テロと真珠湾

 


(人工衛星から見たテロ翌日のマンハッタン南端)

 

 テロとかテロリズム(terrorism)という言葉は、ラテン語までさかのぼれば terrorem というようだが、英語ならば terror(恐怖)の派生語で、英語人にとっては日本人が感じるほど特別の言葉ではないのかもしれない。要するに人びとの恐怖心を掻き立て、世情を混乱させ、その隙に乗じて政治的な野心を遂げようということであろう。その背景にはフランス革命当時の恐怖政治があるにちがいない。

 そこで再び、先の本頁「合衆国混乱」(2001.9.15)の繰り返しになるが、そういう野蛮なテロ行為と「パールハーバー」が一緒にされるのは心外である。さすがに日本人の書いたものの中には今のところ見あたらないが、英語の新聞、雑誌には至るところで引き合いに出されている。まことに困ったもので、それとこれとは違うんだよということを、世界中に説明する必要があるのではないか。

 もっとも、そんなことをすると歴史教科書論争の二の舞になって収拾がつかなくなる恐れもある。それを避けたいのが政治家や外務省の姿勢かもしれぬが、外務省だって名誉挽回、この際ひとつくらい日本のためになることをやったらどうか。

 藪医者ならぬ藪大統領は、テロ犯人をかくまっている国も敵とみなし、ミサイル攻撃をかけると脅しながら、一方では暗殺のための刺客を送るという法律案を堂々と持ち出した。このほうがよほどテロリズム(恐怖政治)で、恐怖の余り混乱した頭では正邪善悪の区別がつかなくなったのではないか。

 もっと驚いたのは17日朝のニュースである。警告を無視して突入してくる民間機があれば、これを撃墜せよという大統領命令が出ていたらしい。テロにつかまった3機目が国防総省に突入したあとだったから実行はされなかったが、私はとうていそんな冷酷な命令は出せぬだろうと思いながら4日前の本頁「緊急発進」を書いたのであった。まことに救いがたい話である。

 要するにテロに対するテロ、恐怖に対する恐怖、報復に対する報復で、日本を含む世界中がこれに同調し、今や目には目をといった恐怖政治の古代に戻ってしまった。ローマ時代からこのかた2,000年にわたって人類が築き上げてきた文明とか文化とか教養とか知性などはどこへ消えてしまったのか。樽蛮がアフガニスタンの洞窟に彫られた仏像遺跡を爆破したといって非難する資格も、自ら放棄したようなものである。


(アメリカ経済繁栄の象徴は煙と消えた)

 本題に戻って、今回のテロを語るのに「パールハーバー」を引き合いに出している記事だが、多数の中からひとつだけ取り上げると、「世界で最も知的な雑誌」といわれる英『エコノミスト』誌のウェブサイトである。その中で至るところにパールハーバーが引用されているのだ。

 最初の「世界が変わった日」という記事も、いきなり「60年前のある朝、目がさめた米国民は自分たちの国が攻撃されているのを知って驚愕した。パールハーバーがアメリカを変え、それゆえに世界を変えた。1941年の戦争に行った世代の子供と孫たちは、いま9月11日の残虐な行為に打ちのめされたが、これはアメリカ人のみならず全ての文明人に対する宣戦布告と受け取るべきである。ハワイで起こったことよりもはるかに残酷で衝撃的な出来事だ。何千人という無辜(むこ)の人びとが命を奪われた。今週アメリカと世界は再び変わった」

「パールハーバーへの攻撃ですら、国の中心部からはるかに遠かったために、中枢は安全であり、同じようなことは二度と起こるまいというのが米国民の気持だった」

 たしかに11日の凶行は史上最悪だが、パールハーバーはそれに次ぐ凶行のように書かれている。

 つづいて「新しい敵」という記事があるが、この中にはパールハーバーが4か所で引用され、今日からは新しい敵があらわれたが、昨日までは日本がアメリカの敵だったかのような書き方である。そこには「油ぎった」アングロサクソンの執念深い気質がうかがわれる。日本人のように過去は「水に流す」ような性質ではないのである。

 その「新しい敵」によれば「1941年日本のパールハーバー攻撃は米国を第2次世界大戦に巻き込んだが、それと同じように今回の米国の中枢――それも経済、軍事、政治の中枢に対する攻撃は報復戦争を正当化するものである」

