<ボーイング対エアバス>

順風と逆風の1年

 

 12月22日付けの米シアトル・タイムズ紙が、今年のボーイング受注数は1,000機を超えるかもしれないと報じている。12月20日の時点では、キャンセル分を差し引いて904機だった。その後10日間で1,000機になるかどうか疑問だが、目下エアライン2社との受注交渉が進んでいる。ひとつはエア・ベルリンとの交渉で60機の737を受注できるかもしれない。もうひとつは大韓航空が737、747、777を合わせて25機発注するらしい。これらの交渉が年内にまとまり、さらに何機かの受注が加われば、昨年を上回る可能性があるという。

 対するエアバスは今年の受注数が694機にとどまった。しかし、来年再び盛り返す可能性もあるというのが、ボーイングの警戒観である。A380の量産遅れによってつまづいたエアバスだが、ボーイングも1990年代末、同じような経験をしている。その苦難に耐えて、却って体質が強化されたことを思えば、エアバスも同じように強くなって戻ってくるだろうと見てもおかしくない。

 そのうえボーイングの方も楽をしているわけではない。787の開発もぎりぎり一杯のスケジュールで進んでいる。今のところは作業も順調だが、ちょっとでも手順が狂えばA380と同じような問題が起こりかねない。ボーイングも薄氷を踏む思いなのだ。その薄氷の日程は、原型1号機が来年4月からエバレット工場で最終組立てに着手、6月末にロールアウト、8月末に初飛行、わずか1年後の2008年に就航という忙しさで、その量産初号機は2008年5月に全日空が受領することになっている。

 こうした787製造のために、ボーイングは来年従業員を増やす予定である。とはいえ今年すでに6,000人を増やして、現在員は68,000人になった。それに787の製造は、元々手間がかからぬように設計されている。したがって人数を増やすといっても、何千人のオーダーではなくて、何百人ということになるもよう。

 ボーイングのこの1年間の受注状況は、737が619機という記録的な注文を受けた。また747も、最新の発達型旅客機747-8Iインターコンチネンタルがルフトハンザ航空から20機の注文を受けて本格的な開発に踏み切った。747-8は1年前の2005年11月に開発がはじまったもので、これまでは貨物機ばかり53機を受注していた。旅客型の受注は、これが初めてで、ルフトハンザへは2010〜13年の間に引渡される。


747-8Iインターコンチネンタル

 一方、エアバス社にとって今年は苦難の年だった。6月に公表されたA380の引渡し遅延が引き金となって、さまざまな問題が噴出してきた。このため7月になってエアバスCEOのグスタフ・ハムベルトとEADSのノエル・フォルジャーが辞任。外部からクリスチャン・ストレイフが新しいCEOとして就任した。ところが3ヵ月余りで辞めることになった。

 新社長の建て直し案について、フランスとドイツの両方から注文がつき、圧力がかかって、これじゃあやってられないということだったらしい。良くも悪くも、エアバス社は政治的な背景をもった国際組織である。しかもドイツとフランスという全く気質の異なった2ヵ国が中心で、そのためかどうか内部的には、ぎくしゃくしたところがあるらしい。

 いわば、親離れのできない虚弱体質である。にもかかわらず、A380やA350といった巨大プロジェクトを進めてきた。それが重すぎて健康を損なったのではないか。回復には時間がかかるだろう。ボーイングも1997年の苦難から脱出できたのは2004年だったから、エアバスも完全回復までには5〜7年ほどかかるという見方が多い。 その再建の前には、一度、身体を縮めなければならない。つまり欧州各地に散在する工場の閉鎖や従業員の解雇を進める必要があり、2007年はむずかしい年になるだろう。

 しかし、この年末にきて、シンガポール航空とカンタス航空が合わせて17機のA380を発注した。かねて予約していた分を確定発注に切り換えたものである。A380量産機は、初号機が来年10月シンガポール航空へ引渡される。

 こうしたリストラの一方で、A350XWBの開発も進めなければならない。同機の最終的な開発決定は、この12月であった。したがって具体的、本格的な作業は2007年から始まるわけで、先ずは注文を集めなければならない。旧A350は140機の注文を受けていたが、改めて受注交渉をしなければなるまい。その実用化は早くても6年、実際はもっとかかるのではないかともいわれ、2013年頃の引渡し開始とすれば、787の5年遅れになるわけで、大きなハンディを背負って交渉することになろう。

 それにA350XWBの開発資金をどうするかという問題もある。総額150億ドル(約1.8兆円)の開発費は、到底エアバスや親会社EADSだけでまかない切れるものではない。政府に頼れるものかどうか、米側も政府の融資を受けるならば世界貿易機関(WTO)に訴える構えを見せているので、米欧間の新たな火種になるかもしれない。

(西川 渉、2006.12.29)

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