<アメリカ軍用ヘリコプター界>

欧州勢に押されて混迷

 この文章は、5月の連休中「混迷のアメリカ軍用ヘリコプター界」と題して月刊『航空ファン』向けに書いたものである。あれから1ヶ月半ほど経過し、今では早くも内容の鮮度が落ちてしまった。

 しかし、その後の経過については部分的に本頁にも掲載してあり、また軍用ヘリコプターの開発と売り込みについてはヨーロッパ勢に押され気味のアメリカが如何なる状態にあるか。その問題点を整理してあるので、お読みいただければ幸いである。

 

 アメリカ軍用ヘリコプターの開発と製造が、最近いささか混乱気味である。発端は、シコルスキー社とボーイング社が進めてきたコマンチ偵察攻撃ヘリコプターの開発が中止になったこと。余りに欲張りすぎた計画で、あれもこれもといった万能のヘリコプターをめざしたためか、理想の重みに耐えかねて挫折してしまった。米陸軍がコマンチの開発中止を発表したのは2004年2月23日のことである。

 そこで後に残った予算で、別々に何種類かの機材を調達し、コマンチの穴埋めをすることになった。ところが、最初の武装偵察ヘリコプターARHについては、ベル社が民間モデル407を基本とするARH-70Aの契約に成功したものの、開発作業が遅れ、2006年には社長交替にまで追いこまれた。次の軽多用途ヘリコプターLUHは、欧州勢のユーロコプターEC145にさらわれてしまう。

 さらに昨年、米空軍が次期戦闘捜索救難機CSAR-XにボーイングHH-47チヌークの採用を決めたところ、競争に敗れたシコルスキー社と欧州産EH-101をかついだロッキード・マーチン社が異議を申し立て、なんと再入札をすることになった。

 思い返してみると2005年1月、コマンチとの直接の関係はないけれども、米大統領専用機が欧州勢のアグスタウェストランドEH-101を基本とするUS101に決まったのも、こうした混乱の前兆だったのかもしれない。

 以上を要するに、米ヘリコプター工業界は新しい技術開発に遅れをとるようになり、その弱みから欧州勢に攻め込まれ、混乱につけ込まれて牙城を取られ、最後は自分たち同士で足の引っ張り合いを演ずるようになってしまった。

 こうした混乱は、今後いつまで続くのだろうか。

太り過ぎたコマンチ

 混乱の芽は、すでにコマンチ計画にあったといえよう。このヘリコプターは今から25年前、1980年代初めに米陸軍の航空近代化計画(Army Aviation Modernization Program)のひとつとして開発が始まり、95年に原型機がロールアウト、96年1月4日初飛行した。当初は米陸軍向け5,000機の調達が予定されていたが、少しずつ減って、とうとう消えてしまったのである。

 何故そんなことになったのか。もとよりさまざまな理由や事情があっただろうが、大きな問題のひとつが重量超過である。航空機の開発がうまくゆくかどうかは、人間の健康管理と同様、ウェイト・コントロールといわれる。開発中に機体の重量が増え、計画通りにおさまらなければ本来の飛行性能が発揮できず、太り過ぎの病弱と診断され、回復できないまま計画中止に追い込まれる。

 一と口に重量といっても、空虚重量、最長航続重量、任務遂行重量、最良上昇率重量などがある。これらの重量は全てが予定の限度内におさまらなければ、米陸軍として容認するわけにはいかない。それが逆に、開発が進むにつれて増えていったのである。

 たとえば、あるとき主ローター系統の重量が予定を270kgも超えていることが判明した。計算違いがあったか、何かの見過ごしがあったのか。ともかく設計をやり直すことになって、下部の支持構造も強度や耐用年数などの問題から再設計が必要になり、重量が減るどころか増えてしまった。

 あるいは大型鋳造部品をアルミ・ベリリウム合金でつくることになっていた。この材料は強くて、しかも非常に軽く、大型部品の製造には最適の材料であった。ところがベリリウムには毒性があり、製造にあたる従業員が肺疾患やガンを発症するなど、人の健康に恐ろしい害を及ぼすというので別の材料を使うことになった。これで、さらに重量がかさんだ。

 装甲板の開発にもつまずいた。コクピットの装甲板は、現用アパッチ攻撃ヘリコプターで重さが1平方フィートあたり8ポンドだが、コマンチでは5ポンドまで引き下げる計画だった。しかし、そんな軽い装甲板を予定された日程通りに開発するのは無理で、結局実現しなかった。

