<米陸軍の新しい動き(2)>

大型VTOL輸送機JHLの開発研究

 米陸軍は将来に向かって、機動力増強のための大改革を始めた。「航空ファン」2005年12月号でご紹介したように、2005年7月29日、武装偵察ヘリコプターARHを選定、ベル407Xを基本とする368機を調達することとした。10月には各メーカーから、多用途ヘリコプターLUHの競争提案を受けた。2006年春までに機種を選定、2007年から実戦配備の予定である。

 さらに、このほど大型VTOL輸送機の開発研究を進めることで、関係メーカーとの間に5種類の契約を締結した。内容は、新しい垂直離着陸機の概念設計と技術分析によって、その可能性を見出すことである。ここでは、その大型VTOL機について、各メーカーがどのようなアイディアをもっているかを探ってゆきたい。

 その前に、先月号でご紹介した軽多用途ヘリコプターLUHについて、それぞれのメーカーがどのような提案をしたか、最近までに判明したところを整理しておこう。

メーカー各社のLUH案

 米陸軍のLUH計画に対し、MDヘリコプター社(MDHI)はモデル902エクスプローラーの提案を出した。吊り上げ容量270kgのホイストを装備すると共に、ロッキード・マーチン社の協力を得て、コクピットのアビオニクス類も最新の軍用機器を取り付け、ヘッドアップ・ディスプレイのほか外界の立体視ができるようにするという。

 そうした米陸軍向け試作機は、早くも今年11月末に2機が完成、ロールアウトする予定。その後はいつでも米陸軍の飛行評価試験を受ける用意があるとしている。

 イタリアのアグスタウェストランド社はUS139を提案した。同機はFAAの型式証明をもって世界中に広く売れている民間型AB139を基本とし、米国製の比率を高めながら軍用機器を装備する。広いキャビンには、パイロットのほかに15人、もしくは担架4人分と6人の同乗が可能。巡航速度は305km/h。多用性、生存性、信頼性、安全性に富み、米陸軍の要求に最もよく応える能力をもち、「これぞ21世紀のヘリコプター」というのがアグスタ社の言い分である。

 ユーロコプター社はUH-145を提案している。EC145を基本とする派生型で、採用になればシコルスキー社の後方支援を受けることになった。EC145は2002年から量産に入り、警察、救急、捜索、救難、人員輸送など、世界中で数多く使われ、飛行能力はもとより、信頼性、整備性、安全性などが高い評価を受けている。

 とりわけキャビン床面が平らで、内装は作戦任務に応じて柔軟に改めることができる。胴体両側の大きなスライディング・ドアや後部のクラムシェル・ドアも使い勝手が良い。同乗者は最大9人、ストレッチャーは2人分の搭載が可能。

 ベル・ヘリコプター社は、モデル210単発機が技術的、経済的に最適のLUHと考え、かねてからその準備をすすめてきた。ところが、米陸軍が要求仕様に計器飛行能力を加えたため、412EP双発機に切り替えて提案するもようと伝えられた。しかし、そうなると価格が上がりすぎて予算内に収まらず、実際にどうなったのか公表されていない。

 こうしたLUH提案競争は来年春までに決着し、総数322機の調達契約が結ばれることになっている。

陸軍と海兵隊の共同開発

 さて本題に戻って、米陸軍のめざす大型輸送用VTOL機とは、どのようなものか。最終的には無論まだ固まっているわけではないが、およそ24トンのペイロードを搭載、500km以上の航続性能があり、高速飛行が可能で、必要に応じて戦闘能力も発揮できるというもの。

 さらに艦船上の狭い甲板でも発着できなければならない。というのは、たとえばイラク戦争に際してトルコが基地提供を断ったことがあるように、いつでも陸上基地から作戦行動ができるとは限らない。そんなときは陸軍といえども、海上から飛ぶ必要が生じるためである。したがって潮風に対する防錆装備も必要となろう。

 こうした輸送能力は、現在米陸軍の保有するロータークラフトの2倍以上に相当する。したがって実現のためには、今後なお時間をかけて技術的な開発進歩が必要であるところから、メーカーとの間に研究契約が結ばれた。

 この契約にはNASAも参加している。また海兵隊の進攻輸送にも使えるようにするため、共同大型輸送機(JHL:Joint Heavy Lift)と呼ばれるようになった。今後の日程は2012年までに実現の見通しを立て、2020年頃までに実用化をはかるよう想定されている。

