<Passenger Bill of Rights>

「航空旅客権利章典」

 

 先日、福岡で行なわれる予定だったプロ野球の試合が飛行機の遅れによって中止になるという事件があった。朝日新聞によれば、羽田発の全日空747が589人の乗客を乗せて動き始めたところ「地上走行中に主翼フラップの不具合を示す計器表示が出たため駐機場に引き返した」という。

 そして部品を交換したがすぐには修復せず、結局3時間25分遅れて福岡に到着した。野球は中止となり、全日空は「乗客の皆さまや……試合を楽しみにしていた方にご迷惑をかけたことをお詫びします」とコメントしたという。これだけのコメントで何のトラブルもなく、八方丸く収まったようだから、まずは目出度いということであろう。

 こんなときアメリカではどうなるか。先週の「フォーブス」誌には、野球中止の事例までは書いてないが、エアラインの定期便が遅れた場合の航空運賃の払い戻しのことが書いてあった。

 それによると、たとえば2時間遅れの場合、200ドルを限度として片道運賃を返して貰えるし、2時間以上の遅延ならば400ドルを限度として片道運賃の2倍が払い戻しになる。さらに24時間以内に目的地へ着けなかったときは、米運輸省の規定により運賃の全額に400ドルを足して払い戻しを受けられる。それが拒否されたときは、運輸省へ苦情の申立てをおこなうことができる、と。

 そういえば日本でも、新幹線が2時間遅れると特急料金がタダになると聞いたことがあるが、航空の場合はどんなルールがあるのだろうか。そして、野球が中止になったとすれば、その損害賠償が全日空に要求されるようなことはないのであろうか。

 私の経験は、アメリカから日本への帰国が1日遅れたもので、デルタ航空のアメリカ国内便が遅れたために、ポートランドに着いたときは成田ゆきが出たあとだった。空港ホテルの宿泊費は航空会社が負担したが、何人かで食事をしてお酒を飲んだために、無闇に高い1泊となった。もはや10年ほど前のことで、別に運賃が払い戻されるようなこともなかった。

 アメリカでは近年、定期便の遅延や欠航が多いらしい。最近の例では今年6月のある日ユナイテッド航空のコンピューターが故障して268便が遅れ、24便が運航中止となった。そのひとつはサンフランシスコ空港で飛行機に乗りこんだ乗客が7時間以上も機内に閉じこめられたままだった。

 もっと前の例では昨年12月ダラスに向かったアメリカン航空便が嵐のためにオースティンに着陸、乗客は9時間にわたって機内に閉じこめられた。この間、食事も飲物もなく、トイレはあふれて水びたしになったという。

 冒頭の全日空の例では羽田で3時間半ほど停っていたようだが、その間、乗客はどうしていたのだろうか。機外に出たのか、座席にすわったままだったのか。新聞には、そこまでは書いてなかった。

 

 こうした事態が頻発するようになると、乗客の要求もだんだんきびしくなる。アメリカでは最近、「航空旅客権利章典」(Passenger Bill of Rights)と呼ばれる乗客保護法の制定運動が起こっているらしい。出発や到着の遅延とか手荷物の行方不明といった問題への対処の仕方を法律で決めて貰いたいというものである。

 上の実例のように、飛行機に乗り込んだまま、いつまでも出発が遅れるような場合、たとえば3時間以上の遅れになるときは機内の乗客に食事、飲物を出したり、トイレを増やしたりすべきである。あるいは、いったん飛行機の外へ出るのを認めるべきだといった条項を法規で定めるという要望である。むろん航空業界の方は、そんなことまで法制化する必要はないとして、何とかスリ抜けようとしている。

 このような乗客保護法を求める人びとは、今や連合体を組織し、乗客として飛行機の中で痛い目にあった経験者を中心に15,300人の会員を擁するに至った。そして飛行機の乗客も人間として最小限の扱いを受ける権利があるというので、ワシントンでは議員や議会に対するロビー活動を強めている。

 さらに乗客保護法の要求の中には、運輸省や航空局が空港施設を充実し管制業務を効率化すべきだという要求も含まれる。これらの態勢が不充分であれば、航空会社だけががんばっても、出発遅延や乗客の不便は免れられないからである。

 

 私としては、さらに旅客機自体の快適性を上げて貰うよう要求したい。運賃の安いのはいいけれども、狭いところに13時間も詰め込まれたのではかなわない。といってグレードを上げようとすると、極端に高い金額を要求される。

 エコノミークラスの3列横並びの窓側は「囚人席」(prisoner's seat)というそうだが、囚人ではなくとも、昔の船底に詰め込まれた奴隷のような心境になる。その向こうには「フルフラット」と称する王様の席があって、あれこれ考えると、もう飛行機には乗りたくないと思わされる。

 エコノミー席の金額はもう少し高くてもいいから、もう少し楽な座席はできないものか。ボーイング787やエアバスA380は機内の快適性を強調するが、メーカーの宣伝とは別にエアラインが買った後の座席はまた別のものになってしまう。

 これから「航空旅客権利章典」ができるとすれば、機内の「安かろう狭かろう」の奴隷席を禁止する条項も入れて貰いたい。念のために、そんなことなら高い方に乗ればいいじゃないかといわれるかもしれぬが、初めから高い席しかなければそれに乗るだろう。しかし、安いのがあるから問題なのである。


豪華絢爛の機内は誰のものか

【関連頁】

   難行苦行の長距離飛行(2007.7.22)
   ボーイング訪問(2006.12.13)

(西川 渉、2007.7.30)

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