<エアバス>

A380からの脱出

 

 A380はまだ飛ばない。飛ばないから話題がないかというと、そんなことはない。最近面白いと思ったのは、乗客の脱出試験の話である。

 A380は、標準座席数が555席ということになっている。しかし実際に何席配置にするかは、エアラインの考え方で変わる。発注者の中には、1階と2階を合わせて640席とする仕様を考えているところもあり、エコノミークラスだけ800席というエアラインもある。

 そこでメーカーとしては、FAAと欧州航空安全局(EASA)の型式証明を、最大客席853席で取得することにしている。これにパイロット2人と客室乗務員18人を加えると873人になる。内訳は、1階の主デッキにパイロット2人、客室乗務員11人、乗客538人。2階に客室乗務員7人と乗客315人。

 この全員が90秒以内に機外へ脱出できることを証明しなければならない。

 それにしても試験の条件がいろいろとあって、なかなかむずかしい。まず90秒で脱出するといっても、実際は最初の15秒くらいは、非常口をあけたり、滑り台が展張したりするのに費やされてしまう。

 また、非常口のすべてが使えるわけではない。半分くらいは、いろんな事情で開かない恐れがあるから、そのことも考慮しなければならない。

 また、夜間の脱出もあり得る。昼間でもキャビン内部は照明が消えれば相当に暗くなるので、そんな条件も想定しなければならない。そういえば昔、旅客機が離着陸に際して室内灯を消すのは何故かという話を聞いたことがある。万一のときに機内の照明が消えて暗い中で脱出しなければならなくなったとき、目が暗闇に慣れてなくては困るからだそうである。

 こうした脱出試験をエアバス社は、ドイツのハンブルグ工場で7号機を使っておこなう計画。これは飛行試験用の4番機に当たる。

 試験のために、エアバス社は1,100人のボランティアを募集する。募集内容は、元気のいい若者ばかりというわけにはゆかない。実際に乗ると思われる乗客を考えて、募集者の40%は女性、35%以上が50歳以上で、15%は50歳以上の女性とする。

 これらの人びとには、通常の旅客機でおこなう脱出要領などの説明は別として、詳しい説明はしない。また2階席の人が1階へ逃げたりするのも構わないし、通路に毛布や枕が散乱していても、それらをあらかじめ片づけるようなことはしない。すべからく現実に起こり得ることを模擬するのである。

 乗員はA380を発注しているエアラインから選ばれるが、これもあらかじめ公表しない。

 非常口は全部で16ヵ所。内訳は2階6ヵ所、1階10ヵ所だが、そのうち使えるのは少なくとも半分で、2階3ヵ所、1階5ヵ所だけ。しかし、どこの非常口が開くか開かないか、被験者は知らされていない。非常口1ヵ所からは、理論上は90秒間で110人が脱出できるはずである。

 各非常口の滑り台(スライド)は左右2人ずつ並んで滑ることができる大きさ。長さは1階の滑り台が10m、2階が14m。海上では、これらの滑り台は、50人乗りのいかだになり、24時間以上浮いていられる。もっとも、この点もこれから試験をして実証しなければならない。

 脱出試験が1回だけでうまくゆかなかったときは2回目をおこなう。そのときの試験参加者は1回目に参加した者は認められない。 

 試験の状況は16台のビデオ・カメラで撮影する。また、このような多数の脱出には必ずけが人がでるはずで、そのための医療チームを配備する。

 さて、この試験がうまくいったとして、本当に緊急事態が起こったとき、果たして全員が90秒以内に逃れられるのだろうか。乗客の中には赤ん坊もいるだろうし、車椅子の人や、ひょっとして寝たきりの救急患者がいるかもしれない。もっとも機体の方も90秒きっかりで焼け落ちるとは限らないだろうから、それでいいのか。いずれにしても、航空機の開発というのは、全くもって大変なことだと思います。


(被験者の中に肥満体を入れなくていいのかな?)

【関連頁】

   A380の初飛行せまる(2005.4.7)

   A380の希望(2005.1.21)

   A380の前途(2005.1.20)

   A380の披露(2005.1.19)

(西川 渉、2005.4.8)

 

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