<エアバス訪問>

姿を現した超巨人機A380

 以下の文章は6月なかばに書いたものである。したがって、その後のファーンボロ航空ショーで、A380は本頁でご報告した通り、エチアード航空とタイ航空から合わせて10機の注文を受けるなどの変化があり、本文に書いた受注数129機は今や139機となっている。

 実地に見た原型1号機の最終組立ても、機体部分は完成したらしく、最近、艤装のために別の場所へ移動したというニュースが伝えられた。

 
機体外観が出来上がった飛行試験用の原型1号機

  

囚人席をなくす

 この一と月の間に、欧州へ2度の往復旅行をした。一度はベルリンまで、もう一度は南仏トゥールーズまでで、それぞれ1週間前後の旅である。どちらの都市も東京からの直行便がないため、いったんドイツやフランスのハブ空港に入って、国内線に乗り換えなければならない。したがって片道15時間以上の旅行になる。

 そんな長時間の旅行で辛いのが、窮屈な機内に閉じこめられることである。とりわけ安いエコノミー席では、足を伸ばすことも体を動かすこともできない。安全ベルトで座席に縛りつけられたまま、眠るに眠れず、ただひたすら時間の過ぎるのを待つだけである。

 しかも、窓側の奥の席にすわろうものなら、手洗いに立つこともできない。隣席の人に謝りながら体を入れ違いに出るわけだが、前の席の背もたれが倒れかかっているときは、動きが取れない。前後ピッチのせまい座席配置の場合は、背もたれのリクライニング装置を取り外して貰いたいと思う。

 2度の旅行のうち1度はビジネス席だったので、さほどの苦痛はなかったが、やはり前席の背もたれが倒れていて、しかも隣席のフットレストが伸びているときは、なかなか通路へ出られない。それに、いわゆるエコノミークラス症候群が意外に多く、ビジネス席であっても長距離便から降りた人が血栓のために空港で倒れたり、命をなくしたりすることはよく知られた事実である。

 エアバス社は、こうした座席配置を昔から「プリズナーズ・シート」(囚人席)と呼んで、同社のワイドボディ機は3人掛けの窮屈な状態をなくし、自在に出入りできると主張してきた。その考え方の延長線上にあるのが超巨人機、A380といえるかもしれない。

 今回の旅では、その巨大な機体と豪華なキャビンを見せて貰ったが、こんな座席でゆったりした旅ができれば、長時間の飛行も苦にはならないであろう。早くそんな時代がこないかと思う一方、果たしてこの飛行機を買ったエアラインが余裕のある座席配置にしてくれるかどうか、逆に心配になってきた。なにしろ、標準座席数では555人乗りだが、最大では850人以上も詰め込むことができるというから、恐ろしくなってくる。安いエコノミー席でも、なんとか余裕を持たせて貰いたいと願うばかりである。

 

誕生間近いA380

 さて、トゥールーズのエアバス工場に行ってみると、A380は本当にそこにいた。竣工したばかりの、欧州随一といわれる巨大施設「ジャンラック・ラガルデール・コンプレックス」の一角に、機首を赤く塗ったグリーンの機体が、最終組立て用の治具の間から、無表情な顔をうっそりとのぞかせていた。

 すでにスパン80mの主翼も取りつけられ、左右に大きく張り出している。高さは24m。すぐそばに近寄って見ると、薄暗い中に鎮座する奈良の大仏を見上げたときのような感じだった。やがて、この巨体に魂が吹き込まれ、生き生きした表情に変わって大空に駆け上るのであろう。

 ジャンラック・ラガルデールの名前は、エアバス社の説明によると、A380計画の実現に貢献したキャプテンにちなむという。大きさは間口250m、奥行き490m、高さ46m。トゥールーズ・ブラニャック空港の一角にあって、建設計画は2001年に始まった。A380の開発決定から1年後のことである。

 実際の建設工事は2002年4月に始まり、鉄骨建設の象徴とされるエッフェル塔の4倍、32,000トン以上の鉄材が使われた。それでも未完成の部分があり、最終的には2005年に全てが出来上がる。建設費は総額3.6億ユーロ(約500億円)だそうである。