 そこで以下、研究契約の対象となっている5種類のVTOL機について見てゆくことにしよう。

二重反転ローターのシコルスキー案

 開発研究が最も具体的に進んでいるのはシコルスキー社の2重ローターを持つ同軸反転式のヘリコプターX2である。この研究計画は今年6月パリ航空ショーで発表されたものだが、それをそのまま大きくすれば、同じ技術がJHLにも使えるというのがシコルスキーの考え方だ。

 X2実験機は二重反転ローターのほか、尾部には推進用のプロペラを持ち、463km/hの高速飛行をめざす。機内は前後2人乗り。通常のヘリコプター同様にホバリングが可能なので、速度ゼロから最大速度まで、如何なる速度でも円滑な飛行ができる。最大速度も、他のどのヘリコプターよりも速い。

 X2技術の中にはローターブレード、操縦系統、トランスミッションの改良などが含まれる。トランスミッションは出力重量比が大きくなり、主ローターや尾部プロペラへの出力伝達が円滑になる。

 今年夏このX2実験計画が発表されたとき、シコルスキー社ではすでに実験機の予備設計が完成し、部品の製造もはじまっていた。今後は子会社のシュワイザー・エアクラフト社で詳細設計を進め、2006年末までに試作機を完成、初飛行する予定。

 シコルスキー社は30年ほど前、ABCローター(Advancing Blade Concept)の飛行実験をしたことがある。ヒンジのないリジッド・ローターを2重に取りつけて反転させ、左右両側の前進側ブレードが荷重の大半を支えるようになっていた。したがって機体を横転させようとするモーメントが互いに相殺され、その分だけ速度を上げることができるというのが基本特性である。またローター回転によるトルクの作用も相互に打ち消されるので、尾部ローターを取りつける必要がない。さらにリジッド・ローターのため、上下のローター間隔を狭めることができる。

 シコルスキー社は、このABC原理をXH-59Aとして実際に飛ばし、1973〜81年の間に2機で106時間の試験飛行をした。この間、高速飛行試験のために胴体左右にJ60ジェット・エンジン(推力各1,360kg)を取りつけ、水平飛行で440km/h、ダイブ速度で518km/hを記録している。


シコルスキーXH-59A実験機

高速大型機をめざすX2実験機

 ABCローターの考え方を受け継いで、いっそうの進展をはかるのがX2である。これで垂直離着陸、ホバリング、低速操作性、そしてヘリコプターの速度を大きく超える高速飛行に至るまで、すべてが可能なVTOL機を実現させるという。

 シコルスキー社によれば、ホバリング効率は、やはりヘリコプターがすぐれている。ティルトローターやティルトウィングはローターの回転面が小さいので、ディスクローディング(円板面荷重)が大きく効率が悪い。逆に二重反転ローターは尾部ローター不要のため、普通のヘリコプターよりも効率が良い。またティルトローターのような固定翼がないので、ダウンウォッシュが途中で翼面にぶつかってさえぎられることもない。

 X2実験機は、高出力・低燃費のLHTEC T800ターボシャフトが1基。この1基だけで4枚ブレードのローター2つと6枚ブレードの尾部プロペラを駆動する。操縦系統はフライ・バイ・ワイヤ。機体には最新の複合材を使い、アクティブ防振装置をそなえる。これらの設計が目的通りに働き、460km/hの高速飛行が実現すれば、大型機にしても矛盾はないため、さまざまな用途が考えられる。

 たとえば高速530km/hの攻撃ヘリコプターもできるし、機内に25トンを積んでせまい甲板から発進し、460km/hで飛行する大型輸送機も実現する。また、もっと速度を落とせば機外に重量物を吊り下げて飛ぶクレーン機にもなる。


JHLの基本原理としてシコルスキー社が研究中のX2二重反転ローター機
尾部にプロペラをもって高速飛行が可能

ボーイング案はタンデムローター

 ボーイング社の受注したJHL開発のための研究契約は、発達型タンデムローター・ヘリコプターATRH(Advanced Tandem Rotor Helicopter)の概念設計である。外観は現用チヌークと同様、胴体の前後で巨大なローターが反転するが、ボーイング・ファントム工場の開発する先端技術によって搭載量が増え、速度は300km/hを超える。これで軍事的にも経済的にもすぐれた輸送用ヘリコプターを生み出すのがねらいである。

