<ハリケーン>

火攻め水攻め

 水の廃墟と化したニューオーリンズに頻々と火災が発生した。町の中には死と煙の匂いが満ちたそうである。

 火災の原因についてはよく分からない。漏電、ガス漏れ、放火などが考えられるが、足もとには大量の水がたまっているのに火勢は強く、消防車も走れないから消火活動ができず、火はなかなか消えない。そこで救助に加えて、消火活動もヘリコプターの任務となった。以下その奮闘ぶりを見てみよう。

 以上の写真に見られるように、ほとんどのヘリコプターは商品名「バンビ・バケット」と呼ばれる柔らかい水嚢から水を落としている。日本の消防機関は、こうした吊り下げ式は市街地上空でバケットを落とす危険性があるというので、胴体下面に「ベリータンク」と呼ぶ水槽を取りつけている。そのくせ、まだ一度も都市火災の消火をしたことがない。阪神大震災いらいの矛盾した理屈を10年間言いつづけて、まだ気がつかないのだろうか。

 バンビ・バケットの宣伝をするつもりはないが、その袋の底は筒状になっていて、そこから水が棒状に噴射されるので、せまい範囲に集中し、狙いもつけやすい。そして放水した後はこうもり傘のようにすぼまるから、次の給水のために水源地へ戻るときもさほど大きな抵抗にはならない。バケットと聞くと原始的な道具かと思ってバカにする人も多いが、いろいろな工夫がなされている。

 それでいて、構造は簡便で、軽くて、安い。そのうえヘリコプター自体は高い位置にいて放水できるので、安全である。しかも放水は下の方の炎に近いところからできるので、効果的である。遠くの火災に応援にゆくときも、折りたたんで機内に積んでゆき、現場に着いたらフックにひっかけるだけですぐに使える。

 対するベリータンクは、1トン余の水を60秒以内に吸い上げるシュノーケルのついた立派な装置である。したがって値段も高い。余り高いのでロサンジェルス・カウンティ消防隊は、買いたくても買えない。そこで同じようなものを自分で設計し、近所の町工場でつくって貰ったといって誇らしげに見せてくれた。

 ベリータンクは底を開いて放水するので、低空からでないと、水が途中で霧状になって消火の役に立たない。アメリカでは炎よりも低く下がって放水するという大げさな表現を聞いたが、そこまでゆかなくとも、日本の消防隊はどこまで下がる覚悟ができているのか。少なくとも訓練飛行などを見ていると、かなり高い位置から放水している。

 もうひとつ、ベリータンクは着脱に時間がかかるため、これを付けていると寸刻を争う救急飛行などには応じられない。119番にかかってくる緊急電話も、火事は100回のうち1回だけで、ほとんどは救急要請というから、ここにも矛盾がある。日本の緊急機関の考え方は装備ばかり贅沢で、実状に合っていないのではないか。

 地方自治体の「箱物行政」とは、劇場や美術館など建物ばかり豪華で中身のない発想をいうようだが、ヘリコプターの下面に箱を取りつけるベリータンクも、文字通り箱物行政ではないだろうか。

 昔、零式戦闘機は航続距離を延ばすために、胴体下面に落下式増設タンクを装備した。これは世界で初めての日本の発明である。そして敵機と遭遇するや直ちにタンクを切り落とし、身を軽くして空戦にかかった。

 消火活動は無論戦闘ではない。けれども火と戦う気持は戦争のようなものである。重装備は、先に書いたテレビの生中継装置もそうだが、実戦向きではない。

 航空機は先ず何よりも、身軽でなければならない。


燃えるニューオーリンズ

【関連頁】

 虚構の危機管理(2005.9.11)

 人命救助が優先(2005.9.9)

 ヘリコプター救助活動つづく(2005.9.6)

 再びヘリコプター救助活動(2005.9.4)

 史上最大の救助活動(2005.9.2)

(西川 渉、2005.9.14) 

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