 こうしてコマンチの重量は予定の限度内におさまらず、エンジン出力が不足して目標の飛行性能が発揮できないという結論から、長年の苦闘の末に開発中止に追い込まれたのである。米陸軍のヘリコプター近代化計画は、これですっかり狂ってしまった。

ARH開発中に墜落事故

 コマンチ計画の中止に伴い、先ずは、それに代わる小型武装偵察ヘリコプター(ARH:Armed Reconnaissance Helicopter)が開発されることになった。基本となる機種は既存の民間機から選定するというので、最終的にMDヘリコプター社とベル社の競争になり、2005年7月29日ベル案が選ばれた。これが現在開発中のARH-70Aである。1機あたりの価格は600万ドル(約7億円)。コマンチの3,600万ドル(約42億円)に対して6分の1という安さで、「コマンチ・チャイルド」とも呼ばれる。

 このARH-70Aは民間向け7人乗りのベル407単発タービン機を基本として、赤外線暗視装置(Forward Looking Infrared:FLIR)や火器などの軍用装備を取りつけたもの。エンジンは407のRRアリソン250-C47B(813shp)をハニウェルHTS900-2エンジン(970shp)に換装、主ローターと尾部ローターを強化し、エンジン出力の増強と相まって安全性の向上をはかった。逆にエンジン排気中の赤外線はOH-58Dよりも少なく、生還性が高い。

 原型機は4機が試作され、1号機は2006年7月11日に初飛行した。続いて2〜3号機が飛び、2007年2月21日4号機が飛んだとき、何故かそのまま墜落してしまったのである。

 同機はテキサス州ダラスに近いベル社工場から完成後初の試験飛行に出た。乗っていたのはベル社と陸軍のテスト・パイロット。30分ほど飛んだところで燃料警報灯が点き、「フレームアウト」の警告音が聞こえた。パイロットは直ちにオートローテイションに入り、不時着に最適と見られたゴルフ場のグリーンへ向かって180°左旋回をする。そして目標を定めた途端、前方に立ちはだかる樹木に気がついた。そこでコレクティブ・ピッチを上げて樹木の上をかすめ、再びピッチを下げてフル・オートローテイションに入った。

 接地したときは速度がやや速く、ヘリコプターの姿勢はほぼ水平であったが、地面が水気を含んで軟弱だったためにスキッドがめりこむような形で急停止、降着装置全体を留めていた4ヵ所の金具がはじけ飛んだ。さらに機首下面のFLIRが地面に当り、機体はつんのめるような状態で、逆立ちはしなかったものの、横倒しとなって大破した。当時の気象状態は快晴、視程16km、風速2m。2人のパイロットに怪我はなかった。

時間が遅れて費用は倍増

 この事故から1ヵ月後、米陸軍は3月21日ベル社に対しARH-70Aの開発作業を中断し、計画全体を見直すよう指示した。というのは、事故そのものも問題だが、ここに至るまで開発作業が長引き、実用機の納入が1年以上も遅れそうな状況だったからである。日程の遅れは、主としてアビオニクスやFLIRシステムの開発に手間取ったためだが、この遅延に伴ってコストが上がるという問題も生じていた。

 こうしたことから、アメリカの軍事評論家の1人は、米陸軍がひそかにARH計画を中止しようとしているのではないかと見る。ARHは、元々民間型ヘリコプターをそのまま使うという考え方であった。しかるに陸軍がさまざまな装備を加えたり変更したり、本来の機体に負担を掛けすぎてしまった。もしそういうことならば、実機をつくる前に時間をかけ、費用をかけて、きちんとした設計作業をすべきではなかったのかと疑問を呈している。

 これに対し、陸軍は計画中止などは毛頭考えていないと反論する。しかし、その一方で、米陸軍の高官のひとりが今年初め、ARH-70Aの価格は1機あたり520万ドル(約6億円)を予定していたが、おそらく900〜1,000万ドルまではね上がるだろうと懸念を示した。また、この高官は量産1号機の納入について、2009年12月の期限までには無理だろうという。本来の契約では2008年9月までの予定だった。それが1年以上の遅れとなり、今やさらに遅れるというのである。

