<エアバス対ボーイング>

天馬空をゆくか

  

 ボーイングの幹部たちは今や、天馬空をゆくが如き心境ではないだろうか。米『フォーブス』誌からのメール通信によれば、787はすでに386機の注文を集め、就航はまだ2年も先というのに、早くもボーイング史上最高の成功という評価が出はじめたという。

 フォーブス誌が歴史的と評価するもうひとつの要素は、胴体が複合材であること。これを「プラスティック胴体」と書いているが、軽くて細身の胴体に250〜330人の乗客を載せ、毎時1,000kmという音速に近い巡航速度で飛びながら、燃料費は2割減、整備費は3割減になるとしている。

 とはいえ、プラスティック胴体は大きな賭でもある。技術的、経済的に未知の問題が残されているからだ。たとえば複合材はアルミ合金にくらべて軽くて強く、腐食もしにくい。けれども時間がたつと劣化するので信頼性に問題が生じるのではないか。

 実は、複合材には前科がある。昨年エアバスA310の複合材の方向舵が飛行中ほぼ完全に吹き飛んでしまった。同機は無事着陸して事なきを得たが、複合材の小さな亀裂は、見つけるのがむずかしい。したがって整備士は複合材でつくった部分をハンマーで叩いて回り、音によって異常がないかどうかを聞き分けなければならないほど。しかし、音だけで全て亀裂が見つかるとは限らない。航空機というよりは、昔の蒸気機関車を思わせるやり方で、本来あるまじき野蛮な検査法といえば言い過ぎだろうか。

 こうしたことから複合材はリスクが大きすぎるというので、エアバス社はA350やA380の与圧がかかる部分には複合材を使わないことにした。これに対してボーイング社は、複合材の小さな亀裂などは簡単に修理できるし、787にも問題はないと主張する。もっとも、ボーイング社内にも、余り簡単に考えるべきではないという意見も聞かれるのだが。

 複合材には、ほかにも問題がある。レーダーや無線機の発する電磁波によって、航空機の無線通信が妨害されることだ。その点、アルミ合金は自然の保護になっていた。しかし複合材の場合は金網のようなもので胴体を包まなければならない。当然、機体重量が増えて、わざわざ複合材にした理由がなくなる。

 そのうえ落雷の問題がある。世界中で年平均2回くらいは、ジェット機が雷に打たれているが、これもボーイング技術陣に課せられた問題である。

 さらに複合材の課題については、FAAの承認を取るという法規上の手続き問題がある。ボーイング社は複合材について5,000項目に及ぶ認可基準案を提出し、初飛行までには承認を取ることにしているが、FAAからはまだ何の回答もない。ボーイング社はFAAからの基本承認を今年末までに取得して原型機の製作にかかり、2007年秋に初飛行させる計画である。しかし作業工程は現在すでに30〜60日の遅れをきたしており、これではseven-eight-seven ではなくて seven-late-seven だという冗談をいう人もある。

 しかしFAAとしても、複合材の落雷や電磁波に対する課題、あるいは整備基準を新たにつくらねばならないから大変であろう。

 もうひとつの問題は、機体の半分以上が社外で製造されること。それも世界6ヶ国のメーカーが参加していて、いわば「グローバル製品」である。ボーイング自体は、これらの旗振りか調整役というべきかもしれない。世界何百ヵ所もの工場でつくった何万点もの部品が、最後はボーイング・シアトル工場に集まって一つの飛行機になるわけだが、果たしてそううまくゆくかどうか。それも機械的な問題ばかりでなく、時間的にタイミングよく合わねばならない。小さな部品の到着がちょっと遅れても、大きな機体の製造工程が狂うのである。

 さらにはメーカーが数多く広がっているため、ボーイング独自の技術上の秘密が外部へもれるかもしれない。その秘密が競争相手にでもわたれば、不利な結果を招く心配がある。無論そんあ心配をしていては、アウトソーシング技法など取れないだろうが。

 ボーイング社は昨年1,088機を受注したが、その3分の1以上が787であった。ウォール街でも、この成功ぶりを見て、ボーイング株が値上がりをしている。

 787の機体価格は1.3億ドル(約150億円)で、24年前に出来た767とほとんど同じ値段である。こうしたことから、ボーイング社は今年、エアバスを抜いて再び首位の座に返り咲けるものと張り切っている。

(西川 渉、2006.4.24)

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