 この建物の近くにはA380の荷重試験をおこなう施設も設けられた。すでに試作機が入って、試験がはじまっている。さらにA380用の格納庫も建設中。飛行段階前の機体を一時的に格納し、内装工事や重量測定などをおこなう。完成は今年9月の予定。

 格納庫の外には駐機場が設けられる。ここでは試験飛行前の燃料搭載のほか、キャビン与圧や気象レーダーのテストがおこなわれる。当面2004年なかばまでに4機分のスポットを完成する予定。 


組立て中のA380原型機

 

将来はストレッチ型も

 A380は、エアバス社によれば、最も進歩した、最もゆったりした、最も効率的な旅客機である。2000年12月正式に開発が決まり、2006年の定期路線就航をめざして作業が進んでいる。

 その基本的な形は「ダブル・デッカー」と呼ばれる総2階建て。座席数は3クラスの標準配置で555席。航続距離は15,000kmである。この旅客機のほかに貨物専用型A380Fもあって、150トンの貨物を積み、10,400kmを飛ぶことができる。エンジンはロールスロイス・トレント900、またはジェネラル・エレクトリック(GE)とプラット・アンド・ホイットニー(P&W)との共同開発になるGP7200が4基。

 この基本型に対して、将来はストレッチ型、近距離用、長距離用などの派生型も顧客の要望に応じて開発する計画である。一口にストレッチというが、この超巨大旅客機を引き延ばせば何人乗りになるのか。大きさと乗客数を考えるとそら恐ろしい気がしてくる。

 こうしたA380は世界的に伸びつつある旅客需要に応じて、現今の航空交通の混雑を解消することになる。すなわちA380の登場によって、飛行便数を増やすことなく、旅客輸送量を増やすことができる。騒音は現用最大の旅客機よりも小さく、ロンドンのような騒音規制のきびしい空港でも充分に対応することができる。

 燃料効率も良くて、消費量は現用機よりも13%ほど少ない。その分だけ有害排気量も減少するし、航続距離は1割ほど伸びて、運航費は15〜20%ほど下がる。

 A380には材料やシステムなど、さまざまな面で最新の技術が採り入れられている。客席数は現用747の35%増だが、床面積は50%増になる。そのため座席や通路の幅も広く、長距離飛行の際は脚を伸ばしたり、機内を歩き回ったりする余裕もできる。

 コクピットは既存のエアバス機との共通性が大きい。したがってパイロットの操作要領や操縦特性も余り変わらず、現用機からA380への転換も必要最小限の訓練で可能となる。操縦系統は4重のフライ・バイ・ワイヤになっている。

A380に採用された新技術

 A380に使われている技術について、もう少し詳しく見てみよう。エアバス社は過去、長年にわたって技術開発に大きな努力を重ねてきた。2003年もエアバス社の研究開発費は18億ユーロ(約2,500億円)に達し、そのうち11億ユーロ(約1,500億円)がA380のために投じられた。

 こうした技術開発費は、いうまでもなく、航空機の飛行性能を高め、運航費を引き下げ、整備の手間を省き、乗り心地を改善するためである。結果としてエアバス機は、エアライン、パイロット、客室乗務員、そして何よりも旅客にとって好ましい航空機となり、他の競合機に対して常に優位な立場を保持してきた。

 その集積が今、A380となって結実したのである。たとえば材料、システム、エンジンなど一連の新しい技術がA380のために開発された。これらは入念な研究から生まれたものだが、充分な実証試験を経て、航空機の安全性と信頼性の向上に貢献できるという見きわめがついたところで採用されたものである。

 A380が航空機として、かつてない巨体であるにもかかわらず、重量の増加を抑え、空力的な性能を高めるため、その設計と開発には数々の技術革新が導入されている。重量の削減と空力性能の向上が意味するところは、とりもなおさずエンジンの負担を軽減し、燃料消費を減らし、大気汚染を少なくし、運航費の削減につながる。

 たとえば、A380は、現用航空機の実用経験にもとづいて、炭素繊維強化プラスティック(CFRP)を多用している。中央ウィングボックスをCFRPにしたのもその一例で、これにより通常のアルミ合金を使った場合よりも1.5トンの重量軽減になった。また垂直尾翼と方向舵をCFRPによる一体構造とし、水平尾翼や昇降舵も同じように一体化したのも、重量軽減に貢献している。