 思い起こす。ボーイング社はかつて、1970年代初めヘビーリフト・ヘリコプター(HLH)と呼ぶ超大型輸送用ヘリコプターの開発に手を着けたことがある。これも米陸軍向けの提案で、XCH-62Aの呼称が与えられ、巨大な機体が製作された。

 チヌークを基本としながら、前後のローターはブレード数が4枚ずつに増え、ブレードそのものも大きくなった。エンジンはアリソンT701ターボシャフト(8,079shp)が3基。全体の外観はチヌークの上半分に長い脚をつけて、胴体下面にコンテナを取りつけたり、重量物を吊り下げる。操縦系統はヘリコプター初のフライ・バイ・ワイヤで、22トンのペイロードを搭載できる設計だった。

 ところが1975年、原型機がほぼ出来上がったところで計画中止となる。恐らくは開発コストが大きすぎたのと、当時の米陸軍にはシコルスキーS-64スカイクレーンがあって、10トン前後の重量物までは吊り上げ可能だったからであろう。筆者も昔、ボーイング・バートル社のフィラデルフィア工場を訪ねたとき、格納庫の片隅に置いてあった巨体を仰ぎ見たことがある。すでに計画中止の後であったが、せっかくここまで作りながら、あと一歩ではないかと勿体ない気がした。ボーイング社としても復活を期待していた節がある。

 結局HLHは復活せず、試作機は現在フォトラッカーの陸軍航空博物館に展示されているが、あれから30年たって、ようやくJHL計画が出てきた。それに応じるボーイングATRHは、昔のHLHに新しい技術を注入して洗練しようというものであろう。いずれにせよ、その基本はチヌークにあって、6,000shp級のエンジン2基を取りつけ、ギアボックスも強化されるもようである。(後記:博物館に展示されていたHLHは、最近廃棄処分になったと報じられた)


ボーイングATRH案

ベル社の4発ティルトローター案

 ボーイング社はもうひとつ、ベル・ヘリコプター社を主体とする4発ティルトローター機の研究契約にも参加する。これは「クォッド・ティルトローター」(QTR:Quad Tiltrotor)と呼ばれ、胴体前後にV-22オスプレイと同じ固定翼とティルトローターを持つ。したがって翼は2つ、ティルトローターとエンジンは4基になり、トランスミッションを介して相互に連動する。飛行速度は460km/h以上。航続距離は垂直離陸で750km、60m程度の滑走離陸で1,600kmまで伸びる。

 胴体はC-130輸送機に匹敵するほど大きく、90人以上の兵員または20トン以上のペイロードを搭載、後部には物資の積み下ろしのためのランプ・ドアがつく。これで陸軍の重量物の機内搭載もできるし、海兵隊の進攻輸送にも使える。

 研究の結果によっては、エンジン、ローター、トランスミッションなどの動力系統に新しい技術を採り入れ、4基のエンジン出力を今の6,150shpから7,400shpに増強すると共に、ローター直径も11.5mから13.4mまで拡大、総重量を41トンから57トンに引き上げて搭載量を増やすという構想もある。

 このQTRについて、ベル・ボーイング・チームは向こう1年半の間に具体的な予備設計をおこない、技術的可能性を見きわめることにしている。すでに2×3mの風洞を使った空力試験も始まった。

 ベル社の見方は、こうした高速・長距離飛行が可能な大型垂直離着陸輸送機は、今の世界情勢からすれば、すでに各地で必要であることが認識されている。いずれも次世代の大量戦術輸送を担当する軍用機の開発研究であり、最先端の技術を必要とするものとしている。


C-130輸送機に匹敵するVTOL機、ベルQTR案

最適回転のティルトローター案

 ベル社と並んで、同じティルトローター機の研究契約を獲得したのが、フロンティア・エアクラフト社である。その構想は最適回転速度のティルトローター(OSTR:Optimum Speed Tilt Rotor)で、最大574km/hの速度性能を持つ。

 フロンティア社は、エイブ・カレムという人の所有する企業である。カレムは前にイスラエル空軍に所属、フランス製シュペールミステール戦闘機の性能向上などの仕事をしていた。その後、1977年に米国へ移民、プレデターの設計など無人機の分野で業績を残している。そのひとつがA160ハミングバード無人機で、この開発権利はボーイング社に売り渡され、現在ボーイングが国防省高等研究計画局(DARPA)との契約で開発をつづけている。

