NBAA2000

超音速ビジネス機の可能性

 

 

 NBAA(米ビジネス航空協会)の年次大会が始まって、ニューオルリンズの会場からさまざまなニュースが飛び出してきた。アメリカの好景気を反映して、どのメーカーも景気の良い話ばかり。大きな受注数や金額を次々と発表してくれる。オルコット理事長も、世界中でビジネス機を飛ばしている企業は13,000社に近く、米国だけでも9,000社を超えると胸を張った。

 いつも独自の見方をするティール・グループは、ビジネス機の需要が軍用機を上回るようになってきた。向こう10年間に生産されるビジネスジェットは6,761機で810億ドル相当と予測してみせる。

 だが、花が咲けば嵐も吹く。なんとNBAA大会の初日、ビジネスジェット「チャレンジャー」の事故が報じられたのだ。ボンバーディア社はもとより、会場には暗い空気が流れる。なにしろ試験飛行中の出来事で、テスト・パイロットなど3人が乗っていて2人が死亡、もう一人も火傷を負って病院で重態というのだから言い訳はできない。それに近年、ビジネス機の事故が増えているという報道もあって、関係者は大変であろう。ボンバーディアの幹部は翌日すぐに会場を去って、事故の現場に向かわねばならなかった。 

 花に嵐のたとえは7月のファーンボロ航空ショーの開期中に起こったコンコルドの事故もそうだった。これについては本頁でも繰り返し書いてきたが、気がかりなのは超音速飛行の将来。果たしてコンコルドが運航再開できるのかということも勿論だが、もっと先の超音速旅客機(SST)はどうなるのか。それがむずかいとすれば、超音速ビジネス機(SBJ)ならば可能かという問題である。

 そこで、もう一度、今回のNBAAに見られたSBJの話題を整理してみよう。

 

 最も可能性のあるのはガルフストリーム社の計画である。同社は、SBJが民間機として成功するかどうかは、ソニックブームを減らせるかどうかにかかっていると考える。コンコルドのように、海上の人のいないところしか飛んではいけないというのでは、ビジネス機としての用をなさない。何としてもソニックブームを軽減し、陸地上空でもどこでも自在に飛ぶことができるようにしなければならない。これがSBJ成功の鍵である。

 その鍵を求めてロッキード・マーチン社の研究陣は、かねてから超音速飛行に伴うソニックブーム軽減の研究に取り組んできた。そこから2年前、ガルフストリーム社との共同研究がはじまった。やがて、この研究プロジェクトは、ネットジェット社のウォーレン・バフェット氏の支援を得ることにもなり、政府機関への働きかけもおこなわれた。

 一方NASAではSSTの研究がおこなわれていたが、それに連動していたボーイング社が計画を断念したため、NASAも中断した。しかし今、バフェット氏の働きかけで、改めて来年度の予算要求が出された。

 このSBJの開発研究には、米空軍も関心を抱いた。小型超音速機は、将来の偵察機や攻撃機にも応用できると見たからである。もとより超音速戦闘機は昔から飛んでいるが、長時間にわたって超音速を続けることはできない。SBJは超音速が続けられるうえに、ソニックブームが発生しないので、敵に見つかる心配も減るであろう。

 

 そこで米国防技術研究本部(DARPA)が乗りだし、「静かな超音速プラットフォーム(QSP)」と呼ぶ計画を立ち上げ、研究開発費を出そうということになった。

 このQSP計画は、DARPAによれば、最初の1年間でソニックブームの軽減を含む基礎技術、機体構造の設計、そして推進装置といった3つの課題について研究を進める。2年目は、もっと深く熟成研究をおこなう。最終的には実験機をつくって実際に飛ばすところまでゆくというもの。

 この機体は総重量45トン、ペイロード9トン。巡航マッハ2.4で飛び、航続11,000kmの飛行性能をもつという設計仕様である。

 ただしDARPAはソニックブーム問題の解決は単独の技術だけでは不可能と見ている。複数の技術革新が統合される必要があるというもので、そうしたいくつかの革新技術の評価と統合も計画の目的である。

 たとえば、DARPAが考えているのは、機体形状を細くしてソニックブームを小さくするといった方法は、すでにロッキード・マーチン社が1999年に開発しているが、それだけでは不十分。機体の周りにプラズマを発生させてイオンガスの場をつくるといったことも必要ではないか。

 超音速における層流制御についてはNASAが研究し、機体の大きさを小さくすることでブームのエネルギーが減ることが分かっている。それには高温アルミ合金やフォーム材の構造を使い、内部に微粒子を詰めて重量を減らし、機体の大きさ、コスト、騒音を減らすこともできよう。

 SBJの設計のうえで最もむずかしいのは、マッハ2.4の巡航速度に適して、なおかつ騒音基準にも適合しなければならないようなエンジンの開発である。DARPAは、その候補として高バイパスの超音速エンジンを考えている。ただし空気取入れ口と噴射システムは、余り大きな騒音抑制装置(ノイズ・サプレッサー)をつけなくてすむような形状でなければならない。

 ところで、超音速ビジネスジェット(SBJ)については、ロシアのスホーイ社も大きな関心をもっている。スホーイは、いうまでもなく世界有数の超音速戦闘機や攻撃機のメーカーで、1980年代末ころから、その技術を民間ビジネス機に転用しようと試みてきた。そのため1989年末には米ガルフストリーム社との間に合弁会社をつくった。

 そして数年間にわたって技術的可能性と営業的な需要を調査したが、当時のガルフストリーム社としては長距離用のガルフストリームXに資金と技術を集中させたいという考えがあって、超音速機の計画を中断した。

 以来スホーイ社は単独で研究開発をすすめている。この中にはソニックブーム解消の問題、離陸時の騒音軽減の問題が含まれる。こうしたSBJの開発には、約30億ドルのコストがかかると見ており、資金を分担してくれるパートナーを求めている。そのため1998年にはボーイング社との間で交渉がおこなわれた。ほかにもいくつかの企業と話し合いをしたが、合意には至っていない。

 なおスホーイのSBJ構想は、10人乗りの双発ターボファン機。高度15,000mをマッハ1.85〜1.95で飛び、航続距離は9,000km。本格的な開発に着手すれば7〜8年で完成できるという。

(西川渉、2000.10.13)

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