<本のしおり>

奇天烈にして破天荒

  次のアメリカ大統領は奇天烈にして破天荒といえようか。長年生きてきた馬之介にとっても、これまで出会ったことのない個性に混乱させられるばかりで、それだけにまた面白い。

 とはいえ、とうてい理解のしようがないので、この一と月ほどの間に10冊余のトランプ本を買ってしまった。なにもよその国の大統領にそれほど関心があるわけではない。その国の政治や経済がどうなろうと知ったことではないが、いうにいわれぬ個性が気になるのだ。

 その個性的な人物について、これまた個性的な著者が論じているのが『トランプ大統領とアメリカの真実 』(副島隆彦、日本文芸社、2016.8.20)である。

 たとえば「アメリカは植民者たちがイギリス国王と貴族たちに反抗して、独立戦争をしてできた国だ。だからアメリカ国民は、王国が大嫌いだ。だから共和国なのだ。日本は天皇(国王)がいるから共和国とはいえない。このことは世界の常識だが、日本人は誰も知らない。アホたちの国である」

 なにもアホとまで言わなくともよさそうなものだが、それをいうのが著者の個性である。

 もうひとつ「『ポピュリズム』を、新聞は意識的に『大衆迎合主義』と訳している。それ以上の正しい深い意味は一切説明しない。できない。知識が足りない。勉強ができていない。頭が悪いからである。アメリカにまで政治学を勉強しに行った学者たちでもわかっていない。藤原帰一東大政治学教授たちだ」

 名指しで頭が悪いなどというのが著者の個性であり、面白いところだ。読んでいて、いつのまにか馬之介、トランプの個性よりも著者の個性の方へ気がいってしまいそうになったくらいである。

 そこでトランプの個性だが、本書によれば、この男は暴言を吐きながら大衆を惹きつけ、選挙に勝ち上がってきた。たとえば「私は低学歴の人が好きだ」という。聴衆はこれに拍手と歓声でワーと応える。自分たちが低学歴といわれて喜ぶのは、トランプが本音で語っているからである。こうした本気の論議は、なまじっかなものには真似ができない。表面だけ取りつくろっても、誰もついてこない。そこにトランプの強みがある、と著者は解説する。

 逆に、学校の先生を初め、テレビや新聞の発言者たちは「もっと勉強しろ。賢い人になれ。立派な人になれ」とキレイごとをいう。が、現実は、ほとんどの人間が学歴競争から落ちこぼれた脱落者である。その人びとに向かって「オレが食わせてやる。だから私を大統領にしてくれ」というのがトランプの言い方であった。

 一方では、しかし、トランプに対する攻撃もあった。選挙戦の競争相手だった共和党候補は「トランプはまがいもので、詐欺師だ」となじり、「トランプのことをイタリアのファシスト、ムッソリーニになぞらえた」新聞もある。

 あるいは共和党系の「ネバートランプ」という名の団体がトランプを批判するテレビCMを打った。けれども、こうしたエリートやエスタブリッシュメントは「怒れる白人たち」の反感を買うばかりであった。

 さらにトランプは「選挙費用は自分で出す」といってウォール街からの献金には頼らなかった。自分がかせいだカネで自分の政治運動をするというので、アメリカ人の好感を呼んだ。

 トランプの作戦は「メディアはいつも記事に飢えており、センセーショナルな話ほど受ける」「人と違ったり、少々出しゃばったり、大胆で物議をかもすようなことをすれば、メディアがとりあげてくれる」という考え方で、それに乗せられてトランプ叩きをやったテレビは、逆にトランプの宣伝をしてくれたような結果に終わった。

 しかしトランプは、あるときから態度が変わった。それまでの言いたい放題のフリをすることよりも「大統領らしく振る舞うほうが簡単だ」「つまらなくなったと思われるだろうが」といって、すっかり言動を変えてしまった。「頭の良い人間なのだ」と著者は書いている。

 そして「トランプ自身は、酒もギャンブルも麻薬もやらない」「注意深い生き方をしてきたのだ」

 またトランプは「交渉ごとの天才」であるという。そんな、何でも「話合いで解決する人間」が、今ここで世界政治の中心に登場してきた。第3次世界大戦を避けるための歴史の摂理といっていいかもしれない。

 もっとも、そんな結論で終わるのも、いささかキレイごとに過ぎよう。というのは、一方で「日本が駐留経費の負担を大幅に増額しなければ、在日米軍を撤退させる」と主張し、「日本による核兵器の保有を容認する意向も示し」ているためだ。

 とすれば、トランプはやはり奇天烈にして破天荒な人間だったということになるが、本書の著者は「自分の国は自分たちで守るべきである。いつまでも外国の軍隊に守ってもらう」などという卑屈な考えはさっさと捨てるべきだと結論づけている。

 馬之介、もちろん賛成である。

(野次馬之介、2017.1.4)

【関連頁】

   <本のしおり>トランプゲーム(2016.12.20)
   <本のしおり>怒鳴るぞ トランプ(2016.12.18)
   <本のしおり>北風と太陽(2016.12.8)
   <本のしおり>アメリカ新大統領の本性(2016.11.18)

     

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