<本のしおり>

吉か凶か

 本書の冒頭にトランプ大統領就任後に何が起こるか、10項目の予言が掲げてある。いずれも興味深いが、その要旨は次の通りだ。

 たとえば「トランプ系列のホテル、マンションなどでテロの警戒が高まり、利用客が減って経営困難になる」「トランプ大統領の暗殺計画やトランプタワーの爆破計画が伝えられ、政策遂行に混乱が生じる」

 「TPPが崩壊し、日米2国間協議でアメリカ農産物の輸入を増やすよう求められる」「日本製自動車などに対するアメリカの輸入関税が上昇する」「在日米軍の費用負担の大幅増が要求される」

 また「アメリカと台湾との関係が親密になる一方、中国製品への輸入関税を上げて、習近平と険悪な関係になる」

 どれもこれも、おみくじの「凶」ともいうべき予言だが、果たして、どれが当たり、どれが外れるだろうか。


2016年12月29日刊

 著者によれば、トランプは「交渉の達人」だそうである。自分の意見を「効果的に伝える話し方、表情、言葉を自由自在にマッチさせる才能を持っている」「この才能は今回の選挙期間中の『吠える暴言王』から、勝利宣言の穏やかで、大統領らしい言動と態度に豹変したとき見事に発揮された」

 したがってトランプの本質は「非常に冷酷」で、その詳細は同じ著者による翻訳書『D.トランプ――破廉恥な履歴書』に描かれているらしい。そこで著者はトランプの「性格」を次のように分析する。

「自己中心的で、すべてを自分がコントロールしたがる。常に注目されるスターでありたい。初対面の人間を短時間で見抜く能力がある」

「人間に関して、好き嫌いが激しい。……はっきりモノを言う人間が好き。即断即決が好き」

「話す相手によって、内容、話し方、表情などを意識的に変えることができる」

「白人至上主義。特権階級意識が過剰。敵対する相手とは徹底的に戦い、決して妥協しない……そして、日本人は決して好きではない」。というのは「日本はアメリカに安全保障でタダ乗りするずるい国」という意識を持っているからで、今後は多くの要求を強硬に突きつけてくるだろうという。

 トランプの大統領当選を知って、英国ヴァージン・グループのリチャード・ブランソン会長は著者に次のような感想を送ってきた。

「弱い者いじめをしてもいい。変態でもいい。人種差別主義者でもいい。無能で無知でもいい。……大ばか者でもいい。これらのすべてであっても、白人男性であることは素晴らしい。……いつか大統領になれるかもしれないからだ」と。

 ブランソンはトランプとニューヨークで食事をしたとき、非常に不快な思いをしたらしい。その「態度に我慢ならなかった」からで、「トランプ氏が大統領に選ばれた日のことを彼は、短い言葉で "Very sad day" と表現した」

 著者はいう。「本当にトランプ氏は何を考えているのか、われわれには想像がつかない」「日本人だけでなく、同じ欧米人のインテリでも完全には理解できない不思議」な人物だと。

 では、何故そんな男が大統領に選ばれたのか。それは「平均的アメリカ人の本音を鋭く感じ取り、それに向かって吠えることで共感と票を得た」からだと著者は解釈する。

 その「平均的アメリカ人」の本音を著者はこまかく分析しているが、ここでは、ニューヨークで裕福な生活をしているヒラリーは彼らの生活を理解していないだろうし、オバマは「Change!」と叫んで大統領になったけれど、何もChangeしなかったという説明だけにとどめておこう。

 そんな心情から、平均的アメリカ人は「トランプさんは乱暴だけれど、何か変化を起こしてくれそうだ。彼に賭けてみよう」ということになったのだ。

 まさに「選挙期間中のトランプ氏は、しきりに暴言を吐き、大声で吠えまくった」。これは、しかし、単に「乱暴」「粗野」「理性がない」といったことではなく「彼一流のパフォーマンス」と、著者は分析する。その証拠に、選挙に勝った直後の勝利宣言は「大統領らしいことを大統領らしい話し方でスピーチした」

 これで世界中が驚き、日本でも「前日900円暴落した日経平均株価が1200円も上昇した」

 このように、トランプは「天才的ともいえる交渉術で……現在の地位と財力を築き上げ」てきた。その「交渉の達人」が大統領になったのである。しかるに日本人は「こうした交渉が苦手な人が多い」。

「これまでのような上品な政治家」を相手にするようなわけにはいかない。まことに厄介な人物で、だからといって日本の政治家や政府関係者は嘆いてばかりいるわけにはいかない。トランプが「海千山千のビジネスマンであることを肝に銘じ」て、「凶」の予言が「吉」のおみくじに変わるよう交渉に当たるべきであろう。

(野次馬之介、2017.1.9)

【関連頁】

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   <本のしおり>アメリカ新大統領の本性(2016.11.18) 

     

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