<パリの空の下>

激論火を噴く

 エアバスとボーイングの受注競争は、パリ航空ショーの3日目もつづいた。ボーイングから「A380の売れゆき失速」といわれたばかりだが、それに反撃するかのように、突如エアバス社はキングフィッシャー印度航空からA380、A350-800、A330-200の各機について5機ずつの注文を受けたと発表した。キングフィッシャーは今年春から運航を開始したインドのエアラインで、これまでにもA320を10機とA319を3機発注している。

 同航空の親会社はインドのビール醸造会社である。オーナーはインドの大金持ちで、記者会見には巨大な黄金の腕時計とダイヤモンドの耳飾りをつけて現れたとか。

 その子会社としてキングフィッシャーはインド国内線から欧州線へ事業を拡大しつつあり、A380とA350はさらに長距離のアメリカ線に使用する。引渡し時期はA380が2010年、A350が2012年の予定。

 キングフィッシャーにつづいて、GE傘下のリース会社GECASも、10機のA350を発注した。GECASは2日前に737NG新世代機を20機発注したばかりである。

 これでA350の受注数は総計117機となった。

 さて、これからは世界の航空路線からハブ・アンド・スポーク・システムがなくなってゆく。したがってA380のような大型機がそんなに売れるわけはないというボーイング社との論争は、A380開発の前から続いてきた。今もまだ決着はついていないが、エアバス社は今後なおハブ・システムは存続するし、それゆえにA380のような大型機も必要という考え方である。

 むろん多くの地点を直接結ぶポイント・トゥ・ポイント路線も増えてはゆくだろうが、大型機の需要も向こう10年間で1,250機程度はあるというのが、ショー会場での説明。

 たとえば過去32年間の3,600kmを超える長距離路線の供給座席数を見ると、ハブとハブを結ぶ路線では伸びているが、ポイントとポイントを結ぶ路線の座席数はほとんど伸びていない。ということは多くの航空会社が、やはりハブを中核としながら路線ネットワークを組み立てているからではないか。

 その上で、ハブを中心とする地方空港への近・中距離路線も急速に延びてはゆくだろうが、10年後の2014年でもまだハブからハブへの交通量の方が3倍ほど大きい。したがって大型機が必要になるし、特にこの傾向は東北アジアで顕著である。それゆえA380は、6割以上がアジア太平洋地域の航空会社に売れるだろう。

 こうしたハブ・アンド・スポーク・システムは、旅客便以上に貨物輸送に適しており、コスト節減効果と相まって、いっそう大型機を使う傾向になる。世界の航空貨物を輸送している航空会社の上位10社を見ると、そのうち6社がA380貨物機を発注していることでも分かるであろう。

 だが、この半年間、ボーイング787が中型長距離機として活発に注文を取ってきたのも事実である。ボーイング社としては、この上げ潮に乗って、A350への攻勢をますます強めつつある。

 パリ航空ショーの会場では、こんな論議も聞かれた。それはA350の輸送能力をめぐる問題で、エアバス社はA350-800の場合3クラスの標準座席数253席で航続16,300km、A350-900は300席で13,890kmとしている。したがって-800は787-8にくらべて座席数が30人分多く、航続距離も555km長い。また-900は787-9にくらべて35人多くの人をのせて920km遠くまで飛ぶことができる。

 さらに区間距離7,400kmの路線を飛ぶときの燃料消費は、787-8がA350-800よりも4%多く、787-9はA350-900よりも7%多い。これらの数字を整理すると次表のようになる。

エアバス社の主張するA350と787との差異

   

A350-800(対787-8)

A350-900(対787-9)

標準座席数

253席(+30席)

300席(+35席)

航続距離

16,300km(+555km)

13,890km(+920km)

燃料消費

7,400km区間(−4%)

7,400km区間(−7%)

 こうしたエアバス社の発表に対し、ボーイング社は紙の上だけの非現実的な数字と反発する。たとえばA350-800の客席設置が可能な床面積は787-8よりもむしろ狭い。にもかかわらず、どうして20席も多くの座席配置が可能なのか。「これは座席距離あたりの経済性を高く見せるための誤魔化しだ」というのがボーイング社の攻撃。

 実際は、A350-800の1席あたりの燃料消費は、787-8よりも4%多い。また787の座席配置を左右9列(3-3-3)にすれば、A350の燃費は7%高くなる。さらにA350-900も座席数によって、1席あたりの燃費は787-9より4〜10%多くなる、というのである。

 こうした激しい論争の背景にあるのは、政府の補助金をめぐる裁判沙汰であろう。両メーカーともにWTO(世界貿易機関)に提訴し、これから論議がはじまる。そこまで踏みこむと話がややこしくなるので、ここでは触れないことにするが、その前哨戦がパリ航空ショーでの論議といえるかもしれない。

 そこで、もう一度エアバス社の言い分に戻ると、われわれはボーイングに打ち勝つことをめざして事業を展開してきた。けれども「ひとり勝ちの覇権をめざしているわけではない」。何故なら「顧客がそれを望んでいないからだ」。健全な競争があってこそ、顧客もまた望ましい機材を手に入れることができる、というのである。

 大型旅客機のメーカーが今のように、実質2社だけであるとすれば、まずは50%のシェアを目標とするのが、健全な行き方であろう。

 昨年はボーイングと合わせて642機を受注した。そのうち370機がエアバスの受注で、シェアとしては57.2%だった。ということは、健全な競争という観点からすれば、一方に片寄ることは必ずしも喜ばしいとばかりは言えない。

 。確かに、今年に入ってから航空ショー直前までの受注数は、ボーイング機の方が多かった。「割合にすれば58対42といったところであろう。とりわけ4月、エアカナダとノースウェスト航空がA350を取らずに787を選んだのは痛かった。それにしても、ボーイングははしゃぎ過ぎだね」と、エアバスは冷静を装う。「われわれは過去4年間、ボーイングをリードしてきた。ここらで一と息入れるべきかもしれない」

 それに数年前、エアバスの受注数がボーイングを超えたとき「彼らは何と言ったか。問題は受注数ではなくて、実質的な売り上げに結びつく生産数だ、と。その言葉を忘れたのか」とエアバスの首脳はやり返す。当時、ボーイングの製造機数は、55対45でエアバスを上回っていた。

 しかし今年、エアバス社の生産計画は350〜360機である。昨年の320機に対して相当に増えることになる。一方、ボーイング社は今年も昨年同様320機の計画である。

 エアバス社の販売担当役員は言う。「今このショー会場でキングフィッシャー印度航空からA380とA350の両新機種について注文が取れたのは、エアバスにとって大きな快挙だった。これで4月の仇を討ったことになる」と。

 エアバス社はA350について、今年末までに200機の受注をめざしている。

(西川 渉、2005.6.17)

【関連頁】

   受注競争と論評合戦(2005.6.16) 
   エアバスA380とA350(2005.6.15) 
   ボーイング体勢挽回へ(2005.6.14) 
   切り結ぶ両雄(2005.6.10) 
   エアバスA350に初の注文(2004.12.23) 
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