 そのうえベル社は、このARHから逆に出力強化型の民間機をつくろうとして、モデル417の開発に着手した。同機は2006年初めの国際ヘリコプター協会(HAI)年次大会で華々しく発表され、6月1日に初飛行、1年間で136機の注文を集めた。それが今年のHAI大会で廃案にすると発表されたのである。理由は、やはり予定の飛行性能が出ないためらしい。

 民間型が駄目になって、軍用機が続けられるのかどうか。ARHの開発作業は今も続いているが、問題はどこまで解消したのだろうか。ともかくも今の計画では、できるだけ早い時期に512機のARHを総額47億ドルで調達することになっている。これら全機の配備終了時期は2015年までというのだが、おそらく2017年になるだろうというのが大方の見方である。

半年で納入開始の欧州機

 不具合つづきのベルARHとは対照的に、欧州ユーロコプター社が引き受けた軽多用途ヘリコプターLUHの方はきわめて順調に作業が進んでいる。LUHもARH同様、既存の民間機の中から米陸軍が選定したもので、民間型EC145を基本とし、調達契約は2006年6月30日に調印された。この契約で同機は正式呼称UH-72Aとなり、早くも同年12月11日1号機が米陸軍へ納入された。

 納入式は、米ミシシッピ州コロンバスのアメリカ・ユーロコプター社の工場でおこなわれた。席上、陸軍とユーロコプターの代表が機体の引渡し文書に署名し、同時に米陸軍の伝統にのっとって、アメリカ先住民の部族名にちなむ「ラコタ」(Lakota)の愛称が与えられた。

 既存の民間機が基本とはいえ、わずか半年未満の納入開始という素早さはみごとである。というのは、この間、選に洩れたMDヘリコプター社とイタリアのアグスタウェストランド社が米陸軍の選定に対して異議を申し立てたからである。

 政府の購入契約が正しくおこなわれたかどうか。議会に代わって調査するのは、旧会計検査院(General Accounting Office)が同じGAOの略称で正式名称を改めた政府説明責任局(General Accountability Office)である。GAOは提訴を受けると、90日以内に調査して議会に報告する。その間、契約は凍結され、作業は中断しなければならないので、日程は大きく狂うことになる。しかし、ユーロコプター社としてはドイツ側で、ある程度の作業を続けていたにちがいない。ここで異議申し立てが通れば大きな損害を蒙ることになるが、そのリスクを承知の上で、作業を進めたのであろう。

 競争相手のアグスタウェストランド社は、新しいLUHとしてAW139を提案していたが、陸軍の選定結果は判定基準が見積り仕様と異なるではないかと主張した。仕様書にしたがうならばAW139が採用されるべきであり、価格の安さだけで決まるならばもっと小さくて安いA109を提案するはずだったとしている。

 またMDヘリコプター社(MDHI)は「陸軍の価格分析は独断的で気まぐれ、まったくのインチキだ」と、痛烈な不満をぶちまけた。しかし結局、両社の提訴は認めれられず、ユーロコプター機の採用が決まった。

勢いに乗るユーロコプター機

 ユーロコプターUH-72Aは現用140機のベルUH-1Hと125機のOH-58A/Cに替わる多用途機である。キャビン容積は両機の中間だが、決して小さいわけではなく、速度が速く、機敏な運動性があって、何よりも双発で安全性が高い。

 引渡しはすでにはじまっており、実戦配備に入るのは2008年10月30日からで、2015年までに各地の州兵に配備され、本土安全保障の任務につく。具体的には不法入国や麻薬取引の監視、テロ発生時の負傷者の救急搬送、緊急物資および人員の輸送などで、今年初めから救急飛行などの実用テストを始めた。国外には原則として派遣しない。

 生産はミシッピ州コロンバスのアメリカ・ユーロコプター工場で行なわれる。この工場は、2004年の操業開始当時は従業員44人だったが、2006年末には140人になった。今後UH-72Aの製造が本格化するにつれて330人まで増える予定。ここでのUH-72Aの製造は、当初は一部を組立てるだけだが、やがて完全組立てに移行し、最後は主要部品もアメリカ製となる。特にエンジンはターボメカUSAがテキサス州グランド・プレイリーでアリエル1E2を製造する計画。これで総数322機のUH-72Aが総額30億ドル以上(約3,600億円)の事業規模で生産される。これにより米陸軍は、EC145ヘリコプターの最大の顧客となった。