「パールハーバーの犠牲者は2,403人であった。今回の犠牲者は、それを大きく上回るであろう。これは米国に対する許しがたい軍事行動である」

 たしかにその通りだが「許しがたい」のは人数ではなくて、犠牲者の内容である。真珠湾の場合は、相手が一般市民ではなく、軍隊であった。

 だが、テロ行為は許しがたいから報復戦争は正当だといっても、相手は誰なのか。「パールハーバーの場合、米国は直ちに敵が何ものであるかを知った」。ところが今回は敵がよく分からないのである。これが「パールハーバーとの最大の違い」で、藪大統領はテロの黒幕とみなされる瓶螺鈿であると決めつけているが、仮にそうだとしても1個の人間を相手に超大国アメリカとその連合軍が戦争をするとはどういうことなのか。

 これこそ「鶏を割くに牛刀をもってする」ようなもの。米国としては取り敢えず、その男をかくまっているアフガニスタンが相手だといって牛刀を振り上げたが、アフガニスタンこそいい迷惑であろう。もとより、ここはアフガン国民のことを言っているので、それを支配するゲリラ組織の弁護をするつもりはない。


(ワールド・トレード・センターの崩壊跡に残る深い穴)

 パールハーバーを引用する『エコノミスト』3つ目の記事は「おびえる首都」である。それによれば、アメリカン航空77便が米国の威力の象徴ペンタゴンに体当たりするや、ホワイトハウスや議会や財務省や国務省などの建物からは、あっという間に政治家や役人が逃げ出した。第2の攻撃がくると伝えられたためだが、その予感はおそらく当たっていたであろう。ピッツバーグ付近に墜落した4機目が、これらの建物のどれかを狙っていたはずである。

 逃げ出した人びとは「パニックにはならなかったけれども、緊張した面持ちでケネディの撃たれた日を思い出し、政治家の語るパールハーバーの話にうなづいていた」。どうやら、このときラジオでパールハーバーの引用した政治家がいたらしい。

「2時間後には誰もいなくなり、街路には人っ子1人見えなくなった。ときおり緊急車両が走り、建物の屋上には狙撃兵たちの姿が見えた」。このとき、突入してくる民間機があれば撃墜せよという大統領命令が出ていたとすれば、狙撃兵の中には対空ミサイルをかついだ兵士がいたにちがいない。

「やがてワシントンはもぬけの殻となり、市内に通じる道路は全て封鎖された。それは首都――したがって米国そのものが封鎖されたように見えた」

「24時間後、ペンタゴンはまだ燃えつづけていた。街路には州兵をのせた装甲車が停まって、あたりを警戒していた。大統領が視察にきたとき、国防総省の中では遺体探しがつづいていた」

 そして第4の記事「さまざまな感情」によれば、イスラエルの新聞が「ツインタワーへの攻撃はアメリカにとって第2のパールハーバーだ」と書いているらしい。

 考えて見れば、第2次大戦ではイギリス極東艦隊も、パールハーバーの2日後、戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスがマレー沖で手もなく沈められた。マレー半島やシンガポールなどの植民地にいたイギリス陸軍も日本軍によって追い払われ、降伏文書に署名させられている。

 したがって日本に対するイギリスの恨みは、アメリカ以上に深く残っているはずで、英誌『エコノミスト』も米国でのテロに乗じて、この際とばかりにパールハーバーを書き立てたのかもしれない。

 この問題については、日本人の中でも論争が絶えないところだが、国内で議論している隙に世界の論調はすっかり固まってしまった。つまり当時の日本と今回のテロ犯は同一視され、あのとき日本をやっつけたように今回もテロ犯を降伏させ、東京裁判同様にテロ裁判をやろうというのである。判決も必ずや絞首刑になるであろう。

 おまけにアメリカは日本に対して、湾岸戦争のときのように金だけではすまさせないぞと居丈高に要求を突きつけてきた。「身を挺して加担せよ」(Show the Flag)などと言われながら、日本の指導者たちは恥も誇りも失くして、これに従おうとしている。

 これこそは国際的恐怖政治、すなわちテロリズムではないだろうか。

(西川渉、2001.9.20)


(地中深く残ったワールド・トレード・センターの土台石)

【関連頁】
   ノストラダムスの予言(2001.9.17)
   緊急発進(2001.9.16)
   合衆国混乱(2001.9.15)
   合衆国崩壊(2001.9.13) 

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