<ファーンボロ2006>
エアバス会見 警察の初動捜査の失敗、病院の医療ミス、企業の欠陥製品など、何らかの不祥事が明るみに出ると、関係機関のトップたちがテレビカメラの前に並んで「お詫びします」と言いながら、そろって頭を下げる。そんな光景は、日本ではしばしば見られるところである。
しかし外国ではどうだろう。ファーンボロ航空ショーの初日冒頭に行なわれたエアバス社の記者会見でも、ひょっとして同じような光景が見られるかと思った人がいたかどうか。会見室の中は定刻のかなり前から大勢の記者団が押しかけ、テレビ・カメラの砲列が敷かれて、大変な熱気に包まれていた。
いうまでもなく、A380の引渡しスケジュールの半年以上の遅れ、それに伴って親会社のトップが自社株を事前に売却するというインサイダー取引きの疑惑、A350の設計見直し、受注数の半減など、エアバスとしては数々の問題をかかえてのショー開幕であった。
私は、日本人の典型として内心、エアバスの幹部たちが暗い顔をして演壇に並び、頭の一つも下げるのではないかと思わないでもなかった。ところが、そこに現れた経営陣は、無論ニコニコ顔ではないにしても、ごく平然として壇上に並び、緊張の面持ちは見せながらも、自分たちの信ずるところを披瀝し、事業の将来について語ったのである。私は、安堵と驚きと拍子抜けが入り混じったような複雑な気持ちになった。
考えてみれば第2次世界大戦に敗れたとき、日本は「1億総懺悔」に落ちこんで、すっかり潮垂れてしまった。その後遺症から今も脱け出せず、近隣諸国に無用の謝罪を続けるほどである。しかるに同じ敗戦国ドイツは、あの戦争はヒットラーとナチス政権の仕業であって、自分たちには責任がないと割り切ってしまった。全く同じような気分を、私はこのエアバス社の会見にも感じた。
どちらが良いとか悪いとかいうのではないが、事実として農耕民族と狩猟民族の違いから、女々しさと雄々しさが生じているようにも思う。狩猟民族としては、いつまでもメソメソしていたのでは生きてゆけない。早く起ち上がって次の獲物を追わねばならないのだ。
余談ながら、航空工業界を見ても、戦前は世界の航空技術の最先端を進んでいた日本が、いまだに戦後7年間の空白のゆえをもって世界の下請けに甘んじているのに対し、同じく戦後7年間の航空活動を禁じられたドイツが、フランスとの共同作業とはいえ、今や世界最大の旅客機を開発するに至ったのも、同じ心の持ちようであり、同じ結果といえよう。
こうして、注目のエアバス記者会見は、就任したばかりの社長が「エアバスは今、深刻な危機のさなかにある。そこから脱け出すには、顧客と株主の信頼を取り戻すこと。それにはエアバスみずからも確固たる信念を持つ必要がある」という所信を表明し、担当役員が新しいA350XWBの開発計画を披露した。記者団も新しい話題に目を奪われたか、インサイダー取引などの質問をする者は誰もいなかった。
エアバス社のクリスチャン・ストライフ新社長の記者会見では、エアバス社が新たに公表したA350XWB(エキストラ・ワイドボディ)とはどんな旅客機だろうか。
これまでのA350計画は、羊頭狗肉といわんばかりの非難を浴びせかけられた。A350という新しい呼称を持つものの、実態は現用A330にちょっと手を加えただけではないかというのである。
それに対して、A350XWBは胴体直径が30cm大きくなり、主翼が新しくなって、エンジンも新しい。これこそはエアバスのいう新生旅客機である。就航は2012年なかばの予定。根本から出直すために予想よりも2年ほど遅くなる。
派生型は3種類。基本となるA350-800は270席、それより大きいA350-900は314席、A350-1000は350席である。航続距離は、いずれも15,700km。最初に出来上がるのはA350-900で、2011年なかばに初飛行し、12年なかばに就航。続いてA350-800が2013年初め、A350-1000が14年初めに就航する。
A350XWBの新しい特徴を説明するスライド競争相手はボーイング787ばかりでなく、777の領域にも踏みこむ。たとえばA350-900は、1席あたりの燃料費が787-9よりも7%良くなり、777-200ERより3割ほど良い。そしてキャビン幅も窓も787より大きい。座席配置は左右8〜9列。与圧は高度1,800mに相当し、湿度は20%で、快適な居住空間をつくるという。
エンジンは推力34〜43トン級のロールスロイスが2基。燃料効率は787より2%良く、整備費は5%低い。主翼は後退角が旧計画より3°増の33°まで深くなり、巡航速度はマッハ0.85に達する。
ペイロード航続性能は、A350-800が乗客270人乗りで航続15,700kmだが、787-8は242人乗りで14,600kmしかない。またA350-900は314人をのせて15,700kmを飛ぶが、この乗客数は787-9よりも34人多い。またA350-1000は365人乗りの777-300ERに対して乗客数が15人少ないが、航続距離は1,300km長いというのがエアバス社の主張。
ほかにエアバス社は超長航続のA350-900Rと貨物機としてのA350-900Fの開発も計画している。
ボーイング機との比較こうしたA350XWBの設計を、エアバス社は今後100日間で固め、10月初めにも正式に開発着手の予定。技術陣は夏休み返上の作業をつづけることになる。
それにしてもA350に対するエアラインからの不満が聞かれるようになって、まだ3〜4月しかたっていない。このわずかな間に、よくまあここまでまとめ上げることができたものだが、それだけに一方では絵に描いた餅に終わる心配もありはせぬか。
エアバス社が早く立ち直って、再び三度びボーイングとの横綱相撲を見せて貰いたいと願うばかりである。
(西川 渉、2006.7.28)
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