<ボーイング>

787の開発日程と配線問題

 ボーイング社が開発中の787の引渡し開始が遅れるのではないかという報道が出てきた。そのために開発コストも上がるという二重の問題である。

 遅れの原因は下請けメーカーの遅れにあるらしい。「シアトル・タイムズ」紙は、具体的に日本の富士重工や三菱重工、イタリアのアレニア社の名前をあげている。イタリアに対しては遅延回復のために、ボーイングから技術者が派遣された。なおアレニア社は後部胴体の製造を担当、三菱は主翼、富士はウィング・ボックスを担当している。

 このウィング・ボックスだが、富士からアメリカへ送り出された最初の製品には、配線や油圧系統の取りつけがしてなかった。本来は、これらが取りつけて出荷されるべきだったとか、最初はアメリカ側で配線や配管を行なうことになっていたという反論もあって、外部の者には分からない。

 問題の背景には、ボーイングの強引なスケジュールもあるもよう。下請け企業の多くは、日程がきついうえにボーイングの発注コストが安いという不満を持っている。逆にボーイングは主要構造部品も含めて、何もかも外注してしまったために、技術的な問題までも外部に頼らざるを得なくなっている。

 ボーイング社にとって、787の遅延回復のための費用は総額10億ドル(約1,200億円)に上るという報道もある。とすれば、下請け額を絞り過ぎて、却って出費がかさんだことになりはせぬか。

 787の遅れに関するもうひとつの問題は、これら787の大型構造部品を日本やイタリアから空輸するための747を改造した超大型貨物機ドリームリフターの型式証明が遅れていること。原因は主翼先端につけたウィングレットの振動で、試験飛行中に激しいフラッターに襲われたという。現在はこれを外して飛んでおり、日本から部品を運んだのも、試験飛行の一環として行なわれたものだった。

 ドリームリフターの型式証明は本来2007年早々にも取得することになっていた。しかし、おそらくは今後2〜3ヵ月はかかるものと見られる。当然のことながら、型式証明が取れなくてはドリームリフターの通常の輸送飛行はできない。したがって日本やイタリアで如何に早く部品をつくっても、アメリカへ運ぶことができないことになる。

 こうした状況から、ボーイングはすでに日本や中国のエアラインに、787引渡しの遅れを伝えたともいう。特に中国は2008年夏のオリンピックまでには787を就航させる計画で、これが遅れると大変なことになるらしい。

 もっともボーイングの方は、別の報道によれば、全日空への2008年5月の引渡しは変わらないし、エアラインのどこにも引渡し遅延の話などしたことはないと反論している。とすれば、なぜ冒頭のような報道が出てきたのか分からない。

 いずれにせよ、1〜2週間の遅れで、大した遅れはないという見方が強く、今年8月末か9月には初飛行する予定である。もっとも、この初飛行の日程も、これまでは8月と言い切っていた。そこへ9月という言葉が加わなど微妙な言い回しになってきた。

 このような工程の遅れは、エアバスA380でも昨年来大きな問題となったことはご承知のとおり。これでエアバス社も大変な打撃を受けたが、最近この配線問題が片づいたという発表がなされた。その結果、今年10月には量産1号機がシンガポール航空へ引渡せるという。ただし2号機の引渡しは2008年になるもよう。

 これが当初のスケジュールに対して2年遅れであることは変わりがない。シンガポール航空も本当に今年10月に受領できるのかどうか、まだ半信半疑という報道もある。

 そもそも何故どたんばになって、配線問題が出てきたのか。機内の配線は、操縦関連、照明関連、エアコン関連、娯楽関連などがある。そのうち娯楽関連――いわゆるエンターテインメント用の配線は客席の一つひとつに映像や音響を流すものだが、航空会社の選択にまかせたために、さまざまな変化が生じて手に負えなくなってしまったのではないのか。

 そのうえA380には重量問題もあったはず。昨年6月の時点で目標を4トン超えていたが、それはまだ解決していないのではないかという人もいる。

 この遅れのために、エアバス社は60億ドル(約7,200億円)以上の出費を強いられ、おそらくは今後もっと多くなると見られる。その結果、A380が採算分岐点に達するには、かつて270機の売れゆきで可能としていたが、今や420機を売る必要があるというのが親会社EADSの見方。今の受注数166機が、これから伸びるどころか、減りかねないというときに、これはA380にとってゆゆしき事態であろう。

 配線問題を避けるにはどうすればいいか。私はかねて映画や音楽の客席への配信を無線にすればいいのではないかと思っていたが、専門家の方は当然考えずみだったらしい。考えたのはボーイングで、対象は新しい787であった。無線ならば複雑な配線をしなくてすむので作業工程が短縮できるし、重量も減るであろう。

 ところが実際にやってみると、無線の場合は送受信のためのアンテナや航空計器への影響を防ぐための分厚い防御板をつけなければならず、そうした装備品の重量が有線の4倍にもなることが分かった。おまけに、うまく作動しないといった機能上の問題も生じた。さらに無線周波数の試用許可を世界中の国々で取らなければならない。また一部の国では気象レーダーの周波数と重なり合うところがあって、そこでは機内映画の配信ができなくなる。

 といった理由から、ボーイング社が787の無線エンターテインメントを有線に切り換えたのは、つい最近のこと。もっとも将来、技術的な進歩と法規の改正などで実用になるときもくるはずで、今後とも研究をつづけてゆくとしている。

 なお配線の長さは、787が98km、767が145km、A380が530kmだそうである。そして787の場合、配線の85%は基本的なもので、全機共通。残り15%がエアラインごとのエンターテインメント施設に応じて変わるという。

(西川 渉、2007.1.29)

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