<ILA2004>

タイガー、タイフーン、大量輸送

 5月なかば、所用があってドイツに出かける機会があった。折からベルリン航空ショーの開催中で、その一端を垣間見ることができた。ここに、そのもようをご報告いたしたい。

 このショーは「ILA2004」と呼ばれる。ドイツ語のInternational Luftfahrt Ausstellung(国際航空展示会)の略で、その歴史は1920年代初めまでさかのぼり、まずフランクフルトで始まり、ハノーバーを経て、東西ドイツの統一後はベルリンで開催されるようになったという。

 会場はベルリンから南東方向へ「エアポート・エクスプレス」と呼ぶ電車で30分近く行ったシェーネフェルト空港。旧東ドイツにとっては最も重要な空の玄関だったが、現在はベルリン北西部のテーゲル国際空港が首都ベルリンの表玄関で、シェーネフェルトは主に国内定期便とチャーター便が飛んでいる。しかし将来、新国際空港として生まれ替わるため2005年から再建工事がはじまり、2010年に完成の予定と聞いた。

 ついでに、ベルリン市内に古くからあったテンペルホフ空港は1948年のベルリン封鎖に際して、孤立した西ベルリン市民を助けるために米・英軍の輸送機が大量の食糧や燃料を運びこんだ飛行場である。15か月間の輸送量は230万トン、毎日平均380機が飛来した。

 このテンペルホフ空港は今年で閉鎖され、「ベルリン大空輸」(Berlin Airlift)の記念公園として生まれ変わり、ターミナルビルは航空関連の博物館、遊戯場、販売店として利用される計画になっている。ただし閉鎖に反対する運動も起きている。

 さてILA2004は、会期が5月10〜16日の1週間。参加した航空機は、主催者によると総計313機。うちエアバス旅客機が5機、その他の旅客機や軍用輸送機が14機、ビジネス機がジェットやターボプロップを合わせて26機、ヘリコプター44機、戦闘機と軍用練習機が61機、民間用の練習機やスポーツ機が64機、マイクロライト22機、モーターグライダー4機、セールプレーン6機、歴史的古典機50機などとなっている。

 ちなみにボーイング機は1機もなく、ボンバーディアやエムブラエルのリージョナル・ジェットも見あたらない。どちらかといえば、ジェネラル・アビエーションとドイツ軍用機に重点を置いたショーと思われる。この7月にはファーンボロ航空ショーが開かれるので、大方のメーカーはそちらの方へ向かうのであろう。

 しかし地元ドイツに関係のあるエアバス旅客機、ユーロファイター戦闘機、かつての花形トーネイド戦闘機、ユーロコプターのヘリコプター、そしてスイスやフランスの空軍曲技チームが華麗な飛行を見せてくれた。観客は1週間で20万人余りだったという。

 ショーのもようを何もかもご紹介すると話が散らかってきりがない。ここではドイツゆかりの航空機――タイガー、タイフーン、大量輸送機の3点にしぼって見てゆくことにしよう。

タイガー量産に着手

 タイガー攻撃ヘリコプターはショーの会場へNH90、EC155、EC145など、他のユーロコプター機と編隊飛行で登場し、1機だけ抜け出すと果敢な曲技を演じた。垂直上昇からハマーヘッド・ターンで逆落としに急降下するなど、ヘリコプターとして限度いっぱいの運動性を示したものである。ただし残念ながら、その直前にユーロファイターの轟音と豪快な曲技があったため、どうしても印象が薄くなる。

 とすれば、超低空を高速で飛ぶ匍匐飛行や、物陰から不意に飛び出してミサイルやロケット弾を発射するといった実戦さながらの飛行を見せた方がいいのではないか。むろん実弾を発射するわけにはいかないから、光や煙を出すような仕掛けである。

 タイガーは、1989年、当時の西独MBB社と仏アエロスパシアル社の共同で開発が始まった。以来15年間、4,000時間以上の試験飛行を経て、この春完成したばかりの武装ヘリコプターである。その結果、去る3月末にフランス国防省の実用認定を受け、ドイツ国防省からは6月末に認定される予定。

 タイガーは新時代の武装ヘリコプターとして、地上部隊の支援、対戦車攻撃、輸送用ヘリコプターの護衛、空対空戦闘、武装偵察などを任務とし、昼夜間の全天候飛行が可能。

 このうちフランス陸軍向けのHAPは、護衛と支援、ならびに空対空戦闘を主任務とする。ドイツ陸軍のUHTは、対戦車攻撃と護衛戦闘用。両国それぞれ80機ずつ発注しているが、ほかにオーストラリアが武装偵察用のARHを22機、スペインが対戦車攻撃、空対空戦闘、偵察、護衛などの任務を持つHADを24機発注している。合わせて最近までの受注数は206機である。

 量産機の引渡しは今年から始まり、年末までに18機が引渡される。内訳はドイツ向けUHTが5機、フランス向けHAPが8機、スペイン向けHAPが3機、オーストラリア向けARHが2機となっている。