 ユーロコプター機は、これまでも米沿岸警備隊、入国管理局、国境警備隊などに採用されてきた。また警察機や民間救急機としても全米で数多く飛んでいる。その始まりは沿岸警備隊向けHH-65ドーファンの採用で、1984年以来90機以上が採用された。最近は2007年初めまでに、89機分のエンジン換装を終了した。アメリカ製ライカミングLTS101-750Bをターボメカ・アリエル2C2(956shp)に改めたもので、新しいエンジンによりHH-65の出力は42%増となった。

 さらにユーロコプター社は、米本土安全保障省(DHS)から2004年、EC120Bを55機、AS350B3を5機受注し、これらのヘリコプターも全てアメリカで組立てられている。

 こうした実績と新たなUH-72Aの採用に勢いを得たユーロコプター社は、米空軍が66機の調達を計画している救急救助ヘリコプター(Common Vertical Lift Support Platform:CVLSP) にも提案を出す予定。現在ベルUH-1で行なっている救急救助任務を肩代わりするもので、2年以内に提案要求が出る見こみ。ユーロコプター社としてはLUHと同じEC145を提案するか、もっと大きなNH90を出すか検討している。

CSAR-X異例の再入札へ

 米軍用ヘリコプター界で、もうひとつ問題となっているのはHH-47である。米空軍が次代の捜索救難ヘリコプター(CSAR-X)にボーイング・チヌークを選定したことは、本誌2007年2月号でご紹介した。選定の結果が発表されたのは2006年11月9日のことだが、競争相手はシコルスキーS-92とアグスタウェストランドEH-101だった。これらの最新鋭機を抑えてチヌークが選ばれたことから、意外という驚きが広がった。同時に敗れた2社がチヌークの選定に異議を申し立てたのである。

 実際の提訴にあたったのはシコルスキー社とロッキード・マーチン社で、ロッキード社はEH-101の米国側代表である。提訴の先はLUHと同じGAO。ところがGAOはLUHのときと異なり、2月26日「入札やり直し」の判定を下した。理由はただ一つ、入札基準と判定基準が「不一致」(inconsistent)ということだった。

 というのは、入札仕様書ではヘリコプターの採否を、機体価格ばかりでなく運航費や補用部品費を含む長期間のライフサイクル・コストによって計算し評価することになっていた。ところが空軍が実際に行なった評価の方法は、仕様書に示された条件に一致していない。したがって、空軍が別の方法を採りたいのであれば、そのように仕様書を改めるべきである。その上で入札をやり直し、ボーイングHH-47が負けたときは昨秋締結した契約を直ちに解消すべきだというのが勧告の骨子であった。

 これを受けて、空軍は3月30日、入札をやり直すと言明した。仕様書はこの5月に発表される予定で、どういう評価基準になるのか分からないが、全体の調達規模としては前回同様、捜索救難用の大型ヘリコプター141機を総額150億ドル(約1.8兆円)程度の金額で求めるものとなろう。

 この再入札について、ボーイングを含めて3社ともに歓迎の意を表明している。しかし、どこが勝つにせよ、このように大きな入札がやり直しになるのは、軍需製品ではきわめて異例のことである。

混迷をもたらした理由

 こうして、アメリカ軍用ヘリコプター界の現状は、一種の混迷状態にある。

 何故このような混迷もしくは混乱が生じたのか。一つは、筆者の見るところ、コマンチとオスプレイに遠因があるような気がする。どちらも極めて難しい開発計画で、そのために膨大な技術と資金と時間を費やさざるを得なかった。その結果、コマンチは廃案となり、オスプレイは辛うじて実用段階にたどり着いたものの、関係者は軍も技術者もメーカーも、だれもが疲労困憊におちいってしまった。しばらくは新しい計画に取組む気力もなくなったのではないだろうか。

 そのような精神状態では、将来いかにあるべきかという頭も働かなくなる。同時にイラク戦争が収まらず、テロ攻撃はますます激化して、戦費がかさむ一方である。そのため現実問題として、将来に向けての研究開発予算も削減されるようになった。

 実際はコマンチ計画がなくなったために、9億ドル(約1,000億円)の開発資金が浮いたはずである。しかし、長期的な展望がないまま目の前のヘリコプター調達資金に回されてしまった。

