<2001年9月11日>

そのとき何があったのか(4)

 

09:38
 AA77がペンタゴンに突っ込んできたとき、ラムズフェルド国防長官の4階オフィスは、余り遠くないところにあった。その衝撃は長官にとって、物理的な音と震動ばかりでなく、精神的にも激しかったにちがいない。というのはWTCへの攻撃は2分前に知ったばかりだったし、他にハイジャック機が飛んでいるなど全く知らなかったからである。

 のちにラムズフェルドは語っている。「私は直ぐに階段を降りて外へ出た。建物の角を曲がると、そこが現場だった。若い女性が血を流して地面にすわり込んでいた。私は直ぐに彼女を抱え上げたが、私が誰であるか気づかないようだった」

 ラムズフェルドは、その後10時半まで、怪我人を救急車にのせる手伝いをした。

09:38
 消防士のアラン・ウォレスはペンタゴンの前を歩いていた。そのとき不図、遠くを見上げると飛行機が1機こちらへ向かって飛んでくるのが見えた。数百メートルの向こうから、高さ10メートル以下でぐんぐん近づいてくる。車輪は出ていなかった。彼は10メートルほど走って、そこにあったバンの下にもぐりこんだ。

 この飛行機がアメリカン航空77便(AA77)である。速度は毎時460マイルほどで、街路灯の上の方をなで切りにしながら飛んできた。

09:38
 AA77の激突によって、地上では約125人の死者が出た。国防省には全体で25,000人の人が働いている。そのうち、破壊したところには通常4,500人くらいの人がいる。しかし改修工事が続いていたため、このときは800人くらいしかいなかった。

 AA77が突っ込んだ位置は、改修が終わったばかりのところだった。ペンタゴンでは唯一スプリンクラーが取りつけられた場所で、壁は爆弾にも耐えられるようにスチールの枠組みで強化され、窓には爆風で割れないよう厚さ2インチ、重さ1トン余りの強化ガラスがはめこんであった。そのため飛行機の衝撃や火災にもよく耐えることができた。壁が崩れ落ちたのは37分後である。

09:38
 NORADによれば、AA77を追ってラングレー基地から3機のF-16戦闘機が発進したのは9時30分である。ラングレーはワシントンから南へ129マイルの地点にある。ところがAA77がペンタゴンに突っ込んだときは、まだ105マイルの遠方にいたという。とすれば、このスクランブル戦闘機は8分間で北へ24マイルしか飛んでいない。平均時速およそ180マイルというのろのろ飛行をしていたことになる。

 実際、このF-16を操縦していたパイロットの1人は後に、9時38分現在ニューヨークへ向かって飛んでいたが、西30〜40マイル付近のワシントンから黒い煙が立ち昇るのを目撃したと証言している。そのときNORADの北東地区航空防衛部門(NEADS)から無線が入り、ペンタゴンが燃えているのが見えるかと尋ねられた。見えると答えると、目的地をワシントンへ変更するよう命令されたという。

 もう一人のパイロットは、ペンタゴンに近いレーガン・ナショナル空港が初めからの目的地だったと言っている。3人目のパイロットも、目的地はワシントンだったと言う。この食い違いを多数決で推測すれば最初のパイロットが思い違いをしているのかもしれないし、後の2人がつじつま合わせの話をしているのかもしれない。

 ところが、スクランブル発進を指示したNORADのフォックス少佐によれば、スクランブルは目的地なしで発進させたという。目的地は「追って指示する」ということだった、と。しかし、その指示がいつ、どこで、どのように出されたのかはっきりしない。

 それにニューヨークへは先に2機のF-15が飛んでいたはずで、3機のF-16もニューヨークが目的だったとは考えにくい。そこで初めからワシントンが目的だったとすれば、AA77よりも先に戦闘機が上空に達したはずで、AA77の撃墜も可能だったであろう。だが、そういうことは起こらなかった。

 さらにパイロットたちはワシントン上空に達したのが9時56分だったと言う。けれども、AA77の突入から2〜3分後には、上空に戦闘機が飛んでいたという地上の目撃者もいる。このあたりは、人によって話が異なり、うまく整理できない。

09:38以降
 AA77が突っ込んでから数分後、シークレット・サービスはワシントンから10マイルのアンドリュース空軍基地にいた戦闘機に「直ちに離陸せよ」という指示を出した。では、何故もっと早く離陸命令を出さなかったのか。たとえばチェイニー副大統領は、少なくとも10分前にはハイジャック機がこちらへ向かっていることを知っており、同じようにシークレット・サービスにも分かっていたはずではないか。

