<ハリケーン>

虚構の危機管理


火攻め、水攻めのニューオーリンズ上空を飛ぶヘリコプター

 今週の英「エコノミスト」誌が「アメリカの恥辱」という主題で特集を組んでいる。ハリケーン「カトリーナ」の襲来によって露呈した人種差別、貧富の格差、そして脆弱な危機管理体制など、アメリカの恥を世界中にさらしてしまったというのだ。その中から、ここでは危機管理にしぼって見てゆくこととするが、異常な被害状況に対し的確な対応ができない米国の危機管理体制は、いったいどうなっているのだろうか。

 危機管理の脆弱といえばまともな言い方だが、実態はむしろ出鱈目といった方がいいかもしれない。こんな事態におちいって、連邦政府は州や市の自治体を非難し、自治体は連邦政府を非難しはじめた。

 特に指弾の的になっているのが連邦危機管理庁(FEMA)だが、こんなに弱体化しているとは、誰も知らなかったらしい。施策の重点がテロ対策に移り、予算も人手も削られてしまった。そのうえ大統領直轄の立場から新しい本土安全保障省の傘下に格下げとなり、職員の仕事の意欲も減退していたという。

 こうした実態は、911多発テロのあと、藪大統領の方策から生じたことはいうまでもない。そして責任のなすり合いの結果、ついに長官の更迭という事態にまで発展した。長官が替っても今のままではうまくゆくとも思えぬが、無策の大統領としては国民の非難をかわすため、見えすいた泥縄人事に踏み切るほかはなかったのであろう。


洪水はホワイトハウスにも押し寄せてきた

 時期も悪かった。災害発生は夏休みの終わり頃だったが、大統領はテキサスの牧場で休暇を取っていて、頭が混乱したのか、2日間ほど動こうとしなかった。これは4年前、フロリダの小学校で911同時多発テロの第一報を聞いて10分間ほど呆然としていたときの状況にたとえられる。

 ディック・チェイニー副大統領はワイオミングで休暇中だった。コンドリーサ・ライス国務長官は、ニューオーリンズの貧しい黒人たちが水かさの増してくる濁流におののいていたとき、アメリカ黒人最高の出世頭としてブロードウェイの華やかなショーを観ていた。

 もっとも彼らは、ポンチャートレイン湖やミシシッピ川の堤防が切れるとは思っていなかった。しかし、その可能性は4年も前に公式報告書としてホワイトハウスに届いていた。まさしく911テロの可能性が事前に報告されながら、放置されていたのと同じである。


批判の洪水の中で助けを求める大統領

 本土安全保障省(DHS)の組織が余りに大きすぎるという見方もある。その中にFEMAのみならず、沿岸警備隊も呑みこまれてしまった。これらは昔からヘリコプターを使っているので、われわれにも馴染みの緊急機関である。阪神大震災のあと、FEMAの幹部が来日したときは講演を聴きに行ったこともある。しかし今や、上下の命令と報告の系統が長くなりすぎ、左右の調整にも手間取って、迅速機敏な動きができなくなってしまった。

 そのうえFEMAのトップ役員8人のうち5人は災害対策の経験などなかったという欠陥も露呈した。3人はブッシュの選挙運動員だったし、ほかの2人もどこかの州の副知事だったり商工会議所の役員だったりで、これまた出鱈目な報償人事といえるかもしれない。

 逆に、かつてFEMAの要職にいた防災専門家たちは、みんな辞任していなくなってしまった。防災担当者は、余り頻繁に人事異動をしてはならないというのが原則だが、日本の危機管理を担当する役所の人事も、この原則に反しているきらいがある。霞ヶ関の緊急関連の役所を見ていると、幹部職員が2年くらいで異動してゆく。おのれの出世のためには、災害や被災者のことなど構ってはいられないのだ。


「気の毒な奴だ。助けに行こうか」

 ニューオーリンズの災害は、戦争にばかり夢中になっていた藪大統領の「人災」という声が米国内でも大きくなってきた。しかも、その戦争自体がうまくいっていない。

 今から30年ほど前、アメリカが敗退した後のベトナムを見た司馬遼太郎は『人間の集団について』の中で「元来世界政略というものは虚構であり、とくに防共という20世紀の呪術から出たそれは、政策決定者たちを大なり小なり魔術的にさせてしまう」

「核兵器をのぞくあらゆる最新兵器をここに投入してなお敗北せざるをえなかったのは、結局ベトナムをとらえたその世界政略が現実となんの触れるところのない虚構にすぎなかったことをあらわす」と書いている。

 前段の「防共という20世紀の呪術」という文字を「テロ対策という21世紀の呪術」と読み変えるならば、今のイラク戦争も全く同じこと。大量破壊兵器という大義名分が失われた現在、ベトナム以上に虚構に拠った戦いになってしまった。最後は敗退せざるを得ないはずで、今回のハリケーン人災はその前兆であり、引き金になるのではないか。

 今日、9月11日は、あの大規模テロから4年目にあたる。


ホワイトハウスの危機からヘリコプターに助けられた大統領

【関連頁】

 人命救助が優先(2005.9.9)

 ヘリコプター救助活動つづく(2005.9.6)

 再びヘリコプター救助活動(2005.9.4)

 史上最大の救助活動(2005.9.2)

(西川 渉、2005.9.11) 

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