<東京新聞>

事故の理由(2)

 北アルプスのヘリコプター事故について、TBSテレビからの依頼があった翌日、今度は「東京新聞」編集局特報部の中里宏記者から電話があった。やはり事故原因に関する質問だったので、考えられることを答えた。その結果が4月12日付け朝刊の「こちら特報部」という大きな囲み記事になって掲載されたので、その要約をここに記録しておきたい。

 富山市の北アルプス水晶岳(2,986m)で10人が死傷したヘリコプター事故。死亡した藤田哲也機長は海上自衛隊出身で飛行時間は五千時間以上のベテランだった。事故原因は国土交通省が究明中だが、専門家によると、ヘリコプター操縦にはベテラン・パイロットでもしぱしぱ陥る罠があるという。

 今回の事故は標高二千メートルを軽く超える雪山で起きたことから、冬季の山岳飛行の難しさがクローズアップされた。

 本紙のヘリコプター・パイロットは「高地ではエンジンの出力が下がり、機体の運動性も下がる。特に離陸の瞬間は負荷がかかり、吹き上げる風をうまく利用できればいいが、下降気流の中に入ると難しい。さらにガスや巻き上げた雪で視界が真っ白になる『ホワイトアウト』が起きる可能性もある」と山岳地帯での飛行の怖さを解説する。

 事故があった運航会社のこれまでの説明などによると、事故機は当日、水晶小屋に小屋関係者らを迎えに行くため長野県大町市で待機していたが、天候回復が見込めないため、小屋に寄らないで引き返す飛行計画を会社に伝えていた。結局この後、水晶小屋に飛び、関係者を乗せて離陸直後に墜落した。乗客によると、現場の風速は8〜10m。雪煙が舞い上がって視界がきかない状態だったという。

 日本ヘリコブタ協会常任理事の西川渉氏は「一般論で言うと、ホワイトアウトなどで機体の位置や姿勢が分からなくなる『空間識失調』になった可能性がある。空間識失調はベテラン・新米にかかわらず陥るもので、離陸直後だと高度もないため回復は難しい。ベテランだけに原因は一つということはなく、突風や吹き下ろしなど複数の要因が重なったのではないか」と分析する。

 一般人から見れば、自衛隊出身で飛行時問も五千時間以上と聞くと、なぜ事故を起こしたのかという疑間は強まる。が、西川氏は「機長は海上自衛隊出身というが、飛行時間よりも高地の雪山での作業に熟練していたかが間題」という。

 では、水晶小屋に向かった機長の判断はどうだったのか。西川氏は米航空当局などが、救急ヘリコプターの事故を分析したリポートを研究し、先に専門誌に連載したこともあるが、それによると、ベテラン・パイ□ツトでもしばしば陥る罠が6つあるという。

 操縦操作ミスや障害物の見落とし、飛行前の判断ミス、状況判断の欠如などだ。いずれも初歩的なミスだが、その原因は「業務を計画通りに終わらせたい」「関係者に喜んでもらいたい」などのプレッシャーやベテランゆえの自信過剰、思い込みなどの心理的要因と、運航会社の管理など組織的要因があるという。

 西川氏はこう推測する。「報道されているように、機長が飛行計画を変更して事故現腸に向かったのだとすれば、一人だけで判断すべきではなかった。一人だけの判断は見方が狭くなる。会社に連絡し、会社が判断するというような組織体制も大事だ」(東京新聞、2007年4月12付けより要約)


東京新聞「こちら特報部」

【参考頁】

   事故の理由(1)(2007.4.15)
   NHK「きょうの世界」(2007.2.23)

(西川 渉、2007.4.17)

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