「ヘリコプターは神様です」

 

 第6回日本エアレスキュー研究会は昨秋11月5日のことであった。その一部は、すでに本頁でご報告した。

 この研究会で最も印象に残った一つは、繰り返しになるが、東京災害医療センター本間正人医師の報告「救急ヘリコプター搬送の評価」の中で、ヘリコプターで救助された患者さんが「ヘリコプターこそ神様だと思いました」と語った話であった。

 私は、これを聴いて、ベトナム戦争でヘリコプターに救助されたアメリカ軍の兵士たちが、ヘリコプターを「救いの天使」と呼んでいたことを思い出した。しかし、天使よりは神様の方が格は上で、「ヘリコプターは神様です」という表現は最高の誉め言葉、もしくは感謝の言葉といってよいであろう。

 同時にまた、このような体験者の声こそが、わが国ヘリコプター救急の日常化を実現させる大きな原動力になるのではないか。それには今後とも、こうした声をできるだけ沢山集め、ヘリコプター救急が如何に素晴らしい奇蹟を演じるものかを世間一般の人に知ってもらう必要があると思った。

 以下は、研究会で印象に残ったその他の講演について『日本航空新聞』に書いた文章の一部である。

 

現場救急から帰還搬送まで

 武蔵野赤十字病院の須崎紳一郎医師の「国際患者搬送」に関する発表は、私のような素人の頭の中をすっきり整理してくれる内容であった。スライドの転換が早くて正確なメモを取ることはできなかったけれど、いま思いだしながら私なりに整理してみると下の表のようになるだろうか。私の考えもまぎれこんでいるから、本来の趣旨とはやや異なるかもしれぬが、一次搬送、二次搬送、救急搬送、病院間搬送、帰省搬送などでごちゃごちゃになった頭の中がいくらかととのえられたような気がする。

区  分

任  務

使用航空機

1次搬送(primary)

救急搬送(rescue)

ヘリコプター

2次搬送(secondary)

病院間搬送(evacuation)

ヘリコプター・固定翼機

3次搬送(tertiary)

帰還搬送(repatriation)

固定翼機

 

 この表からも分かるように、救急現場からの搬送を一次搬送といい、ヘリコプターが使われる。そして、いったん入院した患者をより高度の病院へ送るのが二次搬送すなわち病院間搬送で、距離に応じてヘリコプターと固定翼機が使い分けられる。

 三次搬送は外国から母国への国際搬送、もしくは出先から郷里への帰省搬送である。長距離飛行が多いために主として固定翼機が使われる。これら一次、二次、三次の内容は、いわば入院、転院、退院に相当するという説明があったが、これも分かりやすい。

 なお三次搬送は英語で「レパトリエーション」といい、日本語では一般に「帰省搬送」と呼ばれる。しかし、どうもしっくりしない。何か適切な言葉はないだろうかという問題提起が須崎氏からなされた。

 その発表でも「国際搬送」「帰国搬送」「帰還」などの言葉が使われていたが、英和辞書を引いてみると、レパトリエーションとは「本国送還」とか「復員」と書いてある。しかし送還では何だか悪いことをしたみたいだし、復員は戦争から戻ってくるような感じになる。私は氏の使っておられる言葉の中から「帰還搬送」がいいのではないかと思い、上の表もそうしておいた。

 

救急ヘリコプターの成立要件

 ロイヤル・ロンドン・ホスピタルから来て貰ったアーラム博士の講演は、ヘリコプターもさることながら、その前に緊急医療体制そのものがしっかり出来ているかという重要な指摘があった。病院の緊急医療を構築するに当たっては、場所、要員、組織の三要素を考える必要がある、と。

 救急患者が送りこまれる緊急治療室(場所)は、たとえば麻酔器具、人工呼吸器、頭上レントゲン撮影装置が手の届くところにそろっていて、すぐそばに写真現像装置も必要。またCTスキャンや手術室に迅速簡単に移動できるようでなければならない。

 そこに麻酔医、外科医、看護婦、撮影技師その他の専門家(要員)が集まって緊急治療に当たる。しかし、それらの人びとがただ集まっただけでは却って悪い結果になる。素晴らしい交響楽を奏でるオーケストラのように、全体の指揮者が必要である。指揮者は白髪まじりの思慮深い風貌で、落ち着いた物腰が望ましい。そうした経験者の指揮があってこそ、各要員が最大限の技能を発揮して、トラウマ・チーム(組織)としての適切な治療が可能になる。

 基本理念は、病院の中のいくつもの治療部門の間で患者を回しながら治療をしていくというものではない。患者は常に同じところにいて、そこに各部門の専門家が集まり、組織的かつ迅速に必要な治療を進めるべきである。


(ロイヤル・ロンドン・ホスピタルの
屋上ヘリポートに待機する赤い救急ヘリコプター)

 

 救急ヘリコプターも、こうした集中治療室を救急患者のもとへ運ぶという、全く同じ理念にもとづいて運航されなければならない。すなわちヘリコプターの目的は患者の搬送ではなく、救急治療の技能を身につけた医師とパラメディックを現場に送り、その場で応急治療に当たることなのである。

 そのための費用は、ロイヤル・ロンドン・ホスピタルの場合、ドーファン・ヘリコプターで、年間運航費が百万ポンド(約二億円)である。また一年間に扱う救急患者の数はおよそ千人だから、一人当たりの運航費は千ポンド(約二十万円)。これは救急患者一人当たりの平均治療費一万ポンドの一割にしかならない。

 言い換えれば、人ひとりの生命を救うために余分にかかる費用は治療費の一割でしかなく、しかもヘリコプターによって迅速な治療着手ができるため、治りが早く、予後が良いので、一割くらいの費用は簡単に相殺されてしまう。

 これでヘリコプターの存在価値は、医学的にも、経済的にも、人道的にも立派に成立すると、アーラム博士の特別講演は明解であった。 

(西川渉、『日本航空新聞』99年12月16日付け掲載)

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