 たとえば一時、米陸軍は超大型輸送用ロータークラフトJHLの研究開発構想を立てていたが、予算がないという理由で取りやめようとしている。研究の対象に挙がっていた候補は、ベル社のクォッド・ティルトローター機とボーイング社のチヌーク大型化計画などだが、現状ではとうてい実現しそうもない。これでは、アメリカ軍は今後20年たっても、今のヘリコプターをそのまま使わねばならないだろうといわれる。

 混迷をもたらしている次の問題は、軍用ヘリコプターの入札に負けた企業が、政府の決定に異議を申し立てることである。すでに見てきたように、米陸軍のARHとLUH、そして米空軍CSAR-Xのいずれにも異議申し立てが行なわれた。

 従来は、こういう訴えを起こしても政府の顰蹙(ひんしゅく)を買うだけで、実際に訴えようとする者はほとんどいなかった。たとえばコマンチ計画が中止になったときも、米大統領専用機が欧州勢のアグスタウェストランドEH101に決まったときも、だれも訴えを起こしていない。

混迷の中の模索

 政府の調達契約に対する異議申し立ては、ヘリコプターに限らず、最近のアメリカ全体の風潮でもある。2006年のGAOに対する申し立ては1,327件で、前年比50%増であった。そして訴訟の約3割が勝ち、GAOの判定と勧告は強制力がないといいながら、多くの政府機関が入札のやり直しに応じている。

 このように異議申し立てが増えたのは、いうまでもなく経済的な理由であろう。メーカーが生き残るためにはなんとしても仕事を取る必要がある。他方、政府の方にも、たとえば防衛機器の調達方法などに問題があるのかもしれない。米国は現在テロとの戦いを世界中で進めつつある。そのため国防省の調達金額も史上最高額に近い。ところが一方で、陸、海、空3軍ではこの数年来退職者が多く、メーカーからの提案を正しく評価できるスタッフも減ってきた。

 とりわけ航空機のような高度の技術製品は、評価をするのも決して容易ではない。航空技術やシステムに関する専門的な知識が必要であると同時に、政府としての契約手続きについても熟知していなければならない。そうした練達の職員が減って、CSAR-Xの入札でもGAOから指摘されたように、仕様書通りの評価ができないのである。

 軍用ヘリコプター界の混乱に拍車をかける第3の事情は、外国勢の進出である。アメリカには元来「バイアメリカン」法があって、国や州が調達する製品はアメリカ製であることが原則となっている。条件によって外国製品も認められることは、上のいくつかの事例で見てきたとおりだが、少なくとも今までは、特に軍需製品の場合、アメリカのメーカーはこの法律によって保護されてきた。

 ところが近年、その規制が少しずつゆるんできた。真偽のほどは不明だが、アグスタウェストランドの親会社、イタリアのフィンメカニカ社は、米国市場への進出を本格化するためにベル・ヘリコプター社を買い取ろうとしたこともあるらしい。しかしアメリカ政府としては、ベル社がV-22オスプレイなどの先端技術を有するところから、この買収をひそかに阻止したといわれる。いずれにせよ、アメリカのメーカーにとって、外国勢が乗りこんでくれば競争が激化し、新たな混乱を巻き起こすことになる。

 こうした現状を踏まえて、米陸軍のある高官はいう。「今のアメリカでは、ヘリコプター工業界も軍も研究機関も、将来を見通す目を誰も持っていない。したがって基礎研究のための予算も減る一方だ。けれども、アメリカが道に迷ったからといって世界中が待ってくれるわけではない。アメリカがぼんやりしている間に、ヨーロッパも日本も着々と研究を進めている。彼らがわれわれの前に立ちふさがったとき、われわれは手ぶらでいなければならない。やむを得ず、外国から兵器を輸入することになるが、それでいいのか」

 かくて、アメリカの軍用ヘリコプターと、それを提供する航空工業界は、混迷の現状から抜け出そうととして、今なお出口が見えないまま模索を続けている。 

(西川 渉、『航空ファン』2007年7月号掲載)

  

【関連頁】

    ベルARH-70AとVH-71(2005.6.1)

    ベルARHの前途不安(2005.5.14)

    米大統領機は欧州生まれのUS101(2005.5)

    米CSAR-Xの入札やり直し(2007.5.18)

(西川 渉、2007.6.18)

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