最新の戦闘ヘリコプター

 タイガーの基本形状は総重量6トン級の双発機で、機首のコクピットは前後2人乗り。前席がパイロット、後席は射手が乗り組む。

 エンジンはMTR390ターボシャフト(1,774shp)が2基。主ローターは複合材製4枚ブレード、尾部ローターブレードは3枚である。

 機体も8割が複合材。モジュール構造が基本で、用途と機能に応じてさまざま装備ができる。火器装備は派生型によって異なるが、選択肢としては機首の機銃ターレット、空対空ミサイル、無誘導ロケット弾、ガン・ポッド、第2世代の対戦車用火器システム、HOTまたはヘルファイア、そして赤外線追尾の第3世代ミサイル(TRIGAT)など。いずれも胴体左右に張り出した短固定翼に取りつける。

 たとえばドイツ向けUHTは対戦車用のHOTミサイル8基、マスト・マウンテッド・サイト、赤外線暗視装置などを装備する。またHAPは68ミリ・ロケット弾44発、旋回砲塔、ルーフ・マウンテッド・サイトなどがつく。

 スペインおよびフランス向けのHADは、HAPを基本としながら、第3世代のTRIGATミサイルを装備するため、総重量が6.1トンから6.6トンに増える。したがってエンジン出力も強化される。スペインもフランスも当面はHAPを使うが、2008年から全機HADに改修し、フランスは2009年から半数を改修する。

 こうしたタイガー武装ヘリコプターは、米RAHコマンチ武装偵察ヘリコプターの開発中止によって、世界市場におけるチャンスが大きくなったと思われる。コマンチに想定されていた作戦任務の多くがタイガーに共通しているためで、コマンチの代替機として、米国を初め多くの国へ提案がなされるだろう。

 なおILAショーでは、タイガーと共にNH90大型ヘリコプターも話題となった。というのも、ここに展示されたのは、初めての量産機で、5月4日に同社ドナヴァース工場で初飛行したばかりの機体だからである。

 NH90はドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ポルトガルの共同開発になり、これまでに欧州9か国から合わせて325機の注文を受けている。いよいよこれから戦術輸送機として実戦配備につくところだが、操縦系統は量産ヘリコプター初のフライ・バイ・ワイヤになっている。

最先端技術の集積タイフーン

 ユーロファイター・タイフーンは、このショーの花形スターであった。すさまじい轟音の中、スピード感あふれる力強い飛行演技を披露して観客を圧倒した。とりわけ目の前を超高速で横切り、加速しながら360°旋回をするや、アフタバーナを噴かして宙天高く吸い込まれるように駆け上ってゆく飛行ぶりは、見るものを充分に魅了した。

 その先鋭的な飛行ぶりは、他の戦闘機の追随を許さぬものだが、もっと重要なことはドイツ国民に自分たちの新しい戦闘機が如何なるものであるかを知ってもらうこと。それが試験飛行で一刻の時間も無駄にできない中で、ショーに参加したゆえんであるとユーロファイター社は語っている。

 タイフーンは運動性を良くするため、わざわざ安定性を減じてある。その代わりオートパイロットの機能を高め、これで安定を維持できるようになっている。自動低速回復システム(ALRS)と呼ばれる自動予報装置も新しい。これによってタイフーンは操縦不能に陥る低速・低エネルギー領域に入るようなことがなく、たとえば飛行速度が50ノット付近に近づくと「速度上げ」の警報が音声で発せられ、放っておくと110ノットあたりまで自動的に加速される。

 したがってパイロットは格闘戦の最中も操縦不能を心配することなく飛ぶことができる。「ALRSがなければタイフーンを飛ばすことはできないし、ALRSあるがためにタイフーンは他の戦闘機では真似のできないぎりぎりのところまで速度を落とすことができる」とパイロットは語っている。

 この双発ジェット戦闘機は、今年から量産と引渡しが本格化した。開発にあたったのはドイツ、イタリア、スペイン、イギリスの4か国で、別表の通り、これまでに620機の生産が決まっている。ほかにオーストリアも18機を発注、ギリシアも導入に踏み切るもよう。

 その開発は欧州諸国の航空技術を飛躍的に高め、航空機産業の新たな基盤をつくったといわれる。というのも、機体は軽量にして最強の材質を使い、ユーロジェットEJ200エンジンは推力6,100kg、アフタバーナを使ったときは9,185kg。推力重量比は9対1と高い。アフタバーナで超音速に達したあとは、アフタバーナを停めて音速飛行を続けることができる。これで燃費が少なくてすみ、敵に追尾されることもない。

 そして敵に見つかる前に敵を見つけるため、レーダー、レーザー、赤外線など高機能のセンサーをそなえ、昼夜間を問わず全天候作戦が可能。とりわけ「スイング・ロール」と呼ばれる機能は、空戦でも対地攻撃でも、作戦ソフトを瞬時に切り換え、同時に遂行することができる。

 またタイフーンは頑健で敏捷な飛行特性をもち、空対空、空対地、空対艦、および偵察といった、あらゆる作戦任務に対応できる。そのためのミサイル、ロケット弾、爆弾、センサー、偵察機器、増加タンクなどは機体13か所のハードポイントに取りつけ、目標をヒットして安全に帰投することができる。

