<ボーイング787>

ドリームライナーの悪夢

 最近の英エコノミスト誌がボーイング787の開発遅延問題について、「夢の旅客機は夢か」という趣旨の記事を書いている。

 魅惑的な胴体と大きな窓、キャビンの与圧と湿度が高いなど、快適な乗り心地をもつドリームライナーは文字通り旅客にとって夢の旅客機となるはずである。

 エアラインにとっても、複合材を多用していることから軽量で燃料効率が2割ほど高く、整備コストは3割ほど安い。というので56社余が競って発注し、今やこの「プラスティック機」は850機以上の注文をかかえこんだ。まだ試験飛行も始まらないうちにこれだけの注文を集めるなどは、航空機の開発史上前例がない。

 ところが、好事魔多し。完成を間近にひかえて次々と技術上の不具合が生じ、開発日程はどんどん遅れてきた。「夢の旅客機」が「夢だけの旅客機」になる恐れさえ出てきたのである。

 全日空向けの量産1号機の引渡しも、当初の2007年という計画が、早くても2011年まで遅れるかもしれないのだ。

 今年5月、主翼取りつけ構造の曲げ試験をしていたところ、荷重限界の120〜130%の荷重で複合材の層間剥離が起こった。FAAの認定に合格するには、少なくとも150%の荷重まで耐えなければならない。

 このことからボーイング社は、6月中に予定していた同機の初飛行をしばらく延期せざるを得なくなった。この遅延が明らかにされたのは6月下旬だが、改修は比較的容易というのがボーイング社の表現だった。わずかな部品を使った簡単な手入れですむので大したことはないといわんばかりである。

 ところが、実際はそうではなかった。まずはコンピューターによる一連のシミュレーションが必要ということになった。新しい改修構造がどこまでの荷重に耐えられるか、設計時と同じ正確なコンピューターモデルを使って確認する必要が出てきた。

 そうした基本的な作業からやり直すとすれば、すべてが順調に進んだとしても4〜6ヵ月はかかるだろうと見られるに至った。

 問題は、しかし、そのような改修手順の手間や時間だけではない。ボーイング社それ自体の設計や製造に関する技術水準が劣化しているのではないか。正しいボルトを正しい穴へ正しく挿しこむこともできないのではないかという疑問である。

 おまけにパリ航空ショーで、787は今日にでも飛べるといったボーイング・トップの姿勢は、真の技術が不可欠の航空界にあるべき態度ではなかった。一見して自信に満ちた態度に、エアライン業界はころりと騙されたのである。

 無論ボーイングは長年の伝統に裏打ちされた信頼性の高い企業である。エアラインも乗客もそれを信じてきたのだが、パリでは完全に裏切られた。このままでは乗客も騙されたまま、危険な航空機で長途の旅行をすることになるかもしれない。

 もうひとつ別の心配もある。今やアメリカの工業生産は自動車が駄目になってしまい、残るのは航空と宇宙だけとなった。しかるに、787が飛ばなければ、航空工業も駄目になる。アメリカの産業界はどうなるのかと心配するアメリカ人も多い。

 だからといって無理に787を飛ばすことになれば、今度は乗客が翼のもげ落ちそうな飛行機に乗らなくてはならない。そうでなくとも、もともと複合材で胴体をつくるという、そのことに不安があったはず。複合材の工作にあたって、金属材料と同じようなやり方をするのは間違いという技術者もいる。

 787の初飛行延期は、どうやら日程の遅れだけではすまされない問題を醸し出してきた。

【関連頁】

   カタール怒る(2009.7.28)
   ボーイング787飛行日程定まらず(2009.7.27)
   ボーイング787年内の飛行は無理か(2009.7.23)
   ボーイング787走行試験開始(2009.7.20)

(西川 渉、2009.7.30)

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