肝心なこと――臓器移植の資格(2)

 本頁に「臓器移植の資格」を書いたのは2月27日(土)であった。ここでいう資格とは、むろん医学上の資格ではなく、病院間の臓器の搬送態勢のことである。搬送が一刻を争うものならば、送り出す方も受け取る方もそれなりの態勢をととのえておくべきではないか。具体的には、ヘリポートのない病院は臓器移植の資格がないという趣旨である。

 そういうことを書いた翌日、2月28日(日)のテレビは朝から騒然としていた。いよいよ脳死という判定が下され、移植手術がおこなわれることになったからである。

 時間を争う臓器は、心臓が大阪大学付属病院へ、肝臓が信州大学付属病院へ送られることになった。報道によると、信州大学からは臓器摘出チームが病院に隣接するグランドを場外離着陸場として午前10時26分に長野県防災ヘリコプター(ベル412EP)で名古屋空港へ向かい、そこから11時35分、中日本航空のセスナ・サイテーションで高知空港へ飛び、12時35分に着陸したという。

 脳死と判定された患者さんからは、高知赤十字病院で15時7分から臓器の摘出がはじまり、心臓は17時40分、高知県の防災ヘリコプター(S-76B)で高知空港を離陸、大阪伊丹空港に18時29分に着陸してパトカー先導の車で病院へ向かった。肝臓は高知空港で待っていたサイテーションで18時40分に離陸、松本空港に19時35分に着陸したとのことである。

 さて、こうした臓器搬送は初めてのことでもあり、時間の限られた中で関係者がさまざまな調整努力の結果、上のような搬送になったのであろう。いろいろな事情もあっただろうし、直接ことに当たった現場の皆さんにはご苦労様というほかはない。

 けれどもシステムとしては矢張り、ドナー側の病院やレシピエント側の病院にヘリポートが欲しかった。それも夜間照明設備をそなえて24時間離着陸できるヘリポートが望ましい。

 心臓を搬送したヘリコプターも本来ならば、高知赤十字病院から直接離陸し、大阪大学に直接着陸できるとよかった。せっかくヘリコプターを使いながら空港で離着陸するくらいならば、もっと脚の速い飛行機を仕立てるべきではなかったか。その方が費用も安かったかもしれぬ。ただし実際はタイミングよく使える飛行機がなかったのであろう。

 また、テレビの実況中継によると、伊丹空港から病院まで車で20分くらいの予定が道路の渋滞で30分ほどかかった。アナウンサーは「時間との闘いです」と叫んでいたが、病院側にヘリポートがあれば、その時分には手術室に到着していたであろう。

 おまけに懸命に走る車の上空には、報道用のヘリコプター2機が飛んでいたというから、危うく阪神大震災の二の舞になるところだった。これでは、またしても、ヘリコプターは「肝心」のことに使われず、高見の見物をしているだけと非難されても已むを得ないであろう。

 あるいはヘリコプターを途中まで使って、最後まで使わなかったのは「画竜点睛を欠く」と難じられても仕方がない。もしくは「仏作って魂入れず」というべきであろうか。

 これが昼間ならば、近所のグランドかどこか、もっと近いところに着陸できたかもしれない。しかし日没後だったので安全のための慎重を期したのであろう。

 こうして見てくると、矢張りシステムの問題に帰結する。普段からの体制づくりができていないのである。ヘリコプター自体は夜間照明設備があれば離着陸できる。現に伊丹空港に着陸したのは日没後であった。臓器移植の指定病院には何としても夜間照明のあるヘリポートがなければなるまい。

 同時に乗員の夜間飛行訓練も絶やしてはならない。場合によっては飛行場外の臨時の場所に夜間着陸を敢行するための訓練も必要であろう。それには地上支援の隊員も一緒になって携帯可能な照明設備を臨時に設置する訓練もしておかねばならない。そうした設備は、消防・防災航空隊のほとんどが持っているはずだし、仮に設備がなくても車のヘッドライトを利用した照明方法を決めている航空隊もある。さらに安全な着陸誘導のためには、HAPI(Helicopter Approach Path Indicator:ヘリコプター進入経路指示装置)があればさらに望ましい。

 アメリカでは――と、繰り返すのは気がひけるが、この問題に関しては向こうが先進国だから已むを得ない――臓器搬送を兼ねる救急ヘリコプターは夜間出動も当然のこととして、24時間対応のスタンバイ体制を取っている。そして全米千数百か所の病院にヘリポートが設けられ、最近は夜間照明はおろか、視程の悪い気象条件でも着陸できるようGPSを利用した計器進入装置をつけるところが増えてきた。去る2月19日、ガーベイFAA長官がそうした計器進入設備のあるところは、病院ヘリポートだけでも90か所以上と語ったことは、本頁にも書いたばかりである。

 余談ながら、臓器移植には一時に何機もの航空機が必要になることも留意しておかねばならない。先日の例では1人のドナーから心臓、肝臓、腎臓、角膜が摘出され、それぞれ別々の病院へ送り出された。その全てが特別チャーター機で運ぶ必要はないかもしれない。定期便で充分ということもあろうが、複数の航空機が必要になる事例は今後も出てくるだろう。日本臓器移植ネットワークとしては今後、航空機の手配やチャーターが迅速にできるよう、ふだんから航空界との間にもしっかりしたネットワークを組み上げておく必要があろう。

 もうひとつ、こうした緊急特別機には管制上の優先権が与えられなければならない。空港への進入に際しても、場合によっては普通の旅客機にホールドをかけ、最優先で着陸を認めるといったことが必要になる。先日の例では報道の中に出てこなかったけれども、おそらく実際におこなわれたにちがいない。

 

 蛇足を加えると、勤め先の健康保険証が3月1日から更新された。その新しい保険証と共に臓器移植のシールが入ってきたので、早速それに署名をして、家人と共に保険証に貼りつけたところである。

 われわれ普通人は、医師や警官や消防士や救急救命士などを除いて、一生涯の間に何人の人命を助けることができるだろうか。おそらく1人も助けないであろう。しかしドナーになれば一度に数人の人命を助けることができる。虎は死して皮を残す。人は死して名を残す。われは死して臓器を残す。

(西川渉、99.3.1) 

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