<中国航空事情>

エアバスと中国

 

 北京と上海を訪ねたのは12月なかばであった。その1週間ほど前、中国は欧州でEC175中型双発ヘリコプターの共同開発に合意していた。のみならず、もっと大きな合意はエアバスA320を150機発注すると共に、その組立て工場の一部を中国にも誘致する計画を進めることで契約書に調印したところだった。

 これらの合意は、温家宝首相の12月4〜7日のフランス訪問で実現したもので、日本でも「中国のしたたかな商談」として報じられた。そのしたたかさはアメリカに向かっても発揮され、欧州ばかりにのめり込むのもどうかという考えからか、11月のブッシュ大統領の訪中に際して、あらかじめ中国側はボーイング737を150機発注していた。

 これらの発注は、西側諸国ならば当然のこと航空会社がそれぞれに自分の考えでおこなうところだが、中国はそこが違う。中国の航空会社も形の上ではいくつもの企業に分かれていて、民営航空を名乗っているが、実際は機材の注文も政府が取り仕切っているらしい。すなわち社会主義下の国営企業である。

 そうなると、規模の大きさを腕力に変えて、欧米双方の2大航空機メーカーを手玉に取ることもできる。というよりも欧米の2大勢力を相手とする「したたかな政治的取引き」も可能になるわけである。


中国東方航空のエアバスA320
私も先日これで北京から上海へ飛んだ。
運賃は540元(約9,000円)

 このような中国市場におけるエアバスとボーイングの売りこみについて、先々週の英「フライト・インターナショナル」誌(2005年12月13日号)が次のように分析している。

 中国の温家宝首相の来仏を期して契約調印をおこなうなどは、いかにもフランス的な向こう受けをねらった政治劇である。中国と同様、フランスも欧州の真ん中に咲く華を自負しているので、同じ中華思想をもった国どうしがそれぞれの思惑を秘めてドラマを演じたことになる。

 契約金額は、おそらく100億ドルに近い。この中にはEC175ヘリコプターの共同開発やエアバス機の組立て誘致なども含まれるが、日本円にして1兆円を超える。これで中国のねらいは、欧州との関係を強化することにより、航空宇宙工業の安定的発展はもとより、2008年の北京オリンピックの成功をめざすものでもあろう。

 一方、エアバス社の方は中国市場について、100席以上の旅客機は向こう20年間に約1,800機の需要があると見ており、この需要を確保するのがねらいである。たしかに中国は、2〜3年前から多数の西側旅客機を導入してきた。具体的な数字は、下表のとおりである。

大型ジェット旅客機の中国向け引渡し数

エアバス

ボーイング

2002

0

10

2003

0

56

2004

31

1

2005(11月末まで)

58

38
[資料]英「フライト・インターナショナル」誌(2005年12月13日号)

 エアバス社はさらに、A320の中国での最終組み立てを検討している。エアバス機の組み立て工場は現在、南仏トゥールーズと独ハンブルグにあるだけ。双方合わせて月産32機の組立て能力を持つが、これ以上に増やす必要があるかどうかは、今後の受注数によって決まる。しかし、それよりもエアバスとしては、中国に先ず足場を固めたいという考えであろう。結論は来年夏までに出る見こみだ。

 エアバス社がこうした戦略を考える背景には、競争相手のボーイングと日本との関係がある。つまりボーイング社は日本を下請けとして使い、787の開発パートナーとして遇することにより、日本政府から多額の資金を引き出し、全日空や日航から大量の注文を獲得した。同じことをエアバス社は中国との間でやろうとしているのではないのか。

 だが西側から見て、日本と中国を一緒にするわけにはいかない。航空関連の先端技術を中国に見せてしまっていいものかどうか。ビジネスだけでは割り切れないものもあるはず。

 さらに欧州が中国との関係を深めるならば、もうひとつの巨大市場、すなわち米国におけるエアバス機の立場を悪くするおそれもある。中国市場でエアバスがひとり勝ちをすれば、アメリカ市場から閉め出されるかもしれない。そして欧米間の航空機をめぐる貿易摩擦はいっそうぎくしゃくするに違いない。

 ましてや欧州側がめざすアメリカの軍需は、きわめて望み薄になってしまう。


12月13日朝、上海航空航天国際展覧会の開会式で
リボンカットの準備をする中国東方航空のスチュワーデスたち。
花形職業なので美人が多い。

 さて、私の中国訪問の感想だが、中国の経済は決して自由ではない。金斗雲に乗った孫悟空がお釈迦様の手の中を右往左往しただけで終わったように、中国でのビジネスは共産党の手のひらの上で踊っているようなものである。逆に、その手に乗らなければ経済活動はできない。

 それでいて、手のひらにのせてくれといっても、中国側が手を開かなければ乗ることはできない。そのうえ、うまく乗ったと思っても、向こうがいやになれば、その手をひと振りするだけでこぼれ落ちてしまう。

 欧米諸国は、それを承知の上で手を開かせ、その手に乗って、手を振ったりしないように強大な政治力と軍事力をもって抑えている。ところが骨抜き日本は、中国の恫喝に対抗できるような政治力も軍事力もない。靖国神社への内政干渉すら反論できず、尖閣列島の石油盗掘にも反撃できないほどだから、中国に出かけていった企業もいつ共産党の手のひらから振り落とされるかもしれない。

 ヤオハン・ストアに何があったか知らないが、大きな店を上海に開いて、開店当日は107万人というギネスブックにのるほどの集客をしながら、たちまち振り落とされてしまった。これを無謀な中国進出というそうで、いまでは同じ八伯伴(ヤオハン)百貨店といっても、経営は中国側に乗っ取られている。

 私も20年ほど前、ヤオハンほどではないが、北京で当時の中国民航と仕事をしていて似たような挫折を味わったことがある。政経分離とか政冷経熱とかの中国的スローガンにだまされてはいけない。今のように、中国に対して政治家も外務省も弱いようでは、うかうかと欧米の真似をして出てゆくと、企業だけが痛い目に逢うおそれがある。


北京の目抜き通り東長安街にそびえ立つ中国民航総局
これも今や、中国の花形官庁である。
昔は裏通りの、みすぼらしい建物であった。

(西川 渉、2005.12.29)

【関連頁】

   上海で見た病院ヘリポート(2005.12.26)
   国家の正体(2005.12.19)
   北京と上海(2005.12.17)

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