 その多様な戦闘能力によって、タイフーンは導入各国のF-4ファントム、トーネイド、ミラージュF1C、ミグ29、F-16、ジャガー、F-104など現用8機種に替わって、さまざまな任務を1機種で遂行することになっている。

 なおユーロファイター試験機のテストの経過は別表の通りである。

ユーロファイター試験機の経過

機体名称

製造国

初飛行

試 験 目 的

原型機

DA1

ドイツ

1994.3.27

操縦特性、エンジン性能

DA2

イギリス

1994.4.6

飛行範囲の拡大、操縦系統評価、搭載試験

DA3

イタリア

1995.6.4

エンジン調整、火器発射

DA4

イギリス

1997.3.14

操縦特性、アビオニクス、レーダー開発

DA5

ドイツ

1997.2.24

レーダーと火器の統合

DA6

スペイン

1996.8.31

複座、アビオニクス、要人試乗(2002年11月事故で喪失)

DA7

イタリア

1997.1.27

火器、飛行性能

前量産型

IPA1

イギリス

2002.4.14

ケアフリー操縦装置、顧客評価試験

IPA2

イタリア

2002.4.5

エンジン・テスト、空対地火器試験

IPA3

ドイツ

2002.4.8

ケアフリー操縦、アビオニクス試験

IPA4

スペイン

2004.2.26

操縦特性、エンジン性能、空対地火器試験

IPA5

イギリス

2004

操縦特性、エンジン性能、空対空および空対地火器試験

ユーロファイター戦闘機の発注数と生産計画

発注機数

第1期量産数(2003〜05年)

第2〜3期量産数(2006〜14年)

イギリス

232

55

177

ドイツ

180

44

136

イタリア

121

29

92

スペイン

87

20

67

合 計

620

148

472

超巨人機いよいよ実現へ

 エアバス社は、同社で最も長い胴体をもつ旅客機A340-600と最も短いA318を飛ばして見せた。ボーイングのいない空を悠然と舞う2機のデュエットは、天敵を駆逐した2羽の鶴が歓喜のダンスを踊るかのようにも見えた。

 事実、エアバス社は昨年度、305機を引渡してボーイングの281機を抜き、受注数も284機でボーイングの240機を上回った。そしていよいよ、この5月から超巨人機A380(555席)の原型1号機が最終組立てに入った。来年春までに初飛行し、2006年就航の予定という。就航1番機はシンガポール航空が飛ばすことになっている。2008年にはA380F貨物機も完成し、旅客機と合わせて月産4機とする計画。

 これをもってエアバス社は「ひとつの時代の終わり」としている。一世を画したボーイング747の時代が終わって、新たな大量輸送の時代が始まるというわけである。その予測では、400席以上の巨人機に対する需要は向こう20年間に1,500機に上る。

 すでに同機は129機の注文を確保しており、開発作業も順調に進んでいる。ショーの直前には南仏トゥールーズに巨大な組立工場が完成し、フランスの首相を招いて竣工式がおこなわれた。工場の大きさは平面形が490m×250m、高さ46mというもので、恐らくは世界最大の建物のひとつである。

 A380の開発計画に参加しているドイツ、フランス、イギリス、スペイン4か国の関係閣僚は、ILA2004の開催に当たって会合を開き、エアバス社が昨年、ボーイングを抜いて世界のトップに立つと共に、A380の開発が順調に進んでおり、開発費の削減努力も成果を挙げていることに満足の意を表明した。そして、今の地位を維持してゆくため最大限の努力をすることで合意し、ボーイングへの対抗策強化と研究開発戦略についても協議したという。

 こうした事態に対抗するかのように、ボーイング社もショーの直前、全日空から50機の注文を得て新しい7E7旅客機(250席)の開発着手を発表した。しかしエアバス社はショー会場で記者会見を開き、「7E7は遅れてきたA330に過ぎない。250席機の市場はA330ファミリーによって充分な対抗策が取られており、いずれ新しいA330計画も発表することになろう」と語った。

 さらにエアバス社は、7E7の技術面について、同機が複合材を多用しているというが、A380も大量の複合材を使っている。またボーイング機が複合材で軽量化をはかることによって燃料効率を上げようと考えているのに対し、A380の場合はエンジン自体の燃料効率が高いとして、最新、最高率のエンジンを搭載するのだという点を強調した。

 このA380のエンジン、RRトレント900(推力31,750kg)は5月17日からA340-300に取りつけて飛行試験を開始した。今年秋からは、もう一つの選択エンジンGP7200の飛行試験もはじまる。

 こうしてエアバス対ボーイングの闘いは、再び三度び熾烈の度を加えてゆくこととなろう。

(西川 渉、『航空ファン』2004年8月号掲載)

【関連頁】

 NH90ヘリコプターを見る (2004.7.12)
 ベルリン航空ショーで見たエアバス機 (2004.6.24) 
 HTH開発構想 (2004.5.20) 
 古典機の飛行 (2004.5.18)
 ベルリン航空ショー (2004.5.17)  

 

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