テロに備える

究極のハイジャック対策

 空港での保安検査について本頁に強化策を書いたのは、9.11多発テロから10日後のことであった。その翌日アメリカ在住の日本人の方から質問を受けた。早くお答えをしなければと思っているうちに、11月になり多忙と混乱のうちに時間が経ってしまった。

 空港の手荷物検査は、いかに厳重にしても完璧は期しがたい。ハイジャック犯を絶対に通さないというような防御策は無理であろう。あとは機内の対策をどうするかという問題だが、それならばコクピット・ドアを絶対に開けられないようにするとか、どうすればいいと思うか、というようなご質問だった。

 以下、その答えになるかどうか、あるいはその方も質問したことを忘れてしまったかもしれぬが、旅客機の保安対策に関する最近の論議である。

 アメリカ政府は11月29日、中東、ロシア、中国その他の地域から飛来する旅客機は、あらかじめ乗客の1人ひとりについて氏名、生年月日、性別、旅行計画などの詳細を提出しなければならないとし、これを実行しないエアラインで到着した旅客については手荷物を含めて徹底的な入国審査をすることにしたという。

 同時にまた手荷物検査員は米国人でなければならないという法規もできたらしい。当然のことかと思っていたら、そうではなかった。アメリカでは全国の空港で28,000人の検査員が仕事をしている。われわれ日本人にはちょっと想像できないが、その4分の1が米国籍を持っていないという。

 たとえばサンフランシスコ国際空港では700人の検査員の81%が非米国人であるとか。それならば米国籍を取ればいいではないかと思うが、国籍を取るための条件のひとつに、米国人と結婚した外国人でも3年間この国に滞在しなければならない。そうでない人は5年後でなければならず、国籍取得の条件は滞在期間ばかりではないから、この法規は貧乏な移民を困らせる不公平なものという非難が高まった。

 第一、手荷物検査員ばかりきびしく規制しても、肝心のパイロットや整備士やスチュワーデスについてはどうなのか。別に米国民でなければならないという規則はない。

 さらに警官や兵員も国籍は問われない。現在アメリカの軍隊には総数47,000人の非米国人兵士が存在する。アフガニスタンに派遣された兵員も米国民ばかりとは限らないそうである。

 場あたり的な泥縄法をつくると、さまざまな矛盾が出てきて、却って問題が広がるのはよく見かけるところだが、これはその典型かもしれない。アメリカの混乱ぶりが如実に示された例であろう。 

 以下は米政府の考えではないが、あちこちで論じられているテロ対策案である。たとえばコクピットに乗りこむ乗員の問題。正規の乗員以外には操縦桿が握れないようにするため、パイロットは離陸前に指紋を登録しなければならないという案がある。飛行中は機内の指紋認識装置がパイロットの指紋をトランスポンダーの波にのせて地上へ送る。指紋装置は30分ごとに作動し、いま操縦しているのが誰であるかを確認する。これが適合しなかったときはハイジャックされたものとみなし、緊急信号を発する。

 あるいは乗員の1人ひとりが飛行機に乗る前に、予備の乗員も含めてパスワードを登録し、さらに指紋や眼の虹彩に関連づけをしておく。そしてコクピットに入るとき、フライト・マネジメント・システムのコンピューターに取りつけられたパスワード機能がこれらを照合し、合致しなければ飛行機が飛べないようにする。

 離陸に際してはコクピットを完全にロックし、外からは絶対に開かないようにする。これで客室の方で何が起ころうと、パイロットは操縦をつづけ、最寄りの空港に着陸する。このことは本頁「天の岩戸とコクピット・ドア」にも書いた通りである。

 次に乗客の問題だが、空港の保安検査が完璧でなければ、それをかいくぐって乗りこんでくるハイジャック犯もいるであろう。そのためキャビンのあちこちに小さな、気づかれないようなカメラを取りつけ、モニターをコクピットに置いておく。これで機長もキャビンの様子を知ることができる。

 そこで、キャビンの方で異常が発生したらどうするか。催眠ガスをキャビンに送りこむのである。ガスの放出は換気口でもいいし、それで不充分ならば別系統の放出口を至るところに設置して、乗客全員がどこにいても急速に半覚半醒もしくは完全に意識をなくすようにする。まるでナチスのガス室のような仕掛けである。

 このためコクピット・ドアはキャビンとの空気の交流がないよう気密にする。それでも念のために、パイロットはガス放出の前に酸素マスクをつける。こうして善いやつも悪い奴もよく眠らせておいて最寄りの空港に着陸すればよい。そういえば昔「悪い奴ほどよく眠る」という黒沢映画があったっけ。

 

 しかし、ここからが重要なところだが、犯人も酸素マスク持参で乗ってくるかもしれない。とすれば、乗客は最初から麻酔薬で眠らせるべきであろう。手荷物検査のときに空港ではX線ボックスの中に品物を通すが、あれと同じような形で麻酔ボックスをつくり、乗客がこちらから横になって送りこまれると、向こう側から眠った状態で出てくる。

 その人をそのままストレッチャーでキャビンに運びこみ、目的地まで連れてゆくのである。乗客の方も、きつい長旅を眠れないとかくたびれたとか、腹が減った喉が渇いたなどと苦労せずに飛んでゆき、眼が覚めたらパリやニューヨークに着いていたというのはさぞかし楽だろうと思う。

 航空会社も食事や飲み物の準備が要らず、スチュワーデスも乗る必要がなくなって、経費の節約になる。テロ時代の究極の航空旅行案として、ここに提案しておきたい。

(西川渉、2001.12.5) 

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