 そのカレムによる米陸軍向けの大型VTOL輸送機は16〜26トンのペイロードを搭載して、390〜900kmの航続性能を持つティルトローター機。もとより、せまい甲板でも発着できる。

 ティルトローターは回転速度が変えられるのが特徴。これによりヘリコプター・モードの垂直離陸やホバリング、または急激な操作の必要なときは回転数を上げて推力を高める。また飛行機モードで巡航飛行をするときは、ローターを前方へ倒してプロペラとし、機体重量は主翼で支えるので、ローター回転数を下げることができる。回転数が減れば騒音が減り、燃費も減って航続距離が伸びる。さらにローター、トランスミッション、エンジンの耐用年数も延びるといった利点を持つ。

 このローター回転数の変更は、トランスミッションの2段切換え機構によっておこなう。この点はベルV-22オスプレイも同様で、やはりローター回転数が2段切換えになっている。ヘリコプター・モードのときは回転数が毎分412回だが、飛行機モードで飛ぶときは333回転で、プロペラとして働く。この切換えができないと、巡航飛行中の回転数が上がりすぎ、ブレードのひねりを大きくしなければならない。そのため、かつての実験機XV-15でも回転数の切換えが試みられたが、振動が大きくなって実現できなかった。

 このようなローター回転数とブレードのひねりがティルトローター機の飛行性能や巡航効率の限界を決めることになる。つまりホバリング重量、航続距離、飛行速度をできるだけ大きくしながら、一方で燃料消費と騒音を減らす必要がある。この兼ね合いを最適状態に持ってくるのがフロンティア社の考える最適回転速度のティルトローター機である。

新しい大型VTOL機の実現へ

 こうして、この10月からJHL計画が進みはじめた。各メーカーの開発研究が進む一方、米陸軍と海兵隊も研究の進み具合を見ながら、それぞれが希望する要求仕様を出し合い、相互に調整しながらひとつにまとめることになっている。

 基本的な設計仕様は35℃の高温下で、海上および陸地から半径460km以上の作戦行動が可能であること。ペイロードは16〜26トン、航続距離は400〜900kmということになっているが、最終的にどのような数値になるか、またどのような形式の航空機になるかは、上の5種類の開発研究の結果によって決まる。

 その研究スケジュールは2005年度で予備研究、06年度で概念設計に進み、軍の要求に対してどこまで対応できるかが検討される。そして07年度で概念設計と形状評価が完成するとともに、将来に向かって開発計画が策定される。

 いずれにせよ、陸軍も海兵隊も、狭い場所でも使えるような垂直離着陸の能力があって、戦場での機動力を高め、補給能力が高くて作戦遂行が維持できるような機材を求めている。そのためには、航空機そのものも高速かつ敏捷な動きができなければならないし、戦場から戦場へ軍隊の迅速な移動や展開ができるものでなければならない。

 こうした要求に対し、今の大型輸送用ヘリコプターでは能力不足で、新しい代替機の必要性を強く感じているのが陸軍と海兵隊である。しかしコストを考えると、別個に開発し調達するのは割高につくところから、双方ともに共通機の開発を望んでいる。さらに近年の情勢から見て、陸軍と海兵隊が共同作戦にあたることも多くなった。その場合は使用機も共通の方が都合がよい。

 共通機を共同で開発するゆえんはそこにあるわけだが、それが実現すれば陸軍のCH-47チヌーク、海兵隊のCH-53Eスーパースタリオンに取って代わることになるであろう。

 こうした新しい技術開発に期待するものは何か。実は筆者としては、アメリカ軍が強くなることばかりではない。その技術が民間機にも流用され、都市の中で一般の旅客輸送にも使われることである。そうなってこそ、航空の世界はさらに大きく広がるにちがいない。

(西川 渉、『航空ファン』2006年1月号掲載に加筆)


シコルスキーX2のフライ・バイ・ワイヤ実験機として
2005年11月3日に初飛行したシュワイザー333小型ヘリコプター

【関連頁:米陸軍の新しい動き】

   LUH競争へベル412を提案(2005.11.3)
   米陸軍ARH決定からLUH選定へ(2005.11.1)
   

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