<A380問題>

エアバス立ち往生

 エアバス社は先週、A380の引渡しと就航に関する一連の日程が、予定よりも7ヶ月ほど遅れると発表した。その結果、親会社EADSの株価が大きく下落したのはまだしも、発表前に持株を売却した役員がいるという新たなインサイダー取引問題が発生した。

 こうした事態を、英「エコノミスト」誌(2006年6月15日号)は「エアバス滑走路上で立ち往生」と表現している。超巨人旅客機A380はエアバス社に大きな成功をもたらし、企業として次の高みへ引き上げるものと期待されていた。しかるに現実は、今の立場をも危うくするような事態を惹起する結果になったというのである。

 スキャンダルのもようは、別途「小言航兵衛」の言い分をご覧いただくとして、ここではスキャンダル以外の影響を見ておきたい。

 遅延の理由は、電気系統の配線の遅れというのがエアバス社の説明である。それも客室の娯楽設備の配線らしい。客席のそれぞれに送るテレビやラジオの配線で、たしかに550〜800席もあって、総延長500キロにも及ぶ。しかも複雑をきわめているから、ちょっとやりくりして作業期間を短縮するというようなわけにはゆかないであろう。

 しかし配線の問題を除くと、A380の開発は順調に進んでいて、航空機として素晴らしい飛行ぶりだそうである。2005年4月27日の初飛行以来すでに5機が飛んでおり、最近までの試験飛行は合わせて430回、1,400時間に及ぶ。

 さまざまな試験も期待以上の結果で、飛行性能はもとより、操縦性についてもエアラインのパイロットによる試乗の結果、多くの人が満足の意を表している。今ここで設計を見直したり、工程を手直しするような必要はどこにもない。今年末には型式証明が取得できる見こみという。

 しかし、問題は地上の量産体制である。これが整わないために、量産機の引渡し日程が大幅に狂ってきた。実は、シンガポール航空への1号機は、去る5月に引渡されていなければならなかったはず。それが7ヶ月遅れの今年12月に延び、したがって当初の目標――年内の定期路線就航は不可能ということになってしまった。

 そのうえ来年の引渡し数も9機にとどまるというのがエアバス社の見込みである。とすれば最初の5機がシンガポール航空、その後4機がエミレーツ航空、2機がカンタス航空へ引渡される予定だったので、エミレーツ向けの1号機は2007年9月、カンタス航空向けは2008年初めということになってしまう。

 エアバス社の当初の量産計画では2006年中に2機、2007年に20〜25機、2008年35機、2009年45機ということだった。しかし、どの年も引渡し数が減って、2009年になっても40機程度にとどまるという。これはエアバス社の工場が生産能力の限界に達しているためらしい。幸か不幸かエアバス社は昨年、史上最多の注文を獲得した。そのため工場が手一杯になってしまったのだ。

 こうしたことから、仮に今どこかのエアラインがA380を発注しても、引渡しを受けるまでには少なくとも6年間は待たねばならないという。そのことがまた、A380への発注を躊躇させることにもなっているらしい。そこでエアバス社に突きつけられた第1の課題は、工場の増産体制を如何にして整えるかということである。

 第2の課題は、A380を発注しているエアラインとの調整である。A380の顧客は今のところ16社、発注数は合わせて159機。この受注数はかなり前から同じところに止まっていて、しかも採算分岐点に対して遙かに低い数字という。そのうえ今回の遅れによって採算点はいっそう高くなると見られる。つまり計画以上に多くの注文を取らなければ、A380の開発費が回収できないのである。

 一方、エアラインの方は、いずれも怒りの声を上げている。シンガポール航空などは腹立ちまぎれかどうかは知らぬが、遅延発表の翌日、ボーイング787-9を20機発注して、エアバスに衝撃を与えた。

 今のところはまだ、シンガポールもどこのエアラインもキャンセルを申し入れたところはない。けれども、エアバスに対し損害賠償を求める構えを示すところが出てきた。それが満足のゆく決着を見なければ、注文取り消しに発展するかもしれない。

 あるいは引渡しの遅れる期間、別の機体をリースする必要があるというので、そのリース料金をエアバス社が負担するよう要求しているところもあるらしい。

 ちなみに、A380を発注している16社のうち、発注数の多いエアラインはエミレーツ航空が43機、ルフトハンザ15機、カンタス航空12機、シンガポール航空10機、エールフランス10機となっている。

 このうちシンガポール、エミレーツ、カンタスはおそらく、就航の遅れる分エアバス社に損害賠償を要求するだろうと見られている。またマレーシア航空は6機の発注を見直すかもしれないと伝えられる。

 エアバス社の方は、遅れに伴う責任はすべて負うと語っているが、果たしてどうなるだろうか。

 第3の課題は、上述のインサイダー取引といわれる疑惑をどのように晴らすか。

 渦中のフォルジャーEADS副社長は、自分が株を売った時期は「不幸な偶然」と弁明している。売却したのは開発日程の遅れが分かる前だったというのだ。しかしエアバス社の従業員組合は、3月の頃からすでにA380の作業工程が遅れることは分かっていたはずと、内部告発のようなことにもなってきた。

 こうした一連の動きは、ヨーロッパ科学技術の結晶ともいわれるA380のイメージを傷つけ、イメージばかりでなく実質的にその将来を危ういものにしつつある。さらにエアバスの立場も弱くなった。

 競争相手ボーイングの高笑いは、いっそう大きくなるであろう。

(西川 渉、2006.6.20)

【関連頁】

  A380とインサイダー取引(2006.6.18)
  A350からA370へ変身か(2006.6.12)
  A350の設計変更具体化(2006.4.24)
  天馬空をゆくか(2006.4.24)
  A350設計見直しへ(2006.4.19)
  どうするA350(2006.4.12)
  A350の設計見直しか(2006.3.31)
  ボーイングの鼻息(2006.3.30)
  787ストレッチ型の開発決断(2006.3.29)
  ストレッチ型787の開発へ(2006.1.11) 

表紙へ戻る