 また、あるパイロットの証言によると、この時点でホワイトハウスの誰かがワシントンについて「射撃自由ゾーン」の宣言をしたという。すなわち首都防衛のために、必要があれば自らの判断で火器を使ってもよいということになったというのである。しかしF-16には訓練用の不発弾しか積んでなかった。また訓練から戻ったばかりのF-16には、3機のうち2機の燃料が少なくて補給の必要があったなど、即応態勢になかったらしい。

 そのため1機だけが離陸したが、実弾は積んでなかった。しかも時刻はすでに9時49分で、これがワシントン上空に達した最初の戦闘機だった。

09:41
 ユナイテッド航空93便(UA93)の乗客マリオン・バートンから友人に電話がかかってきた。2人が殺されて、飛んでいる向きが変わったという内容だった。

09:42
 UA93の乗客マーク・ビンガムが母親に電話をしてきた。「僕は今、ニューアークからサンフランシスコへ飛んでいる。3人が飛行機を乗っ取った。爆弾を持っているらしい」

09:43
 フロリダでは、ブッシュ大統領の車がサラソタ空港に到着した。その少し前、ブッシュはペンタゴンがやられたことを聞いた。ブッシュは直ちにエアフォース・ワンに乗りこんだ。しかし、同乗する人びとの手荷物検査が徹底的におこなわれたため時間がかかり、離陸は9時55分になった。

09:44以降
 複数のF-16がワシントン上空を飛んでいた。その中のあるパイロットは、UA93がホワイトハウスを狙っているという連絡を受けたという。しかし、他のパイロットは聞いてないと言っている。いずれにせよ、ワシントンを保護するために旅客機を撃墜せよという命令は誰も受けていない。そのことをパイロットたちが確認しなかったのもおかしいが、UA93の方へ向かわなかったのも不可解である。

09:45
 UA93の乗客トム・バーネットが妻のディーナに電話をしてきた。それによると、犯人らは爆弾を持っていると言うが、実際は持っていないらしい。そこで「われわれは何かをしなければならない」と考え、何人かが示し合わせて計画を練っているという。この情報がFBIなど、しかるべき機関に伝わっていれば、19分後の惨事は別の形になったかもしれない。

09:45
 UA93の乗客トッド・ビーマーから友人へ電話があった。横でFBIが聞いていた。その内容は、自分は乗客9人と客室乗務員5人と共に、キャビン後方へ集められている。ファーストクラスにも27人の乗客がいて、体に爆弾を巻き付けたハイジャック犯が見張っている。しかしカーテンで仕切られているのでよく見えない。犯人の1人はコクピットに入っている。乗客が1人殺された。2人のパイロットも明らかに死んでいる、といったものだった。

 ここでの問題は、後方にいるトッドのグループと前方のトムのグループがお互いに連絡を取り合っていたかどうか。あるいは別個に犯人と闘う決意と計画を固めて行ったのかということであろう。

09:45
 ホワイトハウスから全員の避難がはじまった。ハイジャック機がワシントンへ向かっているという警告をFAAが出してから21分後、チェイニー副大統領が避難してから40分後のことである。避難する人びとは最初はゆっくり歩いていたが、シークレット・サービスが「走れ!」と叫んで、みんな走りはじめた。

09:45
 FAAが全米の空港をすべて閉鎖した。このときまだ上空には3,949機の航空機が飛んでいた。その4分の3が1時間以内に着陸した。

09:46
 UA93のボイス・レコーダーによれば、コクピットにいた犯人の1人が別のものに「操縦を代われ」と言っている。それがユナイテッド航空本来のパイロットに言ったものか、ハイジャック犯の仲間に言ったものか、はっきりしない。つまりUAの2人のパイロットが実際に殺されたのか、まだ生きていたのか、本当のところは分かっていないのである。生きていたとすれば、犯人の技量では操縦できないようなことが起こったのかもしれない。

 いずれにせよ、コクピットの中で犯人同士の話し合う声が録音されている。一方キャビンには、2つの乗客グループを見張るために2人の犯人がいたはずで、UA93を乗っ取ったハイジャック犯は都合4人ということになる。乗客からの電話が3人と言っているのは、犯人の1人が初めからコクピットにいて、乗客の目に触れないからではないかと推測される。

09:47
 UA93の乗客ジェレミー・グリックは妻のリズと電話を続けていた。それによると、乗客たちが犯人を倒して飛行機を取り戻そうという考えが生まれ、賛否を取り始めたというのである。男の乗客は全員が闘う方に賛成した。

 というのは犯人が銃を持っていないことがはっきりしてきたためである。持っているのはナイフだけであった。

09:48
 議事堂からの避難も、遅ればせながら始まった。FAAの警告から24分後である。避難者の中には、大統領や副大統領に万一のことがあったときに後を継ぐべき重要人物もいて、その人びとはヘリコプターで秘密の場所へ移された。

 のちにUA93は議事堂を狙っていたと報じられた。とすれば、同機の出発が40分も遅れていなければ、多くの議員や職員が犠牲になったかもしれない。

09:49
 ラングレー基地を9時30分に飛び立った3機のF-16がペンタゴン上空に到達した。これらの機体はサイドワインダー・ミサイルを持ち、旅客機撃墜の権限を与えられていた。

 NORADによれば、F-16は時速650マイルで飛んできたという。しかしラングレーからワシントンまで129マイルの距離を飛んで、9時49分に着いたとすれば、速度は毎時410マイルにすぎない。また別の報道で、到着時刻は9時56分だったともいうが、それならば毎時300マイルだったことになる。

09:50以降
 ラングレーからの戦闘機がワシントン上空に着いて間もなく、アンドリュースからの3機のF-16も到着した。このうち実弾を持っていたのは1機だけだった。また、この3機は、自分たちの上空をラングレーからきた3機のF-16が旋回していることを知らなかったと見られる。

09:50
 UA93の乗客サンドラ・ブラドショウが夫に電話をしてきた。「あなた、何が起こったか聞いた? この飛行機がハイジャックされたのよ。3人のナイフを持った男に乗っ取られてるの」

 このとき彼女は、乗客たちが後部ギャレーで水差しに熱湯を入れ、犯人と闘う準備をしていると告げた。

09:53
 UA93のコクピットの中の声。2人の犯人たちが乗客の反乱を心配しているように聞こえる。1人が消火用の斧をドアの覗き穴のところに置いて、乗客を脅かしたらどうかと言っている。

09:54
 トム・バーネットから妻のディーナへ4度目で最後の電話がかかった。「われわれはみんな死ぬ。これから3人が何かをしようとしている」。しばらくして、もっと昂揚した声で「われわれは決めた。やって見せる」「心配しなくていいよ。きっとうまくゆく」

09:56
 ブッシュ大統領の乗ったエアフォース・ワンがサラソタ空港を離れた。しかし驚いたことに、護衛の戦闘機はついていなかった。これに関し「とにかく大統領を飛ばすこと、元いた場所から引き離すことが目的だったのではないか」という見方がある。

 この時点で、米本土上空にはまだ3,520機の航空機が飛んでいた。しかも先ほど来、11機のハイジャック機があるといいながら、護衛もなしに飛び上がるのが地上にいるより安全だなどといえるのだろうか。

09:56以降
 ブッシュ大統領はエアフォース・ワンの中からチェイニー副大統領へ電話を入れた。チェイニーはハイジャック機の撃墜権限を軍に認めるよう進言した。「わかった」とブッシュは言った。のちにブッシュは「この問題について、われわれはちょっと話し合ったが、長くはかからなかった」と言っている。

 問題のUA93は、まだ飛行中だった。戦闘機はその進路を阻んで、撃墜するよう命令されていた。それにしても、この決断がそんなに容易だったならば、何故もっと早くおこなわれなかったのか。ブッシュがブッカー小学校を離れた9時16分以降、40分もの時間が過ぎているし、そのとき既にハイジャック機のあることが分かっていたではないか。

09:56以降
 ワシントン上空のF-16へシークレット・サービスから無線の指示が入った。「何が何でもホワイトハウスを死守せよ」というのである。この指示はブッシュが旅客機撃墜の決断を示した後のことであろう。

09:56〜10:40

 エアフォース・ワンは離陸するや「まるでロケットのように急上昇した。最初の10分間は、ほとんど垂直に上昇した」と、同乗していた1人は語っている。

 やがて巡航高度に達すると、機は旋回飛行をはじめた。乗っていた記者団の1人は「ブッシュとチェイニーとシークレット・サービスは、大統領がワシントンへ戻ることの危険性について議論をしていたらしい」と推測している。

09:56以降〜10:06
 ホワイトハウスの地下では、チェイニー副大統領に軍の補佐官が話をしていた。「80マイルのところに飛行機がいます。ワシントン上空には戦闘機がいます。追撃すべきではないかと思います」「よろしい」。チェイニーは即座に答えた。

 ワシントンの近くにいたF-16が1機、UA93を追い始めた。しかし、これには別の話もある。UA93を追ったのはデトロイトに近いセルフリッジ空軍基地の2機のF-16で、この2機は訓練中だったために実弾は持ってなく、UA93を強制着陸させるのが目的だった。しかし着陸させられないときは、体当たりで飛行を阻止するつもりだったというのである。

 さらに、ワシントン上空のF-16はUA93を追わなかったばかりか、同機がペンシルバニアに墜落したことも知らなかったという説もある。彼らがそれを知ったのは、その日の午後、基地に戻ってからだったという。

09:57
 UA93のコクピットの中の会話。ハイジャック犯の1人が、乗客の反乱に対してどうすべきかと訊いている。「闘うさ」ともう1人が答えた。

 これらのボイス・レコーダーから推察すると、コクピットの外では、すでに格闘が始まっていたのかもしれない。最初はキャビンの前の方ではじまり、1分後には後部でもはじまった。

 乗客たちは、食事のカートを使って、盾にしながら、それをコクピット・ドアにぶつけて中に入ろうとしたらしい。というのはボイス・レコーダーに皿やグラスがガチャガチャ割れる音が残っているからである。それが9時57分頃であった。

09:57以降
 ボイス・レコーダーには「コクピットへ、コクピットへ」と口々に叫ぶ声が残っている。コクピットの中では、犯人2人が懸命にドアを抑えているらしい。「奴らを追い出せ」という英語や、犯人の「神は偉大なり」という祈りの声。

 犯人の1人がキャビンへの酸素の供給を止めようと言う。しかし、これは無駄だったであろう。というのは高度はすでに1万フィート以下に下がっていたからである。

 犯人の会話。「これでお終いか?」「まだだ」

 乗客の声が明瞭になった。流暢な英語で「おれがやる」「やられた」「それを回して」「それを上げて」。これらは、乗客が操縦席にすわったことを意味するものと見られる。

09:58
 トッド・ビーマーは、爆弾を持ったハイジャック犯をキャビン後部へ追い立てる計画だと言いながら、長い電話を終わった。背後には人びとの大きな叫び声や女性の悲鳴が聞こえていた。トッドは話を追えたあとも電話を切らなかったので、受話器の向こうから、「畜生」とか「神よ」という声が聞こえてきた。

 そして彼の、のちに有名になった最後の言葉が聞こえた。「きみ、用意はいいか。さあ行こう」

09:58
 UA93の乗客シーシー・ライルが夫に電話をしている。「あー、高度が下がって行くみたい」。夫が「どういうことだ?」と聞き返した。「みんなコクピットの方へ走って行くわ」

 しばらくして、彼女が叫んだ。「やったわ、やった、やった」。そのとき夫は、妻の声の背後に、ものすごい強風のような音を聞いた。そして悲鳴が聞こえ、電話が切れた。

09:58
 サンデイ・ブラッドショウは電話で夫と話をしていた。「みんなファーストクラスの方へ走って行くわ。私も行かなくちゃ。さよなら」。彼女は、この瞬間まで9時50分から話しつづけていたのだった。

09:58
 UA93の洗面所から、1人の男が911番へ泣きながら電話をしてきた。「ハイジャックだ。われわれはハイジャックされている」。男は、それから「爆発音が聞こえる。白い煙が流れこんできた」といって、電話が切れた。

 この人はおそらく、ファーストクラスに乗っていたエドワード・フェルトであろう。そして洗面所に隠れて、ドアのすき間から外の様子を見ていたに違いない。

09:59
 突如ニューヨークで、ワールド・トレード・センターの南タワーが崩壊した。UA175が衝突したのは9時2分だった。それから1時間足らず、一時は世界最高を誇った巨大ビルが一瞬にして崩れ落ち、土煙の中に消えたのである。

 

つづく

【関連頁】
   そのとき何があったのか(3)2004.9.10) 
   そのとき何があったのか(2)2004.9.1) 
   そのとき何があったのか(1)2004.8.30) 

   アメリカの同時多発テロ

 

(西川 渉、2004.8.30) 

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