<ヘリヴィア>

クレーン・ヘリコプター

(ヘリヴィア=ヘリコプタ+トリヴィア)

 ヘリコプターの吊り上げ作業は、ヘリコプター固有の機能を最もうまく発揮したものということができよう。山岳地の建設現場における重量物の吊り上げ運搬にはじまり、海や山の遭難救助など、いずれもきわめて有効な能力である。

 この吊り上げ装置は、基本的には主ローターの直下または重心位置に近いところに取りつけたカーゴフックである。これで重量物をひっかけて吊り上げる。また遭難者の救助はキャビンドアの上に張り出すように取りつけたホイスト――すなわちウィンチによって救助隊員を吊り降ろしたり、遭難者を吊り上げたりする。いずれもヘリコプターのホバリング能力との組み合わせによって可能となる。

 この吊り上げ輸送能力を最大限に生かしたのがシコルスキーS-64スカイクレーンであった。単にフックによる吊り上げばかりでなく、キャビン部分の取り外しが可能で、その分だけ機体が軽くなり、吊り上げ重量が増加するというアイディアである。

 S-64の前身はS-60フライング・クレーンだが、キャビン着脱のアイディアはなかった。背骨に相当する巨大なブームの先端に2人乗りのコクピット、左右にR-2800ピストン・エンジン、その上にローターがついていた。この実験機は1959年3月25日に初飛行、6トンの吊り上げ能力を示した。

 S-64は、S-60の2年間にわたる実証実験の結果にもとづいて開発された。エンジンはターボシャフト(4,050shp)が2基。兵員68人の搭載が可能なキャビン・ポッドを取りつけ、これを戦場で外して野戦病院の手術室にすることもできた。吊り上げ能力は9トン。初飛行は1962年5月9日である。

 S-64は米陸軍向けに96機が生産され、ベトナム戦争では撃墜された味方航空機の回収にあたり、合わせて380機の機体を戦場から引き揚げた。また1971年には11,000mの高度記録をつくり、2トンの貨物を積んで高度9,600m、15トンの貨物で3,300mまで上昇した。

 現在では民間機としても使われ、1992年に米エリクソン社がシコルスキー社から製造権を譲り受け、機体の改良や不具合の改修、アビオニクスの新設、特殊装備品の開発など、本来のメーカーと同じ役割を果たしている。


シコルスキーS-64スカイクレーン

ミルMi-6とMi-10

 ソ連のMi-6はクレーン機ではないが、ペイロード20トンの搭載能力と最大300q/hの速度性能を持つ大型ヘリコプターである。先に述べたカモフKa-26を見に行ったとき、シェレメチェボ空港で乗せて貰った。離陸してしばらくするとコクピットに案内され、「ほら、速度計をよく見てくれ」という。たしかに針は当時としては驚異的な300q/h近くを指していた。

 このMi-6を基本として開発されたのがミルMi-10クレーン・ヘリコプターである。Mi-6の胴体を細長くして、4本の背の高い脚を取りつけ、脚の間に重量物を吊り下げる。ペイロードはおよそ15トン。細長いキャビンには50人ほどの乗客も乗せられるという。


ミルMi-10クレーン機

HLHヘビーリフト

 Mi-10と似たような考え方のクレーン機が米陸軍のHLHヘビーリフト・ヘリコプターであった。ソ連機をしのぐ22トンのペイロードを狙い、ボーイング・バートル社がXCH-62の呼称でチヌークを基本として試作した。

 総重量60トンの同機はアリソンT701ターボシャフト・エンジン(8,000shp)3基を装備するタンデム・ローター・ヘリコプターで、コクピットは4人乗り。うち1人は後向きにすわって吊り下げ貨物のコントロールをする。また細長い胴体部分には兵員12人を乗せられる。

 胴体後方の短固定翼には燃料タンクが収まると共に、高さ5.5mの脚が左右に股を広げたようについていた。この2本の主脚とコクピット下の前輪との間に大型貨物を吊り下げる仕組みである。

 HLHは試作1号機がほぼ完成し、1975年に初飛行の予定だったが、74年に計画中止となる。試作途中の機体は、しばらくフォトラッカーの米陸軍航空博物館に展示されていたが、2005年に廃棄された。


残念な結果に終わったHLHヘビーリフト

(西川 渉、『ヘリワールド2016』掲載に加筆、2016.11.8)

【関連頁】

  <ヘリヴィア―12>旅客輸送と要人輸送(2016.11.6)
  <ヘリヴィア―11>日本のヘリコプター・メーカー(2016.9.1)
  <ヘリヴィア―10>メーカーの歩み(2)(2016.8.31)
  <ヘリヴィア―9>メーカーの歩み(2016.8.5)
  <ヘリヴィア―8>戦争とヘリコプター(2016.7.9)
  <ヘリヴィア―7>同軸反転機とタンデム機(2016.6.11)
  <ヘリヴィア―6>ベル・ヘリコプター(2016.6.7)
  <ヘリヴィア―5>ヘリコプターの父(2016.6.4)
  <ヘリヴィア―4>近代化への歩み(2016.6.2)
  <ヘリヴィア―3>初めて人を乗せて飛ぶ(2016.5.26)
  <ヘリヴィア―2>ローター機構の進歩(2016.5.21)
  <ヘリヴィア―1>らせん翼の着想(2016.5.18)
  <ヘリワールド2016>ヘリコプター博学知識(2015.11.26)

   

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