 さらに2階キャビンのフロアビームや後方の与圧隔壁もCFRPである。主翼外皮は新しい改良アルミ合金だし、前縁にも加熱プラスティックが使われている。

 このようにA380の機体構造と構成部品は、最新のカーボン複合材と改良型の金属材料が多用され、従来の材料よりもはるかに軽量にできている。そのうえ運用上の信頼性と整備性が向上し、万一故障したときの修理も容易になった。

新技術によって重量軽減

 A380の胴体上部を覆う外板には「グレア」と呼ぶ新素材が使われている。これはアルミとグラスファイバーを貼り合わせた強化材で、密度はアルミ合金よりも1割ほど少なく、重量が800kgほど軽くなると共に、疲労や損傷が少なく、火災にも強い。事実、あらかじめ亀裂を入れて試験をした結果では、数千回の飛行に相当する繰り返し荷重をかけても、亀裂はほとんど広がらなかった。

 この新素材の表面はグラスファイバーになっていて、現用アルミ・コーティングよりもはるかに腐食に強い。そのため腐食が内部に向かって浸透するのを防ぐ結果になる。グレアは製造段階では加熱接着処理をするが、修理は通常のアルミ合金と同じようにおこなうことができる。

 こうした複合材の利用について、エアバスはA310の時代から複合材構造を導入し、競争相手の10倍も多くの飛行時間を重ねてきた。具体的にはA310-300では構造重量の7.5%が複合材であった。それがA320では11%に増え、今日のA310-600は16%だし、A380は23%になる。

 ほかに重量軽減の方策としては、重心位置の移動とフライ・バイ・ワイヤの改良によって、水平安定板の面積を当初の設計よりも40uほど減らすことができた。これも重量の軽減に役立っている。

 もうひとつ、A380の重量軽減を実現した要素としては、油圧系統である。これまでの旅客機は圧力3,000psi(ポンド/平方インチ)の油圧装置を使っていたのに対し、A380のそれは5,000psiという高圧になっている。このことにより、所要の圧力を細い管で送ることが可能となる。管が細くなり、関連部品も小さくなったことで、重量は1トンほど減らすことができた。のみならず、整備性も改善される。軍用機の場合は、何年も前からこうした高圧を使っているため、決して特殊で未熟な技術というわけではない。

 以上のほか、さまざまな技術革新の結果、A380の自重は約240トンに収まった。もしも747と同様の技術を使っていれば、これよりも10〜15トンは増えたであろう。

 操縦系統は4重の独立系統から成る。このうち2系統は通常の油圧アクチュエーターを使い、あとの2系統は電気油圧アクチュエーターを使って操縦翼面を動かす。パイロットは、これら4系統のどれを使って操縦してもよい。このような4重の安全性を操縦系統に持たせた航空機は、これまで民間機にも軍用機にもなかった。

 機内の空気調節装置も2系統から成り、革新的な機構を採用して、効率を高めている。エンジンのコンプレッサーから取り出した高温高圧のブリードエアを調節し、キャビン内部に快適な温度で、与圧空気として送りこむ仕掛けである。

エンジン開発も進行中

 A380のエンジンは英ロールスロイス社と、ジェネラル・エレクトリック社およびプラット・アンド・ホイットニー社の協力チームが競争で開発を進めている。

 ロールスロイスの方はすでにトレント900エンジンをA340テストベッドに取りつけ、去る5月17日から飛行試験に入った。今年10月には型式証明を取り、来年春A380原型機に取りつけて初飛行に臨む予定。一方、GE-PWチームが開発中のGP7200は2005年7月までに型式証明を取り、11月からA380につけて飛ぶ。

 トレント900エンジンはすでに鳥衝突(バード・ストライク)の試験も終わった。25kg程度の大きな鳥がエンジンにぶつかっても、一定時間、一定推力を維持できることが確認された。

 エンジン出力は旅客用が推力31,750kg、貨物用が推力34,700kgだが、緊急時には37,000kgまでの出力が認められる予定。地上試験では、これまで最大40,000kgの出力に達しているので、実用面ではこれを低く抑え、余裕をもって運用することになる。

 また燃料消費は設計目標の1%以内に入っている。重量、騒音、排気汚染も予想通りの数値にある。たとえば重量は予定値よりも数十キロ軽い。排気汚染についても、推力あたりの汚染度は現用エンジンのどれよりも低いという結果が出ている。

 GP7200も4月からP&W社の施設で地上運転がはじまった。すでに40,000kgの推力を出している。最近は高々度を模した性能について試験がおこなわれている。

 2つめの試作エンジンもGE社で5月5日から予備試験に入った。その結果、高圧コンプレッサーの翼型を変えることになり、6月末から試験再開の予定。その後は700回の離着陸に相当する試験をおこない、分解検査をして各部の摩耗の程度などを検査する。そのうえで必要に応じて改修したのち、2005年3月150時間の耐久試験をおこなう。GP7200のボーイング747テストベッドによる飛行試験は同年9月から開始の予定である。

 GP7200エンジンは、最終的には2種類の派生型になる。ひとつはA380-800旅客機に取りつけるGP7270で推力31,750kg、もうひとつは貨物機に取りつけるGP7277で推力34,700kgである。両方ともに外観は変わらない。将来は推力37,000kgまで発揮できるようにする。

 こうした最新のエンジン技術によって、A380は燃料消費がきわめて経済的である。たとえば乗客1人を100km運ぶのに燃費は3リッターですむ。

 エンジンは環境問題にも直接影響する。けれどもA380は機体の大きな割には騒音が小さく、排気ガスも少ない。また747にくらべて、乗客が3〜5割ほど多いにもかかわらず、騒音は却って小さい。ICAOの基準はもとより、ロンドン空港のきびしい騒音基準にも充分適合できる。騒音軽減のために、地上ではエンジン4基のうち2基を停めて、2発で走ることも可能。また逆噴射もエンジン2基を使うだけで可能となる。

 A380を発注しているエアラインは、2種類のエンジンの中からどちらかを選択する。今のところGP700エンジンを選んだエアラインは4社で67機、トレント900を選んだところは4社で43機。エンジン数としては、GPが約300基、ロールスロイスが約200基というところである。

 就航初号機は、ロールスロイスがシンガポール航空、GPエンジンがエールフランスになる。

空港の受け入れ準備

 この超巨人機が乗り入れてくる場合、空港側にはどのような問題が生じるか。騒音については上に述べた通りだが、滑走路や乗降ゲートの問題など、エアバス社は10年近く前から世界60か所の主要空港当局と話し合いをしてきた。

 結論としては、現用大型機が飛んでいるところでは、ほとんど施設を変更する必要がなくなった。たとえば滑走路は、主翼が大きくエンジン性能が良いために、離着陸に要する滑走距離は現用大型機よりも短くてすむので延長の必要はない。

 またA380の降着装置は20個の車輪から成っていて、現用旅客機以上に大きな衝撃を滑走路面に与えるものではない。これはエアバス社が1998年から進めてきた研究の結果で、今年初めに完了した6年間の実験で確認された。したがってA380を受け入れる空港は、滑走路や誘導路の舗装を厚くしたり強化したりする必要はないということになった。

 なおA380のコクピットは機体の中心線上にあって、左右がよく見える。加えて垂直尾翼の上と胴体下面にモニターカメラを取りつけるので、誘導路でも正確な走行ができる。

 旅客の乗降は今のところ、主デッキの2か所のドアを使うことになっている。2階席の乗客も幅の広い階段で迅速に上がり降りができるので、乗降時間もそんなにかからない。今の大型機とほぼ同様である。

 というわけで、空港としては特別な経費をかける必要はないというのがエアバス社の結論である。逆に、もしもA380がないままで今後の旅客需要増に対応するには、飛行便数を増やさなければならず、新しい滑走路やターミナルビル、場合によっては空港の新設までしなければならない。そのためには莫大な資金が必要になるし、空港の新設などは大都市周辺でそんなに簡単にできるわけがない。しかも空域はますます混雑し、騒音や排気ガスによる環境問題が増大する、というのがエアバス社の主張である。

 かくて現在、世界中の多くの空港が、成田を含めて、A380の乗り入れを受け入れる方向で準備を進めている。

 こうしてA380は順調に開発作業が進み、就航準備が進んでいる。目下組立中の飛行試験用1号機は2005年初めに初飛行し、2006年夏には量産1号機が定期路線に就航する。就航第1便はシンガポール航空が飛ばす計画である。

 最近までの受注数は、エアラインなど11社から129機。エアバス社によれば、今年中にはもう1社増える見込みという。本誌の出る頃には、その発表があるかもしれない。そして将来、400席以上の巨人機は今後20年間で、貨物機を含めて約1,500機の需要があると見ている。

受注が伸びるA330/A340

 A380が象徴するように、エアバス社は今、かつてない好調の時期を迎えている。昨2003年はついに、民間旅客機の受注数と引渡し数がボーイング社を上回った。

 受注数は284機で、ボーイングの240機を大きく引き離した。これで2001年以来、連続3年にわたってボーイングをしのいだことになる。引渡し数は305機で、やはりボーイングの281機を上回った。引渡し数がボーイングにまさったのは、これが初めてである。この305機は前年の引渡し数303機をわずかながら上回る。それに対してボーイングの281機は前年の381機から100機減という結果であった。

 その結果、世界的不況の航空界にあって、エアバス社の昨年の売上高は192億ユーロ(約2.6兆円)に達し、32億ユーロ(約4,400億円)の利益をあげることができた。

 エアバス社は今年も昨年同様、受注数でも引渡し数でもボーイングに勝てると確信している。

 エアバス社が生産中の旅客機はA300/A310、A330/A340、A320ファミリーである。それにA380を加えると全12機種となる。この12機種の最近までの受注数は総計4,918機。間もなく5千機である。そして引渡し数は3,535機となった。

 このうちA330/A340ファミリーは標準座席数250〜380人乗りの中・大型機。A330は双発、A340は4発の長距離機である。いずれも通路2列のワイドボディ機で、今や標準的なエアバス機となっている。

 対抗馬はボーイング767と777だが、A330/A340はフライ・バイ・ワイヤを採用し、構造やシステムに新しい技術を使い、複合材の利用比率も777の2倍に達する。高バイパス・エンジンも新しく、777よりも進歩しているというのがエアバス社の主張である。

 さらに、ボーイング社がこのほど開発着手を決めた7E7は、A330-200の「表面的なイミテーション」とまで言い切る。しかも7E7の標榜する経済性についても、シートマイル・コストなどはエアバス機より高いと計算している。また引渡し開始は、A380より2年遅れの2008年で、それだけでも遅れているではないか、と。

 最近では中国がA330-300を20機発注したと伝えられた。これでA330/A340ファミリーの総受注数は約820機になった。

注目される小型エアバス機

 もうひとつのA320ファミリーは、ボーイング737との競争を続けながら、これもよく売れている。

 最も新しい注文はアメリカの格安航空ジェットブルーからの追加30機。同航空はニューヨークのケネディおよびラガーディア空港を中心にフロリダその他の地域へ、現在60機のA320を運航している。その最初の注文は1999年であった。以来わずか5年でA320への発注数は合計173機となった。同時にジェットブルーは、エアバス社にとって4番目に大きな顧客となった。ルフトハンザ航空(196機)、ユナイテッド航空(195機)、ノースウェスト航空(194機)に次ぐものである。ジェットブルー向け全機の引渡しが終わるのは2011年という。

 A320ファミリーはA320(標準150席)を中心に、小さい方からA318(107席)、A319(124席)、A321(185席)の4機種から成る。このうち最も早く就航したのはA320で、1988年だった。以後、昨年夏デンバーのフロンティア航空に就航したA318まで発展し、すぐれた経済性をもって737と対抗しながら、最近では格安エアラインからの人気が高い。

 その経済性に関しては燃料消費が少なく、整備の手間がかからないなどの特徴が見られる。また単通路機としはキャビン幅が広くて乗り心地が良いため乗客の評判も高い。そしてフライ・バイ・ワイヤなど最新の技術を採り入れ、出発信頼性は競合機のどれよりも高い実績を示している。

 さらに柔軟な運用が可能で、ヨーロッパの近距離路線でも、米国への大西洋横断路線でも使うことができる。もちろん、ファミリーの中であればコクピットが共通のため、パイロットは拡張訓練をすることなく、自在に乗り換えて操縦することができる。整備技術の共通性はいうまでもない。

 そのうえ床下貨物室が広く、旅客と同時に貨物輸送でも利益を上げることができる。

 エンジンは4機種ともCFM56が2基。ほかにA318以外はIAE V2500エンジンの選択装備も可能。A318はPW6000を選択することもできる。

 というので、ヴァージン・アメリカ社も最近33機のA320ファミリーを発注した。同航空はこれから米国内で新たな格安航空事業を展開することになっている。

 A320は、来年中には生産ペースを今の2割増しとする計画である。

めざすはさらに遠くの未来

 さて今回、南フランスのエアバス本社を訪れて、その説明の中で最も強調されたのは「技術」であった。A380という、これだけの巨大な旅客機を創り上げるのだから当然のことではあるが、人智を尽くした最新の技術がこのプロジェクトに投入されたことは間違いない。

 航空というものは、長期にわたる研究開発を必要とする。新しい航空機の開発についても、多くの場合、計画から実用化まで20年を要する。商用機ならば現状にまさる安全性、快適性、経済性、飛行性能をもたなければならないためで、それには技術的な解明と確立が必要だからである。

 その結果、いまトゥールーズの巨大工場の中で、未曾有の巨人機が最後の仕上げに入っている。同時にまた、エアバス社はA380の次のことを考え始めている。それは、さらにすぐれた技術革新によって、もっと安く、もっと快適で、もっと環境にやさしく、もっと速い次世代機の実現である。

 具体的には、エアバス社内で「テクプラン20」というプログラムが進んでいる。これは2020年を目標とする研究計画で、その時点での旅客機は乗客にとっていっそう快適な旅が可能となり、旅行経費は平均して今の3割減でなければならない。環境問題に関しては、騒音が5割減、2酸化炭素による大気汚染の程度は5割減、酸化窒素が8割減でなければならない。

 そして事故率は半減。出発信頼性も、航空界全体の年間飛行便数が1,600万便として、15分以上の遅延が1%以下という目標である。

 そうした旅客機の実現のために、エアバス社は関係4か国はもとより、その他の国々とも協力体制を組み、各国の大学や研究機関とも緊密な連携を取って技術的な研究をすすめる。その中で新たな発見があれば、独自の利用はもとより、既存技術との組合せも勘案し、ときには大胆な飛躍も試みながら、実用的な研究開発へ向かう。そして実用化の目途が立てば、実際の航空機に応用する、といった手順が想定されている。

 その結果、将来の旅客機は高速でペイロードが大きく、低コストで環境への影響が少ないという4つの要素が今以上に充足したものとなる。もちろん全てが完全というわけにはいかないが、時代の要請と需要に合わせて、各要素の重点の置き方を変えて開発することになる。

 たとえば経済性を重視してさらに大型化するか、環境問題を重視して騒音と排気の少ない効率的なエンジン開発に重点を置くか、胴体と翼を一体化してキャビンを広げたウィングボディ機とするか、高速性能を重視して第3世代の超音速機とするか、などの選択肢がある。

 その中でエアバス技術陣は、胴体をデルタ翼の中に埋め込んだような「ウィングボディ」機の可能性が大きいと見ている。このような形状にすればキャビンが広くなり、抵抗が少なくなって環境保護に都合が良く、飛行性能も向上するというのである。

 実際は無論、研究段階に過ぎない。まだ何も決まったわけではない。しかしエアバス社の技術は早くも、A380を超えた未来へ向かって新たな歩みを始めつつある。  


どうなる? 次世代旅客機

(西川 渉、『航空情報』2004年8月号掲載)

【参考頁】

   エアバス対ボーイング(6) (2004.8.1) 
   エアバス対ボーイング(5) (2004.7.29) 
   エアバス対ボーイング(4) (2004.7.26) 
   エアバス対ボーイング(3) (2004.7.22) 
   エアバス対ボーイング(2) (2004.7.17) 
   A380超巨人機の疲労試験 (2004.7.7) 
   ベルリン航空ショーで見たエアバス機 (2004.6.24) 
   いよいよ姿を現したA380 (2004.6.7) 

(表紙へ戻る)