キャリアはバイ菌運搬人

――警察の不祥事(3)――

 警察官僚が次々と馬鹿な言動に走るものだから、小言航兵衛も忙しくてしようがない。本来ならばこんな駄文を弄している暇はないし、そもそも本頁は『航空の現代』であって「警察の現代」じゃなかろうという忠告もあるが、ここまで馬鹿な連中がそろったかと思うと、放ってはおけない。『航空の現代』の軒先を借りたつもりが、このままでは航空の話題はどこかへ行ってしまい、母屋まで占拠してしまうかもしれない。

  

 テレビや新聞がキャリア、キャリアと騒ぐが、そりゃ一体何なのだ。運送人か、配達人か、保菌者ではないのか。飛脚のように足がはやいから出世も早いのだろうと、てっきりそう思っていたら、それは carrier の意味で、役人のことは career というらしい。なるほど字引には経歴とか成功とか出世とかの意味が書いてある。

 発音も少しは違うのだろうが、日本語にすれば文字も発音も変わりはない。面倒だから双方一つに組み合わせると、キャリアとは他人の迷惑を考えない「バイ菌運搬人」になる。警察組織ばかりでなく国家国民に害をなすバイ菌みたいな存在なのだ。

 そのバイ菌どもが、上級職試験に合格してきたからといって、少しも偉くはないことは先日の本頁に書いたばかりだが、それを実証するかのような事件がおととい3月2日の夕刊に報じられた。どこかの県警本部長に内定していた男が、池袋の繁華街で女子高生のスカートの中をビデオで盗み撮りをしていて、現行犯逮捕をされたというのだ。この男の年齢は45歳――スカートの中を覗くには分別のある歳のはずだし、県警本部長になるには若すぎる。しかし、例によって上級職の合格者だったというから言わぬことではない。

 まさしく上級職試験を受かっても偉くないどころか大馬鹿者で、要するに上級公務員試験とはその程度のものでしかない。畏友養老孟司教授は勉強すると馬鹿になると語っているが、この県警本部長になりそこねた男も勉強のしすぎだったにちがいない。そういう馬鹿を、逆に特別扱いするから、ますます逆上してスカートの中を覗くところまで行ってしまう。たいしたこともない上級職を特別扱いするのは、もういい加減にしたらどうだ。

 今日はまた全国の警察本部長を警察庁に集めて、本部長としての心得を諭す(さとす)らしい。「悪いことをしてはいけませんよ。悪いことをするとお巡りさんが来て牢屋に入れられますよ」とでもいうのだろうか。

 百歩ゆずって、事件の連絡があったら直ちに酒宴をやめ、ようやくつきが回ってきた麻雀も中止して、現場へ急行せよというのかもしれない。まことに馬鹿ばかしい話で、そんな子どもみたいなことも分かっていないのが警察本部長だったのだ。第一あのとき、実際に本部長が現場へきても、何の役にも立たなかっただろうという嗤い話もあるらしい。

 これでは国民は救われない。国民が救われるためには、手遅れとは思うが、矢張り英国貴族のいう「ノウブレス・オブリッジ」(noblesse oblige)を教えるべきであろう。身分の高い者はその地位にふさわしい振る舞いをしなければならない。本部長に内定したものは女の子のスカートの中なんぞ覗いてはいけないということである。当たり前に過ぎて書くのも馬鹿ばかしいが。

 さらに「特権には責任を伴う」こともノウブレス・オブリッジの教えるところである。言い換えれば責任を取れぬような者に特権を与えてはならない。黒塗りの公用車で雪見酒に走るような特権をもちながら、飲食費や宿泊代を地元の警察に払わせるというのは、責任を取らぬことである。

 スカートの中を覗いた男も、退職金を貰って依願退職をしたそうだが、これでは責任を取ったことにならない。おまけに、昨夜のテレビは同じような盗み撮りをしたどこかの警察官が懲戒免職になったと報じていた。つまり同じ罪を犯してもキャリアとノンキャリアとの間には処分の内容に差別があるわけで、キャリアというのはまさしく無責任なバイ菌みたいな連中である。そういうものに本部長などという特権を与えてはいけなかったのである。

 しかし、このような帝王学は王様になってから教えても遅すぎる。もっと若いときから、できれば子どものうちから、王たるものが如何にあるべきか、いかなる心構えをもって、いかに振る舞うべきかを教えなければならない。その際、王としての特権は教える必要はない。特権を知るのは王位についてからでも遅くはないからだ。

 王としては先ず義務と責任を知るべきである。すなわち、どうすれば国民のために、国家のために、祖先のために尽くすことができるか。どうすれば世界の一等国として地上の繁栄を持続することができるか。どうすれば歴史的な栄光を勝ち取ることができるかを、子どものうちからしっかりと教えこまなければならない。

 しかるに今のキャリア諸君は、どうすれば他人を蹴落として学校の成績を上げることができるか。どうすれば要領よく試験に受かることができるか。どうすれば官海遊泳術を身につけ、うまく出世コースに乗ることができるか。どうすれば業者にたかることができるかを、子どものうちからしっかりと教えこまれてきた。これでは人の上に立っても王としての誇りはなく、貴族としての義務感もなく、バイ菌を振りまくだけの存在でしかないのは当然であろう。

 日本の前途はいよいよ暗く、小言航兵衛はいよいよ忙しい。

(小言航兵衛、2000.3.4)

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