊富なパイロットがいるかどうかといったことも問題になる。いくら安くても、飛行の安全が確保できなければ何にもならない。ヘリキャップでは飛行経験5,000時間以上、夜間の飛行経験100時間以上で、計器飛行の有資格者を条件としている。

ヘリコプターは重要な要素

 それでもSAMUの立場からすれば、特に双発機を使わねばならなくなって、ヘリコプターのコストが上がったという悩みを聞いた。

 一般に、105か所のSAMUは1か所について年間300〜400万フランの費用がかかる。また約300か所のSMURは年間90万フランの経費が必要だそうである。

 一方フランス市民1人の早すぎる不慮の死は、平均およそ100万フランのコストがかかるとされている。したがって、SMURは1か所で1年間に1人の命を救えば元が取れることになる。同じようにSAMUは3〜4人の命を救えばよい。とすれば、SAMU80と傘下の5か所のSMURチームの場合、年間せいぜい8人の命を救えば充分であろう。

 この費用は健康保険によってまかなわれているが、現実には先にも述べたように、SMURの出動が年間およそ13,000回、ヘリコプターだけでも800回以上であった。充分に元を取ったといってよいだろう。それだけSAMUに対する市民からの信頼と支持も高いのである。

 ドクター・ギノーも、最後に次のように語った。「その迅速性、万能性、柔軟性によって、ヘリコプターは事故現場における死亡者を減らし、救急医療の効果を高めてきた。SAMU80のヘリコプターも、それゆえに、この地域の緊急事態に対応するための極めて重要な要素となっていますよ」

 そう言いながら、先生はわれわれをもう一度ドクターカーのところへ連れて行き、それに乗れという。半信半疑で乗りこむと、サイレンこそ鳴らさなかったが、アミアンの町の大学や教会の説明をしながら、そのまま駅まで送ってくれたのだった。

(西川渉、『航空情報』2000年4月号所載)

 

 
(ドクターカーは後方ドアをはね上げると、現場で使う
医薬品や治療用具を整然とぎっしり